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4章
44話「灯火のもとで」
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夜明け前、グランツ砦の小さな灯りがひとつ、またひとつとともされていく。
長い闇を越えて訪れる新しい一日は、昨日よりも少しだけ明るく、どこか温もりをまとっていた。
ノクティアはまだ静かな廊下を歩いていた。
寝台でうとうとと眠るエイミーのそばを抜け、砦の食堂へ向かう。
昨夜の宴の余韻がまだ空気に残っていて、誰かの笑い声が耳の奥に蘇る。
(この穏やかさが、永遠に続けばいいのに)
けれど、現実はそれほど甘くないことも、もう知っている。
だからこそ、一日一日を大切にしたい――ノクティアは胸の奥でそう思った。
* * *
食堂ではカイラスが早くも火を起こし、大きな鍋で朝食の準備をしていた。
手伝いに来た子どもたちが木の椅子を並べている。
「おはよう、カイラス」
「おはよう、ノクティア。今日は久しぶりに“あの雑炊”だぞ。エイミーも、きっと食欲が戻るさ」
「それは楽しみね。……手伝ってもいい?」
「もちろんだ。ここは皆で作る方が美味い」
ふたりで野菜を刻みながら、カイラスが声を落とす。
「――砦の外、今は静かだが、油断はできない。交易再開の話、今日も進めてみようと思う」
「私も同行していい? 少し外の空気に触れてみたいの」
カイラスはうなずいた。
「危険はないはずだが……何かあったらすぐ戻ろう。お前の判断を信じる」
言葉少なながらも、そこには確かな信頼があった。
* * *
朝食が始まると、兵士や住民が次々と食堂に集まってくる。
湯気の立つ雑炊、焼きたてのパン、簡素ながら心を温める食卓。
エイミーも車椅子で運ばれ、レオナートが慎重に介助している。
「いただきます!」
小さな声が輪を作る。
ノクティアは、ひと匙、エイミーの器に雑炊をよそいながら尋ねる。
「体、痛くない?」
「ううん、大丈夫。美味しいです……こんなあったかい朝、ご無沙汰でした」
「無理はしないでね」
エイミーはこくりとうなずき、カイラスやレオナートも柔らかな目を向ける。
ふと、若い兵士が皆の様子を眺めていた。
「ノクティア様、また砦の魔法講座、やってくれますか?」
ノクティアは微笑んだ。
「もちろん。みんなで一緒に強くなりましょう」
* * *
食事が終わると、各々が持ち場へと散っていった。
ノクティアはエイミーを医務室に送り届け、その後カイラスと共に砦の北門を出た。
今日は砦の外れの村へ、久々に物資交換の相談に向かう日だった。
道すがら、咲き始めた野花や、耕したばかりの畑、
新芽を運ぶ風が、冬の終わりと春の始まりを告げている。
「昔はここまで歩くのも、ずいぶん大変だったな」
カイラスがふと漏らす。
「私も。……でも今は、みんなの顔を思い浮かべると、足が軽くなるの」
「お前、強くなったな」
ノクティアは、少し照れたように笑った。
* * *
砦外の村では、かつての戦いで荒廃した家々も、少しずつ活気を取り戻しつつあった。
ノクティアとカイラスは、村長と会い、
干し肉や穀物、薬草などの融通について話し合う。
「困ったことがあれば、すぐ知らせてください。砦は、みなさんと共にありますから」
ノクティアの言葉に、村の人々が安堵したようにうなずく。
「ノクティア様、戻ってきてくれて本当によかった」
村の子どもが小さな手でノクティアの裾を引っ張った。
「お姉ちゃん、またお話してくれる?」
「ええ、また今度、ゆっくりお話ししましょうね」
砦も村も、互いに支え合わなければ生きていけない世界。
ノクティアは、そうした「繋がり」の大切さを改めて胸に刻む。
* * *
砦へ戻る途中、ノクティアとカイラスはふと、戦いの跡がまだ残る古い道にさしかかった。
砦の塔が遠くに見えるその場所で、ノクティアは立ち止まる。
「この道、前は怖かった。……でも、今は違う。
この道の先に、“誰かが待っている”って思えるから」
カイラスもまた、過去を思い返し、しばし黙った。
「……俺も、お前がいるから強くなれた。これからも、必ず帰ってくる場所を守る」
二人は並んで歩き出す。
どこかで鳥が鳴き、空には新しい雲が流れていた。
* * *
夕暮れ、砦に帰ったノクティアたちは、
住民や兵士たちに村の無事や物資の確保を伝え、安堵の空気が広がった。
夜、ノクティアは医務室でエイミーと話す。
「エイミー、今日はどうだった?」
「ちょっとだけ、廊下を歩けるようになりました」
「本当? よかった……」
「これからも、もっとたくさんの人を支えられるようになりたい。
ノクティアさんみたいに――」
「エイミー、あなたはもう、十分みんなの支えよ。
でも、焦らず自分のペースで進もう」
エイミーは微笑み、ノクティアの手をぎゅっと握った。
* * *
その晩、ノクティアは一人、塔の上で夜空を眺めていた。
遠くで、子どもたちが笑い、誰かが静かな歌を口ずさんでいる。
夜風が灯火の揺らめきを運び、砦全体がやさしい光に包まれていた。
(私は、また歩き出せる。みんなと一緒なら、どこまでも行ける)
そう強く思いながら、ノクティアは夜空に小さく祈った。
「明日も、どうか笑顔で満ちた一日になりますように」
その祈りが、静かに砦の上空へ昇っていった。
長い闇を越えて訪れる新しい一日は、昨日よりも少しだけ明るく、どこか温もりをまとっていた。
ノクティアはまだ静かな廊下を歩いていた。
寝台でうとうとと眠るエイミーのそばを抜け、砦の食堂へ向かう。
昨夜の宴の余韻がまだ空気に残っていて、誰かの笑い声が耳の奥に蘇る。
(この穏やかさが、永遠に続けばいいのに)
けれど、現実はそれほど甘くないことも、もう知っている。
だからこそ、一日一日を大切にしたい――ノクティアは胸の奥でそう思った。
* * *
食堂ではカイラスが早くも火を起こし、大きな鍋で朝食の準備をしていた。
手伝いに来た子どもたちが木の椅子を並べている。
「おはよう、カイラス」
「おはよう、ノクティア。今日は久しぶりに“あの雑炊”だぞ。エイミーも、きっと食欲が戻るさ」
「それは楽しみね。……手伝ってもいい?」
「もちろんだ。ここは皆で作る方が美味い」
ふたりで野菜を刻みながら、カイラスが声を落とす。
「――砦の外、今は静かだが、油断はできない。交易再開の話、今日も進めてみようと思う」
「私も同行していい? 少し外の空気に触れてみたいの」
カイラスはうなずいた。
「危険はないはずだが……何かあったらすぐ戻ろう。お前の判断を信じる」
言葉少なながらも、そこには確かな信頼があった。
* * *
朝食が始まると、兵士や住民が次々と食堂に集まってくる。
湯気の立つ雑炊、焼きたてのパン、簡素ながら心を温める食卓。
エイミーも車椅子で運ばれ、レオナートが慎重に介助している。
「いただきます!」
小さな声が輪を作る。
ノクティアは、ひと匙、エイミーの器に雑炊をよそいながら尋ねる。
「体、痛くない?」
「ううん、大丈夫。美味しいです……こんなあったかい朝、ご無沙汰でした」
「無理はしないでね」
エイミーはこくりとうなずき、カイラスやレオナートも柔らかな目を向ける。
ふと、若い兵士が皆の様子を眺めていた。
「ノクティア様、また砦の魔法講座、やってくれますか?」
ノクティアは微笑んだ。
「もちろん。みんなで一緒に強くなりましょう」
* * *
食事が終わると、各々が持ち場へと散っていった。
ノクティアはエイミーを医務室に送り届け、その後カイラスと共に砦の北門を出た。
今日は砦の外れの村へ、久々に物資交換の相談に向かう日だった。
道すがら、咲き始めた野花や、耕したばかりの畑、
新芽を運ぶ風が、冬の終わりと春の始まりを告げている。
「昔はここまで歩くのも、ずいぶん大変だったな」
カイラスがふと漏らす。
「私も。……でも今は、みんなの顔を思い浮かべると、足が軽くなるの」
「お前、強くなったな」
ノクティアは、少し照れたように笑った。
* * *
砦外の村では、かつての戦いで荒廃した家々も、少しずつ活気を取り戻しつつあった。
ノクティアとカイラスは、村長と会い、
干し肉や穀物、薬草などの融通について話し合う。
「困ったことがあれば、すぐ知らせてください。砦は、みなさんと共にありますから」
ノクティアの言葉に、村の人々が安堵したようにうなずく。
「ノクティア様、戻ってきてくれて本当によかった」
村の子どもが小さな手でノクティアの裾を引っ張った。
「お姉ちゃん、またお話してくれる?」
「ええ、また今度、ゆっくりお話ししましょうね」
砦も村も、互いに支え合わなければ生きていけない世界。
ノクティアは、そうした「繋がり」の大切さを改めて胸に刻む。
* * *
砦へ戻る途中、ノクティアとカイラスはふと、戦いの跡がまだ残る古い道にさしかかった。
砦の塔が遠くに見えるその場所で、ノクティアは立ち止まる。
「この道、前は怖かった。……でも、今は違う。
この道の先に、“誰かが待っている”って思えるから」
カイラスもまた、過去を思い返し、しばし黙った。
「……俺も、お前がいるから強くなれた。これからも、必ず帰ってくる場所を守る」
二人は並んで歩き出す。
どこかで鳥が鳴き、空には新しい雲が流れていた。
* * *
夕暮れ、砦に帰ったノクティアたちは、
住民や兵士たちに村の無事や物資の確保を伝え、安堵の空気が広がった。
夜、ノクティアは医務室でエイミーと話す。
「エイミー、今日はどうだった?」
「ちょっとだけ、廊下を歩けるようになりました」
「本当? よかった……」
「これからも、もっとたくさんの人を支えられるようになりたい。
ノクティアさんみたいに――」
「エイミー、あなたはもう、十分みんなの支えよ。
でも、焦らず自分のペースで進もう」
エイミーは微笑み、ノクティアの手をぎゅっと握った。
* * *
その晩、ノクティアは一人、塔の上で夜空を眺めていた。
遠くで、子どもたちが笑い、誰かが静かな歌を口ずさんでいる。
夜風が灯火の揺らめきを運び、砦全体がやさしい光に包まれていた。
(私は、また歩き出せる。みんなと一緒なら、どこまでも行ける)
そう強く思いながら、ノクティアは夜空に小さく祈った。
「明日も、どうか笑顔で満ちた一日になりますように」
その祈りが、静かに砦の上空へ昇っていった。
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