【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました

東野あさひ

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4章

38話「決死の救出」

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 夜が明けきる前、森に充満するのは、血と土と焦げた魔力の匂いだった。

 ――ノクティアが展開した結界は、もはや消えかかっていた。
 祭壇の地に倒れた彼女の体を、私は全力で抱き上げる。

 「ノクティア……! しっかりしろ……!」

 私――カイラスの手の中で、彼女の呼吸は浅く、頬は冷たい。それでも生きている。
 その隣には、エイミーが地面に倒れていた。
 彼女の腹部には深い傷があり、鮮血が地面を染めていた。

 「エイミー、エイミー!」

 レオナートが駆け寄り、必死に止血を試みる。
 「エイミー、気をしっかり持て……頼む、死ぬな……!」

 彼女は目を閉じたまま、かすかに唇を動かす。
 聞き取れるかどうかの声で、「ノクティアさん……」と名を呼ぶ。

 (……絶対に死なせない)

 カイラスもレオナートも、そして瀕死のエイミーも、ノクティアを守るために命を削ってきた。
 だが、敵の包囲網は依然として狭まり、救いの手はどこにもなかった。

    * * *

 混戦の中、森を駆け抜ける砦の兵士たちは、傷だらけで、もはや限界寸前だった。
 だが全員が、「ここで倒れるわけにはいかない」と、最後の意地で立ち上がる。

 カイラスはノクティアを背負い、レオナートはエイミーを抱きかかえる。

 「全員、森の奥へ撤退! ここが正念場だ!」

 カイラスの号令に、残った兵士たちが応じる。
 黒鉄の傭兵団も死に物狂いで追撃してくる。
 短い朝の闇の中、仲間の死体を踏み越え、必死で森を進む。

 レオナートは走りながら、エイミーの顔色を何度も確かめる。

 「……エイミー、あと少しだ、絶対に死ぬな」

 だが、彼女の呼吸はどんどん浅く、脈も弱くなっていく。

    * * *

 その頃――ノクティアの意識は、暗い底へ沈んでいた。

 (――私は……)

 重く冷たい暗闇の中で、ノクティアは自分の存在が消えていくのを感じていた。

 (私はみんなを守れたの?
 それとも、また“誰か”を失うの?)

 彼女の心に、かすかな光がともる。
 それは、砦で笑い合った日々、カイラスの信頼、エイミーの優しさ、レオナートの励まし。

 遠くで誰かが、泣きそうな声で呼ぶ。

 「ノクティアさん……」

 それは、エイミーの声だった。

 (お願い、エイミー。死なないで。
 あなたがいないと、私はまた、独りになってしまう)

 ノクティアは、自分の中で魔力の残滓を必死に掻き集める。
 現実世界で何もできなくても、せめて願いだけは届けたかった。

    * * *

 森の中。
 カイラスたちは、必死に敵の追撃をかわしつつ、目指すは砦から遠く離れた“合流地点”だった。

 途中、何度も敵兵に追いつかれそうになる。
 レオナートは傷だらけの体でエイミーを抱え、
 「お願いだ、エイミー……目を覚ましてくれ……」と必死に語りかける。

 カイラスもまた、ノクティアの冷たい頬にそっと手を当てる。

 「俺たちは、絶対に帰る。誰も置いていかない」

 仲間の一人が後衛で敵兵を食い止め、別の一人が倒れ、もう一人が叫ぶ。

 「早く、こっちだ!」

 森の奥で、かすかに砦の合図灯が揺れた。

 カイラスは最後の力で、ノクティアとエイミーを抱えたレオナートを引っ張り、闇の奥へと駆け込む。

 背後から、敵将の怒号が響く。

 「ノクティア・エルヴァーンを逃がすな――!」

 その刹那、森の中に不意に大きな爆音が鳴り響いた。

 「今だ、退け!」

 味方の伏兵が爆薬で道を塞ぎ、一瞬、追撃の手が緩む。
 その隙にカイラスたちは森の奥へ転がるように逃げ込んだ。

    * * *

 逃走の果て、仲間たちは深い森の合流地点へ倒れ込んだ。

 カイラスはノクティアを横たえ、レオナートはエイミーの止血を再開する。

 「エイミー……お願いだ、目を開けてくれ!」

 彼女の顔色はさらに青白く、呼吸は細く途切れがちだった。

 カイラスはノクティアの肩を揺する。

 「ノクティア、聞こえるか? お前の力が必要なんだ。
 エイミーを、エイミーを救ってくれ……!」

    * * *

 暗闇の中、ノクティアは必死で叫ぶ。

 (私はもう、これ以上誰も失いたくない――!)

 その瞬間、体の奥で微かな魔力の光が、エイミーの存在に向かって伸びていく。

    * * *

 現実。

 ノクティアの指が微かに動き、淡い魔力の粒子がエイミーの胸元へ流れ込んだ。
 レオナートが驚いて顔を上げる。

 「ノクティアさん……? まさか、魔力を……!」

 ノクティアの意識は戻らない。だが、無意識のまま、残った命の炎を、エイミーに分け与えている。

 やがてエイミーの顔に、ほんのわずかだが血の気が戻った。

 「……エイミー、しっかりしろ!」

 レオナートは必死に呼びかける。

 エイミーは重い瞼をうっすらと開けた。

 「……ノクティアさん……」

 レオナートは涙を堪えきれず、彼女の手を強く握る。

 「よかった、よかった……!」

 カイラスも、ノクティアの頬をぬぐいながら呟く。

 「お前は、やっぱり“奇跡”を起こすんだな……」

    * * *

 戦いの跡、朝日の差し込む森の中で。
 傷だらけの仲間たちは、生きて再び出会えたことを、ただ静かに確かめあった。

 エイミーはまだ瀕死の状態だが、確かな命の灯が胸に宿っている。
 ノクティアもまた、深い眠りの中で、仲間の声に支えられ続けていた。

 森の奥で、皆が“生きて”いる。

 ――この希望の火を、絶やしてはならない。
 そう、誓い合う朝だった。
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