【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました

東野あさひ

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4章

42話「新しい風」

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 春の兆しが、グランツ砦の上空を静かに駆け抜けていく。
 あの絶望の夜から、季節はほんの少しだけ前に進んでいた。

 朝、砦の中庭には子どもたちの明るい声が響いている。
 まだ傷の癒えぬ大人たちが、少しずつ顔をほころばせ、作業に汗を流している。
 砦を覆っていた重い空気は、いまやわずかに和らぎ、
 人々の間に新しい風が生まれはじめていた。

    * * *

 「ノクティア様、おはようございます!」

 その朝も、ノクティアは中庭で声をかけられた。
 花壇のそばで遊ぶ子どもたちが、元気に駆け寄ってくる。
 彼女は膝をつき、小さな手を両手で包み込んだ。

 「おはよう。昨日植えた花、もう芽が出てきたね」

 「うん! きれいに咲くかな?」

 「きっと、みんなでお水をあげたからよ。これから毎日、お世話しようね」

 子どもたちはうれしそうに頷き、花壇の前で水をくみに行った。
 ノクティアは、その様子を眩しいものを見るような表情で見守った。

 (……あの夜を越えて、こうしてまた小さな幸せを見られるなんて)

 彼女の胸の奥には、今もなお癒えない傷が残っている。
 けれど、その痛みさえも今は、未来へ歩むための証になっていた。

    * * *

 砦の門のそばでは、カイラスが新しい警備体制の見直しをしていた。

 「この配置なら、いざというとき素早く連携できるはずだ。
 北門の見張りも交代制にしよう。何かあればすぐ知らせてくれ」

 兵士たちは真剣な顔で頷き、地図を囲んで議論を続けている。

 そんな中、ノクティアが近づいてきた。

 「お疲れさま、カイラス。みんなの様子はどう?」

 カイラスは安心したように微笑んだ。

 「ノクティアのおかげで、皆もだいぶ元気を取り戻してきてる。
 ここが“生きて帰れる砦”だって実感できたんだろうな」

 「そうだったらいいな……。私も、これからみんなの力になりたい」

 「もう十分なってるさ。――あ、そうだ。そろそろ“あの子”たちの訓練も見てやってくれよ」

 カイラスが顎で示した先では、戦いの傷から回復しつつある若い兵士たちが、木剣を振る練習をしていた。

    * * *

 訓練場では、レオナートが若手兵士たちに熱心に指導していた。

 「力任せに振るな。大事なのは“心の持ち方”だ。恐怖を知っても、足を止めるな。
 お前たちには、もう守るものがあるんだからな」

 若者たちは真剣に頷き、何度も剣を振り直した。

 ノクティアはその後ろから静かに見守る。
 彼女の姿に気づいた兵士たちが、ふと笑みを見せる。

 「ノクティア様、今度、魔法の基礎も教えてください!」

 「もちろん。みんなと一緒に、また強くなりたい」

 そう答えながら、ノクティアも自分の中に小さな誓いを刻む。
 (私も、止まらずに進む。もう一度、“守る”ために強くなろう)

    * * *

 その日の昼下がり。
 砦の医務室では、エイミーが白衣姿で包帯の交換をしていた。

 「痛かったら、我慢しないでくださいね」

 彼女の手つきはまだおぼつかないが、その声はどこまでもやさしかった。

 ベッドの兵士が照れくさそうに笑う。

 「ありがとう、エイミーさん。こんなに優しくされたのは初めてだ」

 「えっ、そんなこと……。でも、また外で走り回れるようにがんばりましょうね!」

 その様子を見たノクティアが、そっとエイミーの肩に手を置いた。

 「エイミー、とても頼もしくなったね」

 「ノクティアさん……。私、みんなと一緒に強くなりたいんです。
 誰かを支えられる人になりたい」

 「なれてるわ。エイミーがいると、みんな安心してる。私もよ」

 エイミーは涙ぐみながらも、まっすぐにうなずいた。

    * * *

 夕方。
 砦の外れの畑では、年老いた農夫たちが土を耕していた。
 ノクティアは子どもたちと一緒に苗を植える手伝いをしている。

 「この野菜が実ったら、みんなでごちそう作ろうね」

 子どもたちが、泥だらけになって笑い合う。

 農夫の一人がノクティアに言う。

 「戦いが終わっても、畑仕事は終わりませんな。ノクティア様が元気でいてくれて、本当に……ありがたいことです」

 「私も、みなさんに元気をもらってます。ここが私の家ですから」

 ノクティアは泥で汚れた手のひらを見て、小さく笑う。

    * * *

 夜。
 砦の食堂には、珍しくたくさんの人が集まっていた。

 料理を作る音、湯気の立つ大鍋、
 子どもも大人も笑顔を見せ、互いに肩をたたき合っている。

 カイラスが高らかに声を上げる。

 「みんな、今夜はいっぱい食べて、いっぱい話そう! 明日はきっと、もっといい日になる!」

 「「おーっ!!」」

 歓声と拍手が響き渡る。
 ノクティアはその輪の中で、しみじみと“ここにいる幸せ”をかみしめていた。

 エイミーやレオナートも、みんなの輪に加わり、ささやかな笑い声を交わしている。

    * * *

 夜が更け、部屋に戻ったノクティアは、窓から吹き込む春の風を感じていた。

 (新しい風――私たちの未来は、きっとここから)

 外では、誰かが小さな歌を口ずさむ声が聞こえてくる。

 ノクティアは目を閉じて、その静かな旋律に耳を澄ませた。

 そしてもう一度、明日への小さな決意を胸に刻む。

 (また歩き出そう。何度でも)

 砦の上空には、やさしい星明かりが降り注いでいた。
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