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15話「リスベルン王国の宿はご飯が今ひとつ。突如倒れるお客」
しおりを挟む冒険者ギルドを出ると、建物の前に二頭立ての馬車が停車していた。
「ギルド職員のトーマスです。
アデリナさんとクヴェルさんですね。
お待ちしてました」
二十代中盤くらいの人の良さそうな職員さんが、御者席から降りてきた。
礼儀正しく、感じの良い方だ。
「どうぞ、ご乗車ください」
トーマスさんが馬車のドアを開けてくれた。どうやらこの馬車で私達を宿屋まで運んでくれるようだ。
私はお言葉に甘え馬車に乗り込んだ。
馬車に乗る時、クヴェルたんがエスコートとしてくれた。紳士らしく振る舞おうとするクヴェルが愛らしい。
しっかりとした造りの馬車で、座席のクッションがふかふかだった。
ギルド長さんに紹介された宿は、ギルドから馬車で十分のところにあった。
それは木造二階建ての可愛らしい外観の建物だった。
ギルドで昇格試験を受けていたので、宿屋につく頃には西の空が真っ赤に染まっていた。
宿の前に着くと、ギルドの職員さんが馬車のドアを開けてくれた。
「すみません。
もっと立派な宿を取りたかったのですが……。
北の街道が封鎖された影響でどこの宿もいっぱいで……」
トーマスさんが申し訳なさそうにそう説明した。
「いえいえ、泊まるところがあるだけでありがたいですよ。
ねぇ、クヴェルたん?」
「そうだね。
アデリナを野宿させる訳にはいかないからね」
私達の言葉を聞いて、トーマスさんは安堵したように胸をなでおろした。
馬車を降りるときクヴェルたんが、エスコートしてくれた。
トーマスさんはそんは私達の様子を穏やかに見守っている。
他の人から見るとクヴェルと私の関係はどんな風に見えるのかしら? 姉と弟? 冒険者仲間? 友達? それとももっと別の何かに見えるのかな……?
トーマスさんが宿の扉を開けてくれた。
宿の中に入ると、受付の周りにも何人かお客さんがいて、食堂と思わしき場所からは賑やかな笑い声が響いてきた。
「悪いが満室だよ」
カウンターには恰幅の良い中年の女性がいた。女性は私達が入ってきた事に気づくとこちらをギロリと睨んだ。
「マルタさん、ギルド職員のトーマスです。
B級冒険者のお二人が泊まるので、部屋の確保をお願いしたじゃないですか。
忘れたんですか?」
「マルタさん」と呼ばれた方は、おそらくこの宿の女将さんだろう。
「ああ、そうだったね。
あんたらがB級冒険者かい?
とてもそうは見えないね」
マルタさんは眉根を寄せ、私達を値踏みするように眺めていた。
「お二人の腕はギルドが保証します」
「人は見かけによらないってことかね。
あんたらの部屋は二階の奥だよ」
マルタさんは壁にかけられていた鍵を取ると、こちらに向かって投げた。私は落とさないように鍵を空中でキャッチした。
「あんたら食事は?」
「まだです」
「だったら部屋に行く前に食事を済ませておくれ。
ぐずぐずされるといつまでも食器の片付けが終わらないんだよ」
マルタさんは不機嫌そうにそう言って、食堂へと姿を消した。
「随分な対応だね」
クヴェルはマルタさんが入っていった食堂を見つめ、眉間に皺を寄せた。
「すみません。
マルタさん……この宿の女将さんなんですが、いつもはもっと感じが良い人なんです」
トーマスさんが申し訳無さそうに頭を下げる。
「南西の街道にワームが出て、食料が思うように入ってこなくて。
その上、昨日から北の街道も封鎖されたので、宿に人が溢れてピリピリしてるみたいです」
そういう状況では、マルタさんが多少不機嫌になるのも仕方ない。
「心配しないでください。
私は気にしてませんから」
あの程度の対応は、学園にいたときクラスメイトから受けていた仕打ちに比べれば可愛いものだ。
「泊まるところが確保できただけで十分です。
その上、ご飯も付いてるなんて最高です。
クヴェルもそう思うよね?」
屋根付きの部屋に泊まれて、ご飯も食べられるのだから、これ以上贅沢を言ってはいけない。
「アデリナがそれでいいなら、僕は構わないよ」
クヴェルは仕方ないという顔で肩をすくめた。
「それでは、ごゆっくりおくつろぎください。
お二人にお仕事を依頼する時はこちらに伺いますので」
トーマスさんはもう一度頭を下げると帰って行った。
「ギルドから依頼が来た時には、僕らはこの宿にいないかもしれないけどね」
「クヴェルったら、またそんなことを……」
クヴェルはこの国に留まることに乗り気ではないらしい。
北に出現したモンスターが関係してるみたいだけど……。
そのモンスターはそれほど危険なのかしら?
クヴェルは恐らくA級、いえS冒険者クラスの実力がある。もしかしたらSS級クラスの力があるかもしれない。
そのクヴェルが恐れるモンスターって一体?
食事のときに聞けるといいな。
◇◇◇◇◇
食堂は冒険者や旅人で混雑していた。
十台ほどのテーブルがあり、一台のテーブルに椅子が二から三つセットされていた。
二十人ぐらいお客さんがいて、それぞれの席で食事を楽しんでいるように見えた。
私達は入口近くにある空いてる席に座った。
私達が席に座るとすぐに、女将さんがグラスに入った水と一緒に食事を持ってきてくれた。
「グリルドチキンとじゃがいものスープだよ。 さっさと食べちゃっておくれ。
食器が片付かなくていけないよ」
ドンと音を立てマルタさんがテーブルに料理を置く。食事のセットを終えるとマルタさんはキッチンに戻っていった。
「うわぁ……これはなんて言うか……凄く……」
「鶏肉がパサパサしてるね。
スープも具がないし」
クヴェルの言う通りグリルドチキンはぱさついていて、じゃがいものスープはほとんど水で具を見つけるのが大変だった。
今までのお店で提供された料理が期待以上の出来栄えだったのだ。
旅を続けていれば、こういうお店に当たることもある。
「オリガがいた時の公爵家での食事を思い出すわ。
あの頃は、パサパサでもお肉が出るだけましだった」
クヴェルたんが来てから美味しい料理を提供してくれるから、いつの間にか贅沢な食事に慣れてしまっていた。
「食材が不足してるんだもん。
食べるものがあるだけありがたいよね」
「そうたね」
クヴェルは諦めたように具のないスープをすくい、口に運んでいた。
「ここの水もか……。
想像以上に……が進んでいる。
早くこの国を離れないと危ないかも」
クヴェルはスプーンをテーブルに置くと、難しい表情で呟いた。
一口でやめるほど、スープが美味しくなかったのかな?
食料が不足してるみたいだし、不味くても残したら悪いよね。
「クヴェルたん……。スープがいらないなら私が……」
「ぐあぁぁっ……!」
その時、隣の席に座っていた男性が喉に手を当て急に苦しみ出した。
椅子に座っていられなくなった男性が床に倒れ込む。
「だ、大丈夫ですか……!?」
私が倒れた男性に駆け寄ろうとしたとき……。
「うわぁぁぁっ……!」
「ぐはぁぁぁっ……!」
「ふぐっ……!」
他の席のお客さんも次々に寄生を上げて倒れていく。気がついた時には半数の客が倒れていた。
「な、何ごとだい……!」
異変に気付いたマルタさんが、キッチンから飛び出してきた。
泡を吹いて倒れている客を見て、マルタさんは真っ青な顔で立ち尽くしている。
「食事中に急に倒れたんです!
水を持ってきてください!」
私はマルタさんに向かって叫んだ。
毒なら吐き出させて、胃を洗浄しないと!
「水は駄目だよ。
おそらく彼らが倒れたのは水が原因だからね」
「えっ?」
クヴェルは倒れた男性客とテーブルの食事を交互に見て、そう呟いた。
「クヴェル、それはいったいどういう意味なの?」
「言葉通りの意味だよ。
水に毒が入っていた。
……正確には水が汚染されていたというべきかな」
水に毒が入っていたのと、水が汚染されたのはどう違うのかしら?
「今は原因を究明するよりこの人達を助けるのが先よね!
ヒール!」
私は倒れている男性の横に膝をつき、回復魔法をかけた。
しかし私がヒールをかけたあとも、男性は喉を押さえたまま苦しんでいる。
「回復魔法をかけたのにどうして……?」
私は状況が飲み込めず混乱していた。
初級魔法のヒールでは治らないの?
中級魔法のミドルヒールや、上級魔法のハイヒールでないと助けられないの?
「アデリナ、ヒールでは治せないよ。
解毒魔法じゃないと効果がない」
「えっ?」
「クリアポイズン」
クヴェルが男性の横に膝をつき、解毒魔法を唱えた。
クヴェルが魔法を唱えると、男性は目を開け上半身を起こした。
男性は何が起きたかわからずポカンとしていた。
なんだかよくわからないけど、男性が助かってよかった!
「おい!
こいつにもその魔法をかけてくれ!
連れが苦しんでいるんだ!」
「こっちにも頼む!!」
クヴェルたんに他のお客さんが声をかけてきた。
安心してはいられない。他にも苦しんでいる人達がいるのだから。
「クヴェルたん!
お願い!
他のお客さんにもクリアポイズンをかけてあげて!」
「わかった」
私はクヴェルを急かし、倒れているお客さん全員に解毒魔法をかけてもらった。
クヴェルの「クリアポイズン」の魔法のお陰で全員が回復した。
「みんな助かってよかった~~」
皆が元気になった姿を見て、私はホッと胸をなでおろした。
「見ず知らずの人を助けるなんて、アデリナはお人好しだね」
「クヴェルたんだってそうでしょう?」
「僕が?
僕はアデリナに頼まれたから仕方なく解毒の魔法をかけただけだよ」
私の言葉が意外だったのか、クヴェルたんはきょとんとしていた。
「そうかな?
クヴェルたんは私が『解毒の魔法をかけて』ってお願いする前に、
隣に倒れていた男性にクリアポイズンをかけていたよ」
クヴェルは口では色々言うけど優しい人なのだ。
「クヴェルたんだって、十分お人好しだよ」
そう伝え微笑むと、クヴェルは複雑そうな顔をしていた。
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