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4章
41話「小さな再生」
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朝露のきらめきが、砦の石畳に残る血の跡を、静かに洗い流していく。
あの地獄のような戦いから幾日かが過ぎた。
グランツ砦は、まるで長い冬のあとに訪れた春のように、静かに、しかし確かに再生し始めていた。
* * *
朝早く、砦の中庭にはまだ眠たげな空気が漂っている。
ノクティアはゆっくりと歩きながら、砦の石壁を指先でなぞった。
その肌には小さなひび割れや、戦いの傷跡がたくさん残っている。
それでも、どこか温かい。
帰る場所がここにあることが、今はただ、それだけでありがたかった。
彼女の足元には、何人かの子どもたちが寄ってきている。
「ノクティア様、おはようございます!」
「もう大丈夫? また絵本読んでくれる?」
ノクティアは柔らかく笑い、膝をついて子どもたちの頭を撫でる。
「もちろんよ。今日は何の話にしようかしら」
戦いの名残はまだ消えないけれど、子どもたちの目には、もう恐怖は残っていなかった。
それがノクティアには、何よりもうれしかった。
* * *
食堂では、傷ついた兵士たちが静かに朝食をとっていた。
カイラスが大きな鍋を抱えて歩き回り、ひとりひとりに声をかけている。
「ちゃんと食べてるか? ほら、レオナート、おかわりだぞ」
レオナートは苦笑いしながらも、傷だらけの体で椅子に座り直した。
「もう、俺の胃袋は底なしじゃないですよ、カイラス」
「そんなこと言って、昨日は五杯もおかわりしてたじゃないか」
兵士たちの間に、かすかな笑いが生まれる。
痛みも喪失もまだ癒えきらないが、それでも“日常”が少しずつ戻ってきていた。
* * *
砦の医務室では、エイミーがベッドの上で本をめくっていた。
彼女の傷はまだ完全には塞がっていないが、顔色はずいぶんと良くなっている。
ノクティアがそっと入ってくると、エイミーはぱっと顔を輝かせる。
「ノクティアさん……!」
「エイミー、少しは落ち着いた?」
「はい、でも……やっぱり、何もできなかったのが悔しいです。みんなを助けたかったのに、私……」
ノクティアはエイミーの手を握った。
「エイミー、あなたがいたから、みんな何度も立ち上がれた。
悔しいって思えることが、もう十分、前に進めてる証拠よ」
エイミーは目に涙をためて頷き、そして小さく笑った。
「ノクティアさんも……無理だけは、しないでくださいね」
「ありがとう。私はもう、大丈夫よ」
* * *
その日、砦では亡くなった仲間たちのために小さな追悼の式が執り行われた。
カイラスが代表して、みんなの前に立つ。
「俺たちは、これからもここで生きていく。
失われた命は決して忘れない。
だけど、残された者たちは、また明日を選び直せるんだ」
誰もが静かに頷き、空を見上げた。
雲の間から光が差し込み、砦全体が、まるで大きな手で包み込まれるようだった。
ノクティアもまた、祈りの言葉を捧げる。
(あなたたちの分まで、私たちは生きていきます。
どうか、これからも私たちを見守っていてください)
* * *
追悼のあと、ノクティアは砦の外れの菜園へ向かった。
かつて戦いの前に一緒に畑を耕した老人が、土の感触を確かめている。
「ノクティア様、また花の種、植えませんか」
「ええ、植えましょう」
ノクティアは袖をまくり、老人と並んで小さな種をまいた。
「この花が咲くころ、みんなでお茶を飲みましょう」
「いいですなあ。……あんたが帰ってきてくれて、本当によかった」
ノクティアは土に手を伸ばし、しみじみと生きている幸せをかみしめる。
* * *
夕暮れが砦を赤く染めるころ、ノクティアは塔の上から広い空を見渡していた。
カイラスがそっと後ろから声をかける。
「もう一人で大丈夫か?」
「うん、みんながいるから」
カイラスは、遠くを見つめてから呟く。
「これからも困難は続く。でも、俺たちは何度でも立ち上がる。
この砦が、お前の帰る場所である限り」
「ありがとう、カイラス。私も、もっと強くなる。みんなと一緒に、何度でも」
二人はしばらく黙って空を見ていた。
新しい時代が、きっと訪れる――そう信じられる時間だった。
* * *
夜。
砦のあちこちで、静かな話し声や笑い声が聞こえる。
それは、傷ついた人々の小さな再生の証だった。
ノクティアは自室でランプを灯し、窓から星空を眺める。
胸の奥には、今も癒えない痛みが残る。
けれど、それ以上に“生きる”という力が、彼女の心を温めていた。
(私は、もう独りじゃない)
誰もが大切なものを失い、それでも未来を夢見る。
それが、今を生きる者たちの小さな誇り。
ノクティアは静かに祈った。
「どうか、明日も、みんなが笑えますように」
砦の空に、ひとつ流れ星が光った。
あの地獄のような戦いから幾日かが過ぎた。
グランツ砦は、まるで長い冬のあとに訪れた春のように、静かに、しかし確かに再生し始めていた。
* * *
朝早く、砦の中庭にはまだ眠たげな空気が漂っている。
ノクティアはゆっくりと歩きながら、砦の石壁を指先でなぞった。
その肌には小さなひび割れや、戦いの傷跡がたくさん残っている。
それでも、どこか温かい。
帰る場所がここにあることが、今はただ、それだけでありがたかった。
彼女の足元には、何人かの子どもたちが寄ってきている。
「ノクティア様、おはようございます!」
「もう大丈夫? また絵本読んでくれる?」
ノクティアは柔らかく笑い、膝をついて子どもたちの頭を撫でる。
「もちろんよ。今日は何の話にしようかしら」
戦いの名残はまだ消えないけれど、子どもたちの目には、もう恐怖は残っていなかった。
それがノクティアには、何よりもうれしかった。
* * *
食堂では、傷ついた兵士たちが静かに朝食をとっていた。
カイラスが大きな鍋を抱えて歩き回り、ひとりひとりに声をかけている。
「ちゃんと食べてるか? ほら、レオナート、おかわりだぞ」
レオナートは苦笑いしながらも、傷だらけの体で椅子に座り直した。
「もう、俺の胃袋は底なしじゃないですよ、カイラス」
「そんなこと言って、昨日は五杯もおかわりしてたじゃないか」
兵士たちの間に、かすかな笑いが生まれる。
痛みも喪失もまだ癒えきらないが、それでも“日常”が少しずつ戻ってきていた。
* * *
砦の医務室では、エイミーがベッドの上で本をめくっていた。
彼女の傷はまだ完全には塞がっていないが、顔色はずいぶんと良くなっている。
ノクティアがそっと入ってくると、エイミーはぱっと顔を輝かせる。
「ノクティアさん……!」
「エイミー、少しは落ち着いた?」
「はい、でも……やっぱり、何もできなかったのが悔しいです。みんなを助けたかったのに、私……」
ノクティアはエイミーの手を握った。
「エイミー、あなたがいたから、みんな何度も立ち上がれた。
悔しいって思えることが、もう十分、前に進めてる証拠よ」
エイミーは目に涙をためて頷き、そして小さく笑った。
「ノクティアさんも……無理だけは、しないでくださいね」
「ありがとう。私はもう、大丈夫よ」
* * *
その日、砦では亡くなった仲間たちのために小さな追悼の式が執り行われた。
カイラスが代表して、みんなの前に立つ。
「俺たちは、これからもここで生きていく。
失われた命は決して忘れない。
だけど、残された者たちは、また明日を選び直せるんだ」
誰もが静かに頷き、空を見上げた。
雲の間から光が差し込み、砦全体が、まるで大きな手で包み込まれるようだった。
ノクティアもまた、祈りの言葉を捧げる。
(あなたたちの分まで、私たちは生きていきます。
どうか、これからも私たちを見守っていてください)
* * *
追悼のあと、ノクティアは砦の外れの菜園へ向かった。
かつて戦いの前に一緒に畑を耕した老人が、土の感触を確かめている。
「ノクティア様、また花の種、植えませんか」
「ええ、植えましょう」
ノクティアは袖をまくり、老人と並んで小さな種をまいた。
「この花が咲くころ、みんなでお茶を飲みましょう」
「いいですなあ。……あんたが帰ってきてくれて、本当によかった」
ノクティアは土に手を伸ばし、しみじみと生きている幸せをかみしめる。
* * *
夕暮れが砦を赤く染めるころ、ノクティアは塔の上から広い空を見渡していた。
カイラスがそっと後ろから声をかける。
「もう一人で大丈夫か?」
「うん、みんながいるから」
カイラスは、遠くを見つめてから呟く。
「これからも困難は続く。でも、俺たちは何度でも立ち上がる。
この砦が、お前の帰る場所である限り」
「ありがとう、カイラス。私も、もっと強くなる。みんなと一緒に、何度でも」
二人はしばらく黙って空を見ていた。
新しい時代が、きっと訪れる――そう信じられる時間だった。
* * *
夜。
砦のあちこちで、静かな話し声や笑い声が聞こえる。
それは、傷ついた人々の小さな再生の証だった。
ノクティアは自室でランプを灯し、窓から星空を眺める。
胸の奥には、今も癒えない痛みが残る。
けれど、それ以上に“生きる”という力が、彼女の心を温めていた。
(私は、もう独りじゃない)
誰もが大切なものを失い、それでも未来を夢見る。
それが、今を生きる者たちの小さな誇り。
ノクティアは静かに祈った。
「どうか、明日も、みんなが笑えますように」
砦の空に、ひとつ流れ星が光った。
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