天才軍師、顔の良い生首を拾う。~孔明じゃない諸葛さんの怪異譚~

久保カズヤ

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一章

六、鬼

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 懐に飛び込んできた楊甜を驚いた顔で抱き寄せ、女もまた涙を溢れさせて強く抱き返した。
 そんな感動的な光景。しかし諸葛恪はまた不快そうに眉をしかめる。
 楊甜から話を聞いて思い描いていた人物像とはまるで違う人物が目の前に現れたのだ。
 馬鹿は人相の説明一つも出来ないのかと長めのため息を吐く。

 可愛らしい、しかも楊甜に似た女性と言われれば輝くような美人が現れると誰もが思うだろう。
 しかし彼女はふっくらと肥えており、お世辞にも絵に描いたような美人ではない。

 ちなみにふくよかな女性が人気になるのは唐代になってからで、この時代はまだ細身で色白のすらっとした女性がいわゆる"美人"とされていたとか。

「感動の再会か何か知らないが、人の家の門戸の前で邪魔だ。用があるなら入ってからにしろ」
「ずびばぜぇえん!」

 宿舎に入れ、とりあえず二人が落ち着くまで諸葛恪は書類仕事を片手間に茶をすする。
 ちょうど茶を二杯ほど啜り終わったころ、楊甜の姉は床に頭をこすりつける勢いで頭を下げていた。

「本当に、なんとお礼を申し上げてよいか。弟を助けていただき感謝いたします」
「礼には及ばん。馬鹿な落頭民を面白がって拾っただけだ。見込みがなければすぐに捨てる」
「え、私たちの素性を、ご存じなので…?」
「知っている、何か問題が?」
「い、いえ、私は素性が知れてしまったことで解雇されている身なので、少し驚きました」

 僅かに警戒の色が見える。だがこれは当然の反応だろう。
 人間の誰が好き好んで首と胴が離れるわけのわからない存在を側に置こうと思うのか。
 もしかすると騙して陥れようとしているのかもしれない、そう考えてもおかしくはない。

「姉さん大丈夫だよ!ご主人様は確かに怖いし説教は長いし厳しいしよく殴られたり蹴られたり踏まれたりもするけど」
「それは大丈夫とは言わないような…」
「でもご主人様は僕をちゃんと人として見てくれる、命の恩人なんだ。僕はこの人の下で大きくなりたい」
「ケッ、生意気だな」

 どこか一回り成長したかのような弟の姿を見て、再び涙ぐむ。感情豊かなのは姉弟揃って同じらしい。
 諸葛恪はついて来られないのなら本気で捨てる気でいるだけに、あまり感謝されるつもりもなかった。

「それで、ここに来た用事はなんだ」
「あ、はい。申し遅れました、私の名は"楊燕(ようえん)"と言います。弟をお救いいただいたこと、重ねて感謝申し上げます」
「本題に入れ」
「…先日、"諸葛"左輔都尉が朱桓将軍の屋敷を訪ったことをお聞きしました」
「確かに将軍の屋敷を訪ねたが、入れてはもらえず難儀していたところだ」
「そこで一つお願いしたきことが。どうか、どうか将軍をお救いくださいませ」

 自分を解雇した相手に対する暗い感情は一切ない、ただひたすらに相手を思いやる切々たる覚悟。
 やっぱり何かがある。文机を挟み、諸葛恪はぐいと体を前に乗り出した。
 ふと楊燕の顔をよく見てみると、確かに目鼻立ちは姉弟そっくりである。痩せていないのが実に惜しく感じられたが、今の興味はそっちではなかった。

「詳しく聞こう。どういうことだ」
「左輔都尉は例の将軍の噂をご存じでしょうか?」
「人を殺す衝動を抑えがたくなる病だと、噂が回っていることは聞いた」
「はい。ですが将軍は面倒見の良いお方であり、理由なく剣を抜きません。その噂、正しくは"鬼を殺そうとしている"というものなのです」
「鬼?」

 ちなみに鬼というのは、いわゆる筋骨隆々の金棒を持った巨人をまず思い浮かべるが、この時代はそうではない。
 鬼とは言わば"死者"のことであり、今でいうところの幽霊に近いものだと思っていいだろう。
 朱桓は今、人ではなくてその"鬼"を斬ろうとしているのだとか。
 
「将軍は以前より鬼が見えると気を病んでおられました。かつて自分が殺した敵の姿が鏡面や水面に映り、井戸からは怨嗟の声が聞こえると」
「お前は見たり聞いたりしたのか?」
「いいえ、将軍にのみ見えたり聞こえたりするのです。そのせいで酒浸りとなり、ついには鬼と人の区別も曖昧となることが多く、こうなってしまうと誰も近づけません」

 思っていたよりも深刻かもしれない。諸葛恪は顎髭を撫で、考え込む。
 楊燕はそんな状況下で落頭民であることが判明し、解雇されるに至ったとか。
 鬼に気を苛まれている中で、落頭民を許容できる余裕は今の朱桓にはないということなのだろう。

「それで、姉さんは解雇された後はどうしてたの?」
「同僚の家に匿ってもらっていたわ。ほとぼりが冷めたら再び雇ってもらおうと思っていたけど、将軍の様子は悪くなるばかりで」
「それでここに来たのか」
「はい。左輔都尉の評判は私のようなものでも聞き及んでいます。怪異に関する事件をもことごとく解決に導く天才である、と」

 天才と言われるのはあまり好きじゃなかったが、この評判を全く知らなかったのか目を丸くして驚く楊甜を見ると、これもこれで腹が立った。

「朱桓将軍はこの国の柱石だ。よく知らせてくれた、礼を言おう」
「ほぁぁ…ご主人様が、人にお礼を」
「楊甜お前ちょっと後で来い」
「え」

 もうすでに時間も遅い。日が沈む前に楊燕を帰すことにした。
 さて、どうやって朱桓将軍を救うべきか。諸葛恪は今日も砂利の上に楊甜を正座させながら色々と思案を巡らせた。
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