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第3話 薬師令嬢、妹を実験台にする(未遂)
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「姉様ああああ!」
平和な朝の実験が、妹の金切り声で中断された。
「あら、ナルラ。元気そうね。隣国まではるばるいらっしゃい」
私は蒸留器から目を離さずに答えた。今は繊細な抽出作業の真っ最中だ。
「元気そうね、じゃありません! こ、これは、どういうことですか!」
ナルラが研究室に乗り込んできた。薄桃色の髪を振り乱し、高級なドレスの裾を引きずりながら。なにかしらの封書を持って。
「どういうことって、何が?」
「とぼけないでください! シュレツ様を誑かしたでしょう!」
「たぶらかす? 失礼ね。番になっただけよ。あなたたち風に言うと運命。うん、運命ってことなのよ」
軽くそう言うと、ナルラの顔が真っ赤になった。
「く、薬で! 薬で操ったんでしょう!」
「ふふふ……半分正解で半分不正解ね」
蒸留が終わったので、ナルラの方を向いた。
「確かに薬は使ったわ。でも、操ってはいない」
「嘘です! 私とシュレツ様は運命の——」
「運命? あらぁ? おかしいわね」
棚から資料を取り出す。
「これ、あなたとシュレツの、最新の相性診断結果よ。なんと相性度12%! 史上最低レベル!」
「じゅ、12%!?」
「そうよ。ほら、ちゃあんと、両国の専門機関で占ってるわよね? 印があるわよね?」
ナルラがよろめいた。ざまあみろ、と心の中で思う。
「あー、でも、第二王子とは番なんでしょ? そっちで満足しなさいよ」
「いやですぅ! シュレツ様も欲しい!」
「こ、こいつ……我が妹ながら……欲張りねぇ……」
呆れていると、扉が勢いよく開いた。
「ミーニェ! 大丈夫か!」
シュレツが血相を変えて飛び込んできた。
「あら、どうしたの?」
「ナルラが来たと聞いて——」
シュレツの視線が、ナルラを捉えた。とたんに、表情が冷たくなる。
「何の用だ」
「シュレツ様! これは誤解です! 姉が——」
「ミーニェは俺の番だが。文句があるなら俺に言え」
ピシャリと言われて、ナルラが怯んだ。しかし、すぐに涙目になって訴え始める。
「ひどいです! 私たちは、運命で結ばれていたはずなのに!」
「おまえに運命など感じたことはない」
「そんな……」
ナルラが崩れ落ちる。
「ナルラ、いい加減諦めなさい」
「うう、姉様が、私からシュレツ様を奪った!」
「はあ?」
今度は私がキレた。
「奪う? あなたが私を追放したんでしょう!? だいたいね、ナルラ! あなたには第二王子がいるでしょう!」
「それとこれとは別です!」
「別じゃない! 運命だっていうなら、ちゃんと彼を愛してあげなさいよ!」
「違うの! 私は欲しいだけなのっ! ああもう! こうなったらーー!」
ナルラが懐から何かを取り出した。
小瓶?
「げ。それ、まさか——」
「ええ、媚薬です! これをシュレツ様に飲ませれば——」
それを聞いたシュレツが厳しい顔をする。そしてナルラが小瓶を開けようとした瞬間——
「ふふふふふ……」
我慢できなくなった。研究者の血が騒ぐ。
「な、何を笑っているんです?」
「ナルラ、その媚薬、どこで手に入れたの?」
「や、闇市場で、最高級品を——」
「なるほどねぇ」
素早く小瓶を奪い取った。
「ちょっと! 返してください!」
「待って待って。品質チェックは大事よ」
スポイトで一滴取り、試験紙に垂らす。
「……あらら」
「な、何ですか?」
「残念! これ、ただの砂糖水に香料を混ぜた偽物よ」
「ええええ!?」
ナルラが青ざめた。
「しかも、香料の配合が下手。これじゃあ、媚薬どころか食欲減退剤ね」
「そ、そんな……大金を払ったのに……」
「ふふふ、可哀想に。じゃあ、本物の媚薬を見せてあげる」
「え?」
研究者魂に火がついた私は、棚から様々な薬品を取り出し始めた。
「ちょ、ちょっとまて、ミーニェ」
シュレツが慌てた声を上げるが、もう私は止まらない。
「いい? ナルラ。本物の媚薬っていうのはね——」
カチャカチャと調合を始める。
「まず、ダマスクロベリアの精油をベースに、イラーニィエを少量」
「は、はあ……」
「そこにマンドラゴラの根を粉末にしたものを0.3グラム!」
「ま、まんど……?」
「仕上げに月光火蝶の鱗粉を一つまみ!」
シェイクして、完成。
ピンク色に輝く、妖艶な液体。
「これが本物よ!」
にっこり笑うと、ナルラが震え上がった。
「え、ちょ、まさかーー!? やだぁ! やだ、助けてぇー! うわぁああん」
「ミーニェ、そろそろ許してやれ」
シュレツが苦笑しながら止めに入った。
「あら、もう? まだ『髪が虹色になる薬』の説明もしてないのに」
「髪が虹色!?」
ナルラは完全に腰が引けていた。
「姉様は、やっぱり恐ろしい人です……っ!うわぁあーーーーん!」
ナルラは転がるように研究室から逃げ出した。
「えぇ~ん!」という泣き声が、廊下の向こうから聞こえる。
「……やりすぎたかな?」
「うん……いや、ちょうど良かったのかもしれないな」
シュレツが私を抱き寄せた。
「あれくらいやらないと、ナルラは諦めなかっただろう」
「そう?」
「ああ。それに——」
額にキスをされた。
「愛されていると実感できて、とても今、嬉しいんだ。本当に、君のことが愛おしいよ」
「も、もう……すぐ愛おしいって言わないで」
「事実だから仕方ない」
真顔で言われて、顔が熱くなる。
「そういえば、さっきの媚薬」
「ん?」
「あれ、本当に効くのか?」
シュレツが興味深そうに、ピンクの液体を見ている。
「効くわよ。でも——」
いたずらっぽく笑った。
「私たちには必要ないでしょう?」
「……確かに」
シュレツも笑った。
「君といるだけで、十分だからな」
「……そうね」
顔をそらす。でも、内心嬉しかった。
「さ、実験の続きをしなきゃ」
「ああ。俺も隣で仕事をしよう」
「隣の部屋でしょ?」
「いや、ここで」
「だから研究室で仕事しないで!」
いつもの押し問答が始まった。でも、これも悪くない。騒がしくも幸せな、薬師と騎士団長の日々は続く。
平和な朝の実験が、妹の金切り声で中断された。
「あら、ナルラ。元気そうね。隣国まではるばるいらっしゃい」
私は蒸留器から目を離さずに答えた。今は繊細な抽出作業の真っ最中だ。
「元気そうね、じゃありません! こ、これは、どういうことですか!」
ナルラが研究室に乗り込んできた。薄桃色の髪を振り乱し、高級なドレスの裾を引きずりながら。なにかしらの封書を持って。
「どういうことって、何が?」
「とぼけないでください! シュレツ様を誑かしたでしょう!」
「たぶらかす? 失礼ね。番になっただけよ。あなたたち風に言うと運命。うん、運命ってことなのよ」
軽くそう言うと、ナルラの顔が真っ赤になった。
「く、薬で! 薬で操ったんでしょう!」
「ふふふ……半分正解で半分不正解ね」
蒸留が終わったので、ナルラの方を向いた。
「確かに薬は使ったわ。でも、操ってはいない」
「嘘です! 私とシュレツ様は運命の——」
「運命? あらぁ? おかしいわね」
棚から資料を取り出す。
「これ、あなたとシュレツの、最新の相性診断結果よ。なんと相性度12%! 史上最低レベル!」
「じゅ、12%!?」
「そうよ。ほら、ちゃあんと、両国の専門機関で占ってるわよね? 印があるわよね?」
ナルラがよろめいた。ざまあみろ、と心の中で思う。
「あー、でも、第二王子とは番なんでしょ? そっちで満足しなさいよ」
「いやですぅ! シュレツ様も欲しい!」
「こ、こいつ……我が妹ながら……欲張りねぇ……」
呆れていると、扉が勢いよく開いた。
「ミーニェ! 大丈夫か!」
シュレツが血相を変えて飛び込んできた。
「あら、どうしたの?」
「ナルラが来たと聞いて——」
シュレツの視線が、ナルラを捉えた。とたんに、表情が冷たくなる。
「何の用だ」
「シュレツ様! これは誤解です! 姉が——」
「ミーニェは俺の番だが。文句があるなら俺に言え」
ピシャリと言われて、ナルラが怯んだ。しかし、すぐに涙目になって訴え始める。
「ひどいです! 私たちは、運命で結ばれていたはずなのに!」
「おまえに運命など感じたことはない」
「そんな……」
ナルラが崩れ落ちる。
「ナルラ、いい加減諦めなさい」
「うう、姉様が、私からシュレツ様を奪った!」
「はあ?」
今度は私がキレた。
「奪う? あなたが私を追放したんでしょう!? だいたいね、ナルラ! あなたには第二王子がいるでしょう!」
「それとこれとは別です!」
「別じゃない! 運命だっていうなら、ちゃんと彼を愛してあげなさいよ!」
「違うの! 私は欲しいだけなのっ! ああもう! こうなったらーー!」
ナルラが懐から何かを取り出した。
小瓶?
「げ。それ、まさか——」
「ええ、媚薬です! これをシュレツ様に飲ませれば——」
それを聞いたシュレツが厳しい顔をする。そしてナルラが小瓶を開けようとした瞬間——
「ふふふふふ……」
我慢できなくなった。研究者の血が騒ぐ。
「な、何を笑っているんです?」
「ナルラ、その媚薬、どこで手に入れたの?」
「や、闇市場で、最高級品を——」
「なるほどねぇ」
素早く小瓶を奪い取った。
「ちょっと! 返してください!」
「待って待って。品質チェックは大事よ」
スポイトで一滴取り、試験紙に垂らす。
「……あらら」
「な、何ですか?」
「残念! これ、ただの砂糖水に香料を混ぜた偽物よ」
「ええええ!?」
ナルラが青ざめた。
「しかも、香料の配合が下手。これじゃあ、媚薬どころか食欲減退剤ね」
「そ、そんな……大金を払ったのに……」
「ふふふ、可哀想に。じゃあ、本物の媚薬を見せてあげる」
「え?」
研究者魂に火がついた私は、棚から様々な薬品を取り出し始めた。
「ちょ、ちょっとまて、ミーニェ」
シュレツが慌てた声を上げるが、もう私は止まらない。
「いい? ナルラ。本物の媚薬っていうのはね——」
カチャカチャと調合を始める。
「まず、ダマスクロベリアの精油をベースに、イラーニィエを少量」
「は、はあ……」
「そこにマンドラゴラの根を粉末にしたものを0.3グラム!」
「ま、まんど……?」
「仕上げに月光火蝶の鱗粉を一つまみ!」
シェイクして、完成。
ピンク色に輝く、妖艶な液体。
「これが本物よ!」
にっこり笑うと、ナルラが震え上がった。
「え、ちょ、まさかーー!? やだぁ! やだ、助けてぇー! うわぁああん」
「ミーニェ、そろそろ許してやれ」
シュレツが苦笑しながら止めに入った。
「あら、もう? まだ『髪が虹色になる薬』の説明もしてないのに」
「髪が虹色!?」
ナルラは完全に腰が引けていた。
「姉様は、やっぱり恐ろしい人です……っ!うわぁあーーーーん!」
ナルラは転がるように研究室から逃げ出した。
「えぇ~ん!」という泣き声が、廊下の向こうから聞こえる。
「……やりすぎたかな?」
「うん……いや、ちょうど良かったのかもしれないな」
シュレツが私を抱き寄せた。
「あれくらいやらないと、ナルラは諦めなかっただろう」
「そう?」
「ああ。それに——」
額にキスをされた。
「愛されていると実感できて、とても今、嬉しいんだ。本当に、君のことが愛おしいよ」
「も、もう……すぐ愛おしいって言わないで」
「事実だから仕方ない」
真顔で言われて、顔が熱くなる。
「そういえば、さっきの媚薬」
「ん?」
「あれ、本当に効くのか?」
シュレツが興味深そうに、ピンクの液体を見ている。
「効くわよ。でも——」
いたずらっぽく笑った。
「私たちには必要ないでしょう?」
「……確かに」
シュレツも笑った。
「君といるだけで、十分だからな」
「……そうね」
顔をそらす。でも、内心嬉しかった。
「さ、実験の続きをしなきゃ」
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