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三章
八、理想と現実
しおりを挟む「無理な話ではありません。勿論、現実的な数字として兵数や物資の量も算出しております。そして私の計算では、兵数や物資共にかつて賀斉将軍が山越平定に必要としていたそれを優に下回ります。既に陛下、殿下には資料をお渡ししてますので、皆様方にも後程」
「殿下、どう見られましたか」
「う、うむ、正直なところ驚いた。あくまでも計算上でなら、問題ない戦術になっていると私は思っている」
「ふぅむ」
「軍を連ねるわけではありません。勿論、現地の守備兵も動員はしますが、中央が用意すべき兵数はそれほど多くなくていい。要所のみに兵を配するだけですので」
長年、どうすべきなのかを諸葛恪は考え続けてきた。考えて考えて、命を削って編み出した戦術がこれであった。
兵糧攻め。山の近くの民衆は全て退去させ、穀物も全て刈り取り、要所では守りを固めて戦いを避ける。
先日、山に入って山越族と接触した際に確信した。彼らは安定した食料自給が出来ていないことを。
特に米は略奪で賄っているのだろう。であれば奪うべき食料を全て消してしまえば良い。
「賊が結集して攻め寄せればどうする」
「中央軍をもって敵が攻める箇所の防備を厚くし、戦いを徹底的に避けます。こちらが攻めるのではなく守るのです。どこをどう守るのかの詳細も既に決めております」
「本気なのだな」
「あらゆる事態を想定し、これ以上に無い策と自負して御座います」
「では視点を変えよう。それだけの大量の山越族を降伏せしめ、お前はそれをどう扱うつもりだ」
この呉という国は、少し変わった体制の国家である。
蜀漢や魏のように中央集権的な体制ではなく、各地の有力者らにある程度の実権が与えられた半ば連合国家のような体制が採用されているのだ。
特に軍の扱い方にそれは顕著に表れる。というのも呉の各地の有力者は私兵を持つことが許され、その世襲も認められていた。
つまりそれだけの大勢の山越族をそのまま国が配分するというのは難しく、要するに「誰が引き受けるのか」という話になってくるのである。
「これまでは"討伐者の戦利品"として扱われた。今は亡き賀斉将軍や、上大将軍(陸遜)の率いる精鋭部隊はその戦功の賜物。されど今回の話は、勝手が違う」
反乱を起こした山越族を討伐し、降伏した者達の中でも精鋭を兵士として用い、そうでない者は小作人(農業奴隷)として好きに配分された。
しかし今回の諸葛恪の作戦は兵士だけでなく、非戦闘員も含めて何十万の山越族を引き受けるという話になる。
「再び連携せぬよう一ヵ所にまとめず、戸籍を取り、陛下の名の下で各地に"呉人"として移します」
「陛下の名の下であれば、誰しもが喜んでそれを受け入れると思うか?」
「背けば法に照らし処罰するまで」
「そんなに人間という生き物の聞き分けが良いのであれば、最初から山越の奴らは反乱など起こしてはおらんわ」
多くの呉人にとって、山越族は敵であり略奪者である。
それに山越族は少数部族だけでなく、逃げた犯罪者も多い。そして少数部族の中には会話もままならない者達が大勢いる。
言葉も風俗も思想信条も違う略奪者を、国の命令だからと喜んで同じ家に住まわせる奴がどこにいるというのだ。
奴らを大量に受け入れれば間違いなく治安は悪化する。急速な変化は国に混乱をもたらすぞ。
そんな張昭の言葉に周囲の官僚らも賛同の意を唱え、覆しようのない空気が諸葛恪を押し潰さんと渦巻いていた。
「ですが、それではいつまで経っても彼らは反乱を繰り返し、呉は兵を外に向けることが出来ない。有事の際に全力を尽くせません」
「それでも呉はこれまで十分にやってこれた。山越討伐もこれまで通りの方針で着実に成果が積み重なっておる。それを己が功名心のみで覆すのは如何なものか」
「功名心などではない。全てはこの国と陛下のため、私が今まで皆様方の成せなかったことを成すと言っているのです」
「思い上がるな小童!理想論ばかりでお前には現実が全く見えておらんであろうが!」
そこまでだ。
紛糾する議論は、怒りで顔を赤く染める孫権の怒声で鎮まった。
「師父よ、諸葛恪の言う通りだ。今までと同じで良いとお前は言うが、もう賀斉は居らん。朕もいつまで生きるか分からん。時代は変わりつつあるのだ」
「されど陛下、苦難を強いられるのは呉の民で御座います」
「黙れ!朕は忘れぬぞ、お前は赤壁の折、朕に降伏を進言したな。お前の言うとおりにやっていれば呉はとっくに滅びておるだろうが!」
鼻息荒く身を乗り出す孫権を孫登が抑える。
いつもであれば張昭もここで孫権を超えるような怒声を上げるのだが、ただ、寂しそうな顔を浮かべていた。
そして張昭は深く孫権に一礼し、そのまま議場を出て行ってしまう。
「諸葛恪!山越平定の任、お前に預ける!朕のこの期待決して裏切るでないぞ!」
「…御意」
その場に膝をついて、頭を地につける諸葛恪。
居並ぶ官僚達からその決定を喜ぶような反応は一つも聞こえてこなかった。
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