天才軍師、顔の良い生首を拾う。~孔明じゃない諸葛さんの怪異譚~

久保カズヤ

文字の大きさ
30 / 56
三章

八、理想と現実

しおりを挟む

「無理な話ではありません。勿論、現実的な数字として兵数や物資の量も算出しております。そして私の計算では、兵数や物資共にかつて賀斉将軍が山越平定に必要としていたそれを優に下回ります。既に陛下、殿下には資料をお渡ししてますので、皆様方にも後程」
「殿下、どう見られましたか」
「う、うむ、正直なところ驚いた。あくまでも計算上でなら、問題ない戦術になっていると私は思っている」
「ふぅむ」
「軍を連ねるわけではありません。勿論、現地の守備兵も動員はしますが、中央が用意すべき兵数はそれほど多くなくていい。要所のみに兵を配するだけですので」

 長年、どうすべきなのかを諸葛恪は考え続けてきた。考えて考えて、命を削って編み出した戦術がこれであった。
 兵糧攻め。山の近くの民衆は全て退去させ、穀物も全て刈り取り、要所では守りを固めて戦いを避ける。
 先日、山に入って山越族と接触した際に確信した。彼らは安定した食料自給が出来ていないことを。
 特に米は略奪で賄っているのだろう。であれば奪うべき食料を全て消してしまえば良い。

「賊が結集して攻め寄せればどうする」
「中央軍をもって敵が攻める箇所の防備を厚くし、戦いを徹底的に避けます。こちらが攻めるのではなく守るのです。どこをどう守るのかの詳細も既に決めております」
「本気なのだな」
「あらゆる事態を想定し、これ以上に無い策と自負して御座います」
「では視点を変えよう。それだけの大量の山越族を降伏せしめ、お前はそれをどう扱うつもりだ」

 この呉という国は、少し変わった体制の国家である。
 蜀漢や魏のように中央集権的な体制ではなく、各地の有力者らにある程度の実権が与えられた半ば連合国家のような体制が採用されているのだ。
 特に軍の扱い方にそれは顕著に表れる。というのも呉の各地の有力者は私兵を持つことが許され、その世襲も認められていた。
 つまりそれだけの大勢の山越族をそのまま国が配分するというのは難しく、要するに「誰が引き受けるのか」という話になってくるのである。

「これまでは"討伐者の戦利品"として扱われた。今は亡き賀斉将軍や、上大将軍(陸遜)の率いる精鋭部隊はその戦功の賜物。されど今回の話は、勝手が違う」

 反乱を起こした山越族を討伐し、降伏した者達の中でも精鋭を兵士として用い、そうでない者は小作人(農業奴隷)として好きに配分された。
 しかし今回の諸葛恪の作戦は兵士だけでなく、非戦闘員も含めて何十万の山越族を引き受けるという話になる。

「再び連携せぬよう一ヵ所にまとめず、戸籍を取り、陛下の名の下で各地に"呉人"として移します」
「陛下の名の下であれば、誰しもが喜んでそれを受け入れると思うか?」
「背けば法に照らし処罰するまで」
「そんなに人間という生き物の聞き分けが良いのであれば、最初から山越の奴らは反乱など起こしてはおらんわ」

 多くの呉人にとって、山越族は敵であり略奪者である。
 それに山越族は少数部族だけでなく、逃げた犯罪者も多い。そして少数部族の中には会話もままならない者達が大勢いる。
 言葉も風俗も思想信条も違う略奪者を、国の命令だからと喜んで同じ家に住まわせる奴がどこにいるというのだ。
 奴らを大量に受け入れれば間違いなく治安は悪化する。急速な変化は国に混乱をもたらすぞ。
 そんな張昭の言葉に周囲の官僚らも賛同の意を唱え、覆しようのない空気が諸葛恪を押し潰さんと渦巻いていた。

「ですが、それではいつまで経っても彼らは反乱を繰り返し、呉は兵を外に向けることが出来ない。有事の際に全力を尽くせません」
「それでも呉はこれまで十分にやってこれた。山越討伐もこれまで通りの方針で着実に成果が積み重なっておる。それを己が功名心のみで覆すのは如何なものか」
「功名心などではない。全てはこの国と陛下のため、私が今まで皆様方の成せなかったことを成すと言っているのです」
「思い上がるな小童!理想論ばかりでお前には現実が全く見えておらんであろうが!」

 そこまでだ。
 紛糾する議論は、怒りで顔を赤く染める孫権の怒声で鎮まった。

「師父よ、諸葛恪の言う通りだ。今までと同じで良いとお前は言うが、もう賀斉は居らん。朕もいつまで生きるか分からん。時代は変わりつつあるのだ」
「されど陛下、苦難を強いられるのは呉の民で御座います」
「黙れ!朕は忘れぬぞ、お前は赤壁の折、朕に降伏を進言したな。お前の言うとおりにやっていれば呉はとっくに滅びておるだろうが!」

 鼻息荒く身を乗り出す孫権を孫登が抑える。
 いつもであれば張昭もここで孫権を超えるような怒声を上げるのだが、ただ、寂しそうな顔を浮かべていた。
 そして張昭は深く孫権に一礼し、そのまま議場を出て行ってしまう。

「諸葛恪!山越平定の任、お前に預ける!朕のこの期待決して裏切るでないぞ!」
「…御意」

 その場に膝をついて、頭を地につける諸葛恪。
 居並ぶ官僚達からその決定を喜ぶような反応は一つも聞こえてこなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。

昼寝部
キャラ文芸
 俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。  その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。  とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。  まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。  これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

処理中です...