93 / 156
番外編 護衛騎士のひとりごと<2>
しおりを挟む
貴族の生まれといえども、家の跡を継ぐ長男、そして長男に何かあった時のための次男を除けば将来への補償なんて無い。
特に下位の貴族ともなれば家の資産に余裕が無いところも多く、運よくどこかの貴族と縁づくか、もしくは自身で食い扶持を稼ぐようになるしかなかった。
ノエは男爵家の三男、しかも父親が愛人に産ませた子ということもあり家では常に肩身が狭かった。
たまたま武術に関する才があったため身体的に攻撃されることはなかったが、嫌味や冷遇など日常茶飯事の毎日に嫌気が差して、母親さえいなければすぐにでも家を出たいと思う日々だった。
今でも碌な家ではなかったと思うが、それでも体面を考えて最低限の教育を受けられたことは平民より良かったところだろう。
ノエが鬱屈を抱えながらも教養と武術を身につけ、ロゴス国で成人と言われる18歳まであと少しという時、突然婚約の話が舞い込んだ。
正直、ノエに結婚の気持ちなど全く無かった。
ましてや家のための縁組など当然お断りだ。
しかしその頃まだ存命だった母から頼まれ、仕方なくその婚約を受けた。
それが間違いの元だったのだが。
相手は子爵家の令嬢で男爵家にとっては格上の家。
そのためすべて相手の希望を聞いた上で婚約は結ばれた。
令嬢はノエの容姿を気に入り、あちこちのお茶会や舞踏会へ連れ回しさらには自身への愛の言葉をねだった。
たいして会ったこともない政略結婚の相手のどこに魅力を感じろというのか。
そう思う気持ちはあったが、それでもこれから一緒になる相手と思い、嘘にならない範囲ではあるものの気持ちを伝えることに努めたのはノエなりの努力だった。
しかしその婚約はそう日を経たずして破棄されることになる。
婚約から結婚までがかなり短い日程で決められたことからもおかしいところはあった。
蓋を開けてみればなんのことはない。
子爵令嬢は平民との子を宿していたのだ。
火遊びの結果の妊娠。
それを誤魔化すためにも早急に相手が必要となり、家格が下の男爵家、しかも三男というノエに白羽の矢が立ったのだった。
ノエの容姿がとても整っており子爵令嬢がことさら気に入ったという理由もあったのだが。
いずれにしろ、事が露見して婚約は破棄された。
ノエにとっては煩わされた苦い思い出だ。
その件をきっかけに、これ以上男爵家に利用されるのはごめんだと思ったノエは家を出た。
ちょうどその頃母親が流行病で他界したことも大きな理由だったのだけれど。
以来、男爵家には戻っていない。
その後ノエは気の良いおっさんと知り合い傭兵となった。
そこでみっちり戦闘と諜報の腕を叩き込まれたのだが、それもまた今に生きていると思うと人生の巡り合いは不思議だ。
いくつもの任務を一緒にこなし、このままずっと傭兵として暮らしていくのだと思っていた矢先、おっさんはある任務であっさりと命を落とした。
ノエは驚き、嘆き、そして恩を返せなかったことを悔やんだ。
しかしいくら悔やんでも時間は取り戻せない。
だからノエはおっさんの残した言葉に従うことにした。
「お前は貴族の護衛騎士が向いている。どこかの家の騎士になれ」
おっさんはもしかするとノエが貴族の出であることに気づいていたのかもしれない。
あんな腹の探り合いばかりする世界に戻りたいとも思わなかったが、なんのことはない、傭兵内であっても人を欺き騙すのはよくあることだった。
特にノエは目立つ容姿に鍛えられた体躯だったこともあり、あちこちの女性に粉をかけられたり男女のもつれに巻き込まれたりと散々だった。
女運が無かったといえばそれまでだが、ノエが女性に対して良いイメージが持てないのもそういった経験からで、同時に自身の容姿に対してネガティブに思うのもそのせいだった。
傭兵でいるのなら整った容姿など不要なのに。
しかし今ではその容姿が役に立つのだから、結果としては良かったのか。
アリシアとの出会いはノエの中の女性像をことごとく変えていく。
ただ一人の人を想い、誰に媚びることも無く、陰口も言わない。
人を受け入れる懐の広さ、信念を曲げない意志の強さ。
もちろん弱いところもあるけれど、心の傷すら呑み込んで前を向く姿勢を、ノエは尊いと思った。
だから、ノエはアリシアに傅く。
自身の忠誠を捧げられる主を得られたことは、ノエの中で大きな意味を持っていた。
特に下位の貴族ともなれば家の資産に余裕が無いところも多く、運よくどこかの貴族と縁づくか、もしくは自身で食い扶持を稼ぐようになるしかなかった。
ノエは男爵家の三男、しかも父親が愛人に産ませた子ということもあり家では常に肩身が狭かった。
たまたま武術に関する才があったため身体的に攻撃されることはなかったが、嫌味や冷遇など日常茶飯事の毎日に嫌気が差して、母親さえいなければすぐにでも家を出たいと思う日々だった。
今でも碌な家ではなかったと思うが、それでも体面を考えて最低限の教育を受けられたことは平民より良かったところだろう。
ノエが鬱屈を抱えながらも教養と武術を身につけ、ロゴス国で成人と言われる18歳まであと少しという時、突然婚約の話が舞い込んだ。
正直、ノエに結婚の気持ちなど全く無かった。
ましてや家のための縁組など当然お断りだ。
しかしその頃まだ存命だった母から頼まれ、仕方なくその婚約を受けた。
それが間違いの元だったのだが。
相手は子爵家の令嬢で男爵家にとっては格上の家。
そのためすべて相手の希望を聞いた上で婚約は結ばれた。
令嬢はノエの容姿を気に入り、あちこちのお茶会や舞踏会へ連れ回しさらには自身への愛の言葉をねだった。
たいして会ったこともない政略結婚の相手のどこに魅力を感じろというのか。
そう思う気持ちはあったが、それでもこれから一緒になる相手と思い、嘘にならない範囲ではあるものの気持ちを伝えることに努めたのはノエなりの努力だった。
しかしその婚約はそう日を経たずして破棄されることになる。
婚約から結婚までがかなり短い日程で決められたことからもおかしいところはあった。
蓋を開けてみればなんのことはない。
子爵令嬢は平民との子を宿していたのだ。
火遊びの結果の妊娠。
それを誤魔化すためにも早急に相手が必要となり、家格が下の男爵家、しかも三男というノエに白羽の矢が立ったのだった。
ノエの容姿がとても整っており子爵令嬢がことさら気に入ったという理由もあったのだが。
いずれにしろ、事が露見して婚約は破棄された。
ノエにとっては煩わされた苦い思い出だ。
その件をきっかけに、これ以上男爵家に利用されるのはごめんだと思ったノエは家を出た。
ちょうどその頃母親が流行病で他界したことも大きな理由だったのだけれど。
以来、男爵家には戻っていない。
その後ノエは気の良いおっさんと知り合い傭兵となった。
そこでみっちり戦闘と諜報の腕を叩き込まれたのだが、それもまた今に生きていると思うと人生の巡り合いは不思議だ。
いくつもの任務を一緒にこなし、このままずっと傭兵として暮らしていくのだと思っていた矢先、おっさんはある任務であっさりと命を落とした。
ノエは驚き、嘆き、そして恩を返せなかったことを悔やんだ。
しかしいくら悔やんでも時間は取り戻せない。
だからノエはおっさんの残した言葉に従うことにした。
「お前は貴族の護衛騎士が向いている。どこかの家の騎士になれ」
おっさんはもしかするとノエが貴族の出であることに気づいていたのかもしれない。
あんな腹の探り合いばかりする世界に戻りたいとも思わなかったが、なんのことはない、傭兵内であっても人を欺き騙すのはよくあることだった。
特にノエは目立つ容姿に鍛えられた体躯だったこともあり、あちこちの女性に粉をかけられたり男女のもつれに巻き込まれたりと散々だった。
女運が無かったといえばそれまでだが、ノエが女性に対して良いイメージが持てないのもそういった経験からで、同時に自身の容姿に対してネガティブに思うのもそのせいだった。
傭兵でいるのなら整った容姿など不要なのに。
しかし今ではその容姿が役に立つのだから、結果としては良かったのか。
アリシアとの出会いはノエの中の女性像をことごとく変えていく。
ただ一人の人を想い、誰に媚びることも無く、陰口も言わない。
人を受け入れる懐の広さ、信念を曲げない意志の強さ。
もちろん弱いところもあるけれど、心の傷すら呑み込んで前を向く姿勢を、ノエは尊いと思った。
だから、ノエはアリシアに傅く。
自身の忠誠を捧げられる主を得られたことは、ノエの中で大きな意味を持っていた。
157
あなたにおすすめの小説
【完結】愛してました、たぶん
たろ
恋愛
「愛してる」
「わたしも貴方を愛しているわ」
・・・・・
「もう少し我慢してくれ。シャノンとは別れるつもりだ」
「いつまで待っていればいいの?」
二人は、人影の少ない庭園のベンチで抱き合いながら、激しいキスをしていた。
木陰から隠れて覗いていたのは男の妻であるシャノン。
抱き合っていた女性アイリスは、シャノンの幼馴染で幼少期からお互いの家を行き来するぐらい仲の良い親友だった。
夫のラウルとシャノンは、政略結婚ではあったが、穏やかに新婚生活を過ごしていたつもりだった。
そんな二人が夜会の最中に、人気の少ない庭園で抱き合っていたのだ。
大切な二人を失って邸を出て行くことにしたシャノンはみんなに支えられてなんとか頑張って生きていく予定。
「愛してる」
「わたしも貴方を愛しているわ」
・・・・・
「もう少し我慢してくれ。シャノンとは別れるつもりだ」
「いつまで待っていればいいの?」
二人は、人影の少ない庭園のベンチで抱き合いながら、激しいキスをしていた。
木陰から隠れて覗いていたのは男の妻であるシャノン。
抱き合っていた女性アイリスは、シャノンの幼馴染で幼少期からお互いの家を行き来するぐらい仲の良い親友だった。
夫のラウルとシャノンは、政略結婚ではあったが、穏やかに新婚生活を過ごしていたつもりだった。
そんな二人が夜会の最中に、人気の少ない庭園で抱き合っていたのだ。
大切な二人を失って邸を出て行くことにしたシャノンはみんなに支えられてなんとか頑張って生きていく予定。
【完結】イアンとオリエの恋 ずっと貴方が好きでした。
たろ
恋愛
この話は
【そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします】の主人公二人のその後です。
イアンとオリエの恋の話の続きです。
【今夜さよならをします】の番外編で書いたものを削除して編集してさらに最後、数話新しい話を書き足しました。
二人のじれったい恋。諦めるのかやり直すのか。
悩みながらもまた二人は………
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る
小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」
政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。
9年前の約束を叶えるために……。
豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。
「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。
本作は小説家になろうにも投稿しています。
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
【完結】わたしが嫌いな幼馴染の執着から逃げたい。
たろ
恋愛
今まで何とかぶち壊してきた婚約話。
だけど今回は無理だった。
突然の婚約。
え?なんで?嫌だよ。
幼馴染のリヴィ・アルゼン。
ずっとずっと友達だと思ってたのに魔法が使えなくて嫌われてしまった。意地悪ばかりされて嫌われているから避けていたのに、それなのになんで婚約しなきゃいけないの?
好き過ぎてリヴィはミルヒーナに意地悪したり冷たくしたり。おかげでミルヒーナはリヴィが苦手になりとにかく逃げてしまう。
なのに気がつけば結婚させられて……
意地悪なのか優しいのかわからないリヴィ。
戸惑いながらも少しずつリヴィと幸せな結婚生活を送ろうと頑張り始めたミルヒーナ。
なのにマルシアというリヴィの元恋人が現れて……
「離縁したい」と思い始めリヴィから逃げようと頑張るミルヒーナ。
リヴィは、ミルヒーナを逃したくないのでなんとか関係を修復しようとするのだけど……
◆ 短編予定でしたがやはり長編になってしまいそうです。
申し訳ありません。
【完結】大好きな幼馴染には愛している人がいるようです。だからわたしは頑張って仕事に生きようと思います。
たろ
恋愛
幼馴染のロード。
学校を卒業してロードは村から街へ。
街の警備隊の騎士になり、気がつけば人気者に。
ダリアは大好きなロードの近くにいたくて街に出て子爵家のメイドとして働き出した。
なかなか会うことはなくても同じ街にいるだけでも幸せだと思っていた。いつかは終わらせないといけない片思い。
ロードが恋人を作るまで、夢を見ていようと思っていたのに……何故か自分がロードの恋人になってしまった。
それも女避けのための(仮)の恋人に。
そしてとうとうロードには愛する女性が現れた。
ダリアは、静かに身を引く決意をして………
★ 短編から長編に変更させていただきます。
すみません。いつものように話が長くなってしまいました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる