【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました

東野あさひ

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6章

71話「帰還、王都の空へ」

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 春の光が王都の高い城壁をやわらかく照らし、青空には白い雲がゆったりと流れている。

 馬車の窓からその景色を見つめながら、ノクティアは胸の奥に、懐かしさと緊張がないまぜになった不思議な感覚を抱いていた。
 この地で自分は“無能”と蔑まれ、追われるように故郷を去った。
 だが今――彼女は「最強の魔導士」として、王都へ凱旋することになったのだ。

 (あの日の涙も苦しみも、すべて今につながっている。私はもう……あの頃の私じゃない)

 車輪が石畳を叩く音。広がる人波と王都の喧騒。
 それら全てが、過去と現在、二つの自分を静かに見つめ直すきっかけになっていた。

    * * *

 「ご到着です、ノクティア・エルヴァーン様!」

 馬車の扉が開かれると、衛兵たちがきびきびと敬礼する。
 その列の中央――鮮やかな金髪と鋭い眼差しを持つ青年が歩み寄った。

 第2皇子、リュゼル。
 王国の人々にとっては誇り高き皇子にして、ノクティアにとっては因縁深い“元婚約者”であり、王都で最も影響力のある存在の一人だ。

 「……遠路ご苦労だったな、ノクティア。辺境を守った“最強の魔導士”、王都はお前を歓迎する」

 表情は貴族らしく静かで気品に満ちていたが、どこかその瞳には、複雑な色が揺れているようだった。

 「ありがとう、リュゼル殿下。王都は――相変わらず華やかですね」

 「それはそちらも同じだろう。噂はすでに王都じゅうに広まっている。
 “エルヴァーン家の無能令嬢が、辺境で最強の魔導士に生まれ変わった”と」

 リュゼルはわずかに口元をゆるめるが、その言葉にはどこか刺がある。
 けれどノクティアはもう、揺らがなかった。

 「噂通りでなければ、困りますもの。……私は、私のままで王都に戻りました」

    * * *

 王都中央広場では、ノクティアの凱旋を祝う式典が催されていた。

 王宮の壮麗な門の前、花と絹の装飾で彩られた特設壇上。
 人々の視線が、一斉にノクティアへと注がれる。

 「本日ここに、王国を救いし“最強の魔導士”、ノクティア令嬢をお迎えします!」

 市民も、貴族も、魔導士たちも、その名を知っていた。
 もはやノクティアは“無能”ではなく、王都が求める力そのものだった。

 「……彼女が、あの噂の……」
 「まさかこんなに堂々とした姿で戻るとは」
 「皇子殿下との再会は……?」

 広場の片隅では、貴族の娘たちがざわめき、
 王都社交界には新たな話題が満ちていた。

    * * *

 式典が終わり、ノクティアは控室へと通された。
 そこに現れたのは、久しぶりに顔を合わせる社交界の令嬢たち。

 「まあ、本当に戻ってきたのね、ノクティア」
 「今度は、どんな力を見せてくれるの?」

 かつては無関心だった令嬢たちも、今や“伝説の魔導士”を見る目に変わっていた。

 ノクティアは落ち着いた微笑みで言葉を返す。

 「私は、皆さんと同じように、家族と仲間を守りたくてここまで来ました。
 これからも変わらず、力を尽くしたいだけです」

 その言葉に、彼女たちの表情が少し和らいだ。
 けれど、視線の奥にある探るような“羨望”や“警戒”は、王都という世界の厳しさを物語っていた。

    * * *

 一方、リュゼルは宮廷の奥で、ノクティアの凱旋に立ち会った父王や兄たちに報告を済ませると、一人静かに廊下を歩いていた。

 (ノクティア……本当に強くなった。俺が知っていたあの頃の彼女では、もうない)

 かつて「無能」として切り捨て、婚約を破棄した相手。
 けれど今や、王都でも自分に匹敵するほどの“存在感”を放っている。

 (これから俺は、どう接すればいい……?)

 皇子としてのプライドと、男としての後悔と――
 いくつもの想いが胸の奥で絡み合っていた。

    * * *

 その夜、王都の名家が集う歓迎会。
 煌びやかな社交界、シャンデリアの光、流れる音楽。
 ノクティアは慣れないドレスに身を包み、戸惑いと覚悟を胸に会場を歩いていた。

 「あれがノクティア・エルヴァーン……」
 「リュゼル殿下の元婚約者でしょう?」
 「彼女が王都をどう変えていくのかしら――」

 あちこちで囁かれる自分の名前。
 でも、ノクティアはもう逃げなかった。

 (私は、“エルヴァーン家”の娘として、“最強魔導士”として――ここに立つ)

 会場の奥で、リュゼルがひときわ静かなまなざしで見守っていた。
 ノクティアもまた、リュゼルを見つめ返す。

 「ようこそ、王都へ――ノクティア」

 「ありがとう、殿下。……これからは、“今の私”を見てください」

 二人の間に流れる空気は、もう“過去”だけではなかった。

    * * *

 夜更け、ノクティアは自室の窓から王都の星空を見上げていた。

 (私は、もう過去の自分ではいられない。これからは、私自身の力で、私の居場所を作っていく)

 夜風が、静かに新たな始まりを告げていた。
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