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第8話 パーティって白衣でいけます?
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「お願いします、ミーニェ様! 私を救ってください!」
研究室に飛び込んできた少女は、涙ながらに床に座り込み、頭を下げた。高級そうなドレスが床につくのも構わずに。
「え……ちょ、ちょっと! 頭を上げて!」
慌てて少女を起こす。よく見れば、十八歳くらいだろうか。金色の髪に、大きな緑の瞳。泣き腫らした顔が痛々しい。
「私はアンテローチェ・マルベリック。隣国の侯爵の娘です」
「あの、マルベリック侯爵家の……!」
かなり権力のある名家だ。そんな令嬢が、わざわざ隣国まで薬師を訪ねてくるなんて。ただ事ではない。
「事情を聞かせてもらっても?」
お茶を出すと、アンテローチェは震える手でカップを握った。
「私には、幼馴染の婚約者がいました。アレクシス様という方で……」
「いました、ということは……」
「三ヶ月前、占星術師による占いで、私たちは番ではないと……他に番がいると……」
ああ、と胸が痛んだ。これは本当に、他人事ではない。
「彼らは運命値、とかいうものを重視していたわね……運命値としてはどうだったの?」
「最低値、と……」
「それは……」
名家でその宣告はかなり厳しく重い。もはや国から結婚の許可が出ないほどだろう。
「でも、私たちは子供の頃から一緒で、ずっと結婚の約束をしていたのに……!」
アンテローチェが涙をこぼした。
「アレクシス様も『番なんて関係ない、君と結婚する』と言ってくれたのに、両家が許してくれなくて……」
「ああ……」
「そんな中、アレクシス様に番が見つかりました」
「なんてこと……」
「来月、正式に婚約が決まってしまうんです。私は……ううっ……!」
嗚咽を漏らすアンテローチェを見て、決心した。
「分かったわ。私なら、あなたを助けられる」
「ほ、本当ですか!?」
「うん、そんな運命、上書きしちゃいましょう」
「う、上書き……!? 運命を!? そんなことが可能なのですか!?」
棚から虹色の薬を取り出す。
「可能よ。あれは魔術的問題なのだから。はい。これが番を上書きする薬。でも、条件があるの」
「どんな条件でも!」
「お互いに心を許し合っていること。そして、使用後24時間一緒にいて肌に触れていてね」
「それなら問題ありません! アレクシス様とは、何度も密会していますから」
あらあら、なるほど、愛し合っているのね。
「運命なんて、知りません! 私が愛しているのはアレクシス様だけ……!」
その真っ直ぐな瞳に、かつての自分を重ねた。そうだ、私だって運命なんて関係なかった。私たちを振り回す『運命』と呼ばれているもの。私とシュレツはそれに喧嘩を売ったのだ。
「頑張って。応援しているわ」
薬を渡すと、アンテローチェは何度もお礼を言って帰っていった。
数日後、礼状と共に招待状が届いた。
「マルベリック侯爵家の祝賀パーティー?」
「ああ、アンテローチェ嬢とアレクシス卿の婚約を祝うものらしい」
シュレツが招待状を読み上げる。
「あ! うまくいったのね!」
「おや、君が関わっていたのか。それで招待状……納得したよ」
「ええ。他人事とは思えなくてね。でも、パーティーかぁ……」
私は着ている白衣を見下ろした。
「パーティって……白衣で行っていいの?」
「は?」
「あ、でもちょっと薬品のシミがあるから、新しい白衣の方が――?」
「ダメに決まっているだろう!?」
シュレツが珍しく声を荒げた。
「えー、でも白衣は私の正装よ?」
「社交界には社交界の正装があるんだ、ミーニェ……!」
「でもドレスなんて持ってない……」
「心配しなくても、専門家に相談すればいい。だろう?」
「専門家?」
「いらっしゃるだろう? 誰よりも着飾るのが得意なお方が」
にやりと笑うシュレツ。嫌な予感がした。
「ミーニェ! あなたって飾りがいがあるわぁ~!」
王妃様の私室に連れて行かれた私は、山のようなドレスに囲まれ、着せ替え人形と化していた。
「王妃様……あの、その、ほどほどにぃ……!」
「シュレツから聞いたわよ。白衣でパーティーに行こうとしたって?」
王妃様は声を上げて笑った。
「さすがにそれはダメよ。ほら、これもいいんじゃないかしら?」
次々とドレスを当てられる。深紅のドレス、青いドレス、緑のドレス……
「あっ! きたわね! これよ! これが一番似合うわ!」
最終的に選ばれたのは、深い紫色のドレスだった。夜空のような色合いに、細かい銀糸で星のような刺繍が施されている。
「あげるわ」
「ええ!? こ、こんな絶対高級なドレス……恐れ多い……!」
「いいのよ。似合っているし」
強引にドレスを着せられ、髪も結い上げられた。最後に、紫水晶のティアラまで載せられる。
「完璧!」
鏡を見て、息を呑んだ。そこにいるのは、見慣れない貴婦人だった。
「ミーニェ、準備はできた……か……」
部屋に迎えに来たシュレツが、私を見て固まった。
「え、ちょっと……シュレツ?」
「あ、ああ……すまない。あまりにも美しくて。きっと皆が君に大注目だ」
「そ、そうかな……でも、変じゃないなら、安心したわ」
王妃様のセンスだから、問題ないとは思うが、その……派手すぎる可能性はあるかなとちょっと思っていたから。シュレツも、なにやら、いつも以上に凛々しい。黒い礼服に、騎士団長の勲章が光っている。
「シュレツはなぜ正装しているの?」
「今日は俺が護衛するからだ」
「え、騎士団長直々に護衛なんて大げさよ」
「いや、必要だ。君は自分の価値を理解していないのか?」
「ええー……?」
「まだ不満か? それなら……素直に言おう。守りたい。君を。私が。その役目を誰にも渡したくない」
真剣な顔で言われて、それ以上反論できなかった。私は小さく頷いた。
研究室に飛び込んできた少女は、涙ながらに床に座り込み、頭を下げた。高級そうなドレスが床につくのも構わずに。
「え……ちょ、ちょっと! 頭を上げて!」
慌てて少女を起こす。よく見れば、十八歳くらいだろうか。金色の髪に、大きな緑の瞳。泣き腫らした顔が痛々しい。
「私はアンテローチェ・マルベリック。隣国の侯爵の娘です」
「あの、マルベリック侯爵家の……!」
かなり権力のある名家だ。そんな令嬢が、わざわざ隣国まで薬師を訪ねてくるなんて。ただ事ではない。
「事情を聞かせてもらっても?」
お茶を出すと、アンテローチェは震える手でカップを握った。
「私には、幼馴染の婚約者がいました。アレクシス様という方で……」
「いました、ということは……」
「三ヶ月前、占星術師による占いで、私たちは番ではないと……他に番がいると……」
ああ、と胸が痛んだ。これは本当に、他人事ではない。
「彼らは運命値、とかいうものを重視していたわね……運命値としてはどうだったの?」
「最低値、と……」
「それは……」
名家でその宣告はかなり厳しく重い。もはや国から結婚の許可が出ないほどだろう。
「でも、私たちは子供の頃から一緒で、ずっと結婚の約束をしていたのに……!」
アンテローチェが涙をこぼした。
「アレクシス様も『番なんて関係ない、君と結婚する』と言ってくれたのに、両家が許してくれなくて……」
「ああ……」
「そんな中、アレクシス様に番が見つかりました」
「なんてこと……」
「来月、正式に婚約が決まってしまうんです。私は……ううっ……!」
嗚咽を漏らすアンテローチェを見て、決心した。
「分かったわ。私なら、あなたを助けられる」
「ほ、本当ですか!?」
「うん、そんな運命、上書きしちゃいましょう」
「う、上書き……!? 運命を!? そんなことが可能なのですか!?」
棚から虹色の薬を取り出す。
「可能よ。あれは魔術的問題なのだから。はい。これが番を上書きする薬。でも、条件があるの」
「どんな条件でも!」
「お互いに心を許し合っていること。そして、使用後24時間一緒にいて肌に触れていてね」
「それなら問題ありません! アレクシス様とは、何度も密会していますから」
あらあら、なるほど、愛し合っているのね。
「運命なんて、知りません! 私が愛しているのはアレクシス様だけ……!」
その真っ直ぐな瞳に、かつての自分を重ねた。そうだ、私だって運命なんて関係なかった。私たちを振り回す『運命』と呼ばれているもの。私とシュレツはそれに喧嘩を売ったのだ。
「頑張って。応援しているわ」
薬を渡すと、アンテローチェは何度もお礼を言って帰っていった。
数日後、礼状と共に招待状が届いた。
「マルベリック侯爵家の祝賀パーティー?」
「ああ、アンテローチェ嬢とアレクシス卿の婚約を祝うものらしい」
シュレツが招待状を読み上げる。
「あ! うまくいったのね!」
「おや、君が関わっていたのか。それで招待状……納得したよ」
「ええ。他人事とは思えなくてね。でも、パーティーかぁ……」
私は着ている白衣を見下ろした。
「パーティって……白衣で行っていいの?」
「は?」
「あ、でもちょっと薬品のシミがあるから、新しい白衣の方が――?」
「ダメに決まっているだろう!?」
シュレツが珍しく声を荒げた。
「えー、でも白衣は私の正装よ?」
「社交界には社交界の正装があるんだ、ミーニェ……!」
「でもドレスなんて持ってない……」
「心配しなくても、専門家に相談すればいい。だろう?」
「専門家?」
「いらっしゃるだろう? 誰よりも着飾るのが得意なお方が」
にやりと笑うシュレツ。嫌な予感がした。
「ミーニェ! あなたって飾りがいがあるわぁ~!」
王妃様の私室に連れて行かれた私は、山のようなドレスに囲まれ、着せ替え人形と化していた。
「王妃様……あの、その、ほどほどにぃ……!」
「シュレツから聞いたわよ。白衣でパーティーに行こうとしたって?」
王妃様は声を上げて笑った。
「さすがにそれはダメよ。ほら、これもいいんじゃないかしら?」
次々とドレスを当てられる。深紅のドレス、青いドレス、緑のドレス……
「あっ! きたわね! これよ! これが一番似合うわ!」
最終的に選ばれたのは、深い紫色のドレスだった。夜空のような色合いに、細かい銀糸で星のような刺繍が施されている。
「あげるわ」
「ええ!? こ、こんな絶対高級なドレス……恐れ多い……!」
「いいのよ。似合っているし」
強引にドレスを着せられ、髪も結い上げられた。最後に、紫水晶のティアラまで載せられる。
「完璧!」
鏡を見て、息を呑んだ。そこにいるのは、見慣れない貴婦人だった。
「ミーニェ、準備はできた……か……」
部屋に迎えに来たシュレツが、私を見て固まった。
「え、ちょっと……シュレツ?」
「あ、ああ……すまない。あまりにも美しくて。きっと皆が君に大注目だ」
「そ、そうかな……でも、変じゃないなら、安心したわ」
王妃様のセンスだから、問題ないとは思うが、その……派手すぎる可能性はあるかなとちょっと思っていたから。シュレツも、なにやら、いつも以上に凛々しい。黒い礼服に、騎士団長の勲章が光っている。
「シュレツはなぜ正装しているの?」
「今日は俺が護衛するからだ」
「え、騎士団長直々に護衛なんて大げさよ」
「いや、必要だ。君は自分の価値を理解していないのか?」
「ええー……?」
「まだ不満か? それなら……素直に言おう。守りたい。君を。私が。その役目を誰にも渡したくない」
真剣な顔で言われて、それ以上反論できなかった。私は小さく頷いた。
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