恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで

夏目萌

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近づいた距離、広まる噂

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 初めは信じたくなくて否定していた来海だけど、友人の話を聞いてから疑いの心は強くなる一方で、泰斗の言動が次第におかしく見え始めていく。

 スマートフォンの画面に偶然映り込んだ女性から通知に曖昧に濁される予定、それに加えて辻褄の合わない言い訳。

 その積み重ねが不安を確信へと変えていき、流石におかしいと思ったある日、来海が問い詰めると泰斗は悪びれもせずこう言った。

「つーか俺だけが悪いの?  お前も悪いんだぜ?  いくら言っても地味なままだし、セックスも受け身ばっかでつまらねぇしさ……なんつーかそろそろ潮時かなって思ってたし」

 その瞬間、来海の中で何かが崩れ落ち、

「好きなのは私だけ、そう言ったのは?」
「そんな昔のこと言われても、困るんだけど。好きでいてもらいたいなら、努力すれば?」

 突き放すようなその言葉に、胸が裂けそうになった。

「……もう、別れよう……」

 酷い言葉を投げかけられて絶望した来海から別れを告げると、

「お前から振るとか何様?  つーかそれ俺の台詞。振ったのは俺だから、間違えんなよ」

 最後の最後まで最低な言葉を放って去って行った。

 そして、関係が終わった後、泰斗は面白がるように周囲に別れた理由を言いふらしていた。

「アイツ、本当に重くてさ」
「メンヘラっぽくて面倒だった」

 出逢った頃の優しい泰斗は、幻だった。

 信じた自分が馬鹿だった。

 そう結論づけることでしか、来海は立ち直れなかった。

 大学を卒業してからは当然会うこともなく、傷は消えずに残っていくも、だいぶ癒えてきていたところだったのに――泰斗に再会した瞬間、過去の悲しみや怒り、屈辱という様々な感情が来海の中に一気に押し寄せてきた。

「何だよ、その顔。もしかして、まだ怒ってんの?  あの時のこと」

 軽く笑いながら放たれるその言葉に、来海の息が詰まる。

 逃げたいのに身体が言うことを聞かない。

 何も答えない来海に泰斗が手を伸ばした、その瞬間――

「何してるんだよ」

 その声を聞いた瞬間、来海の視界が一気に明るくなる。

 声のした方を振り向くと、そこには充輝が立っていた。

 来海を背に庇うように一歩前へ出た充輝は泰斗に挨拶とは程遠い露骨な敵意を孕んだ視線を向ける。

 その挑発とも取れる視線を正面から受け止めた泰斗は眉を顰めた。

「誰だよ、お前。来海の知り合いか?」
「少なくとも、彼女を困らせる奴に教える義理はないな」

 冷え切った声音に泰斗の口元がわずかに歪む。

 面白がるような笑みの裏には明確な苛立ちが滲んでいたものの、充輝はそれを気にすることもなく来海の身を案じて問いかけた。

「大丈夫?」

 そんな短い問いかけに来海が小さく頷くと、その様子を見ていた泰斗は不機嫌そうに目を細めた。

「へぇ……要するに、そういう関係ってわけか」

 火花が散るように充輝と泰斗視線が交錯して張り詰めた沈黙が流れる中、来海がそっと充輝の袖を掴んだ。

「……もう行こう。そろそろ昼休みも終わっちゃうから」

 その言葉に充輝は泰斗から視線を離すと来海を気遣うように頷いた。

「そうだね」

 二人は並んで歩き出し、残された泰斗は去っていく二人の後ろ姿を無言のまま見つめていた。

 会社の入り口が見えてきた頃、充輝が小声で切り出す。

「仕事の後、さっきのこと……詳しく話を聞かせてほしい」

 来海は一瞬迷うように視線を伏せた後で弱く笑う。

「……分かった、話すよ。でも……」

 そして周囲を気にするように辺りを見回してから言葉を続けた。

「会社の人に見られて、変な噂が立つのは嫌だから……少し離れた場所で待ち合わせしてもいいですか?」
「もちろん。それじゃあ、仕事が終わったら連絡して。ここに電話してくれれば向かうから」

 そう言って充輝は胸ポケットから名刺を取り出し手渡すと、それを受け取った来海は静かに微笑んだ。

「ありがとう。それじゃあ、後で連絡します」

 短いやり取りを交わし、二人はそれぞれの部署へと戻っていった。

 仕事が終わると、空はすでに薄暗くなっていた。

 来海は会社から一駅離れた駅前の居酒屋に入り通されて個室の席に着くと、スマートフォンを握りしめていた。

 名刺に書かれた番号を見つめながら何度も深呼吸を繰り返す。

(……話すって言ったのは、自分なのに)

 過去のことを口に出すには躊躇いがあったし、何よりも、キツいことを言って遠ざけていた充輝相手に話すことでは無いような気がしていたから。

 それでも、泰斗の手が伸びてきた瞬間に守るように割って入ってくれた充輝に来海は深く感謝をしているし、助けてくれた充輝が泰斗とのことを知りたいと思うことは当然だろうと感じていた。

 そんな葛藤の中でようやく覚悟を決めた来海は充輝に電話をかけると、店名と卓番号を伝えて彼が来るのを待った。

 それから程なくして扉がノックされ店員と共に充輝が顔を覗かせて来た。

「お待たせ」

 その一言に、張り詰めていた緊張が少しだけほぐれていった来海は、「来てくれてありがとう」と微笑んだ。
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