モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで

ChaCha

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訓練終了

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その日は、土砂降りの雨だった。

空から叩きつけるように降り続く雨が、地面を打ち、草を伏せ、泥を流していく。
魔の森に染みついていた、あの濃い赤色――魔物と人の痕跡も、容赦なく洗い流されていった。

まるで、この一ヶ月以上の地獄のような日々を、まとめて終わらせるための雨みたいだった。

「…やっと…かえれる……!」

思わず声が漏れる。
足は重い。身体は限界を超えている。
それでも、胸の奥から湧き上がる感情は、確かな実感だった。

――終わった。

先輩治癒魔術師が、雨に濡れたローブのまま、隣でふっと笑う。

「生き残れたね」

その一言に、喉の奥がぎゅっと詰まった。
軽い言葉なのに、重い。
生きているからこそ、ここに立っている。

周囲を見渡せば、仲間たちも同じ顔をしていた。
泥まみれで、傷だらけで、疲労困憊。
それでも、誰一人欠けていない。

騎士も、治癒魔術師も、魔術師も、みんなも
それぞれが互いを支え合い、守り合い、ここまで来た。

やがて、指揮官が前に出る。

雨音に負けない低い声で、短く、しかしはっきりと告げられた。

――訓練終了。
――各員、帰還。

その瞬間、張りつめていた糸が、ぷつりと切れた。

誰かが座り込み、誰かが空を仰ぎ、誰かが静かに拳を握る。
歓声はない。
涙も、ほとんど出ない。

ただ、胸いっぱいに広がる達成感だけがあった。

アイナは深く息を吸い、吐いた。
肺に入る湿った空気すら、どこか心地よい。

(……終わったんだ)

もう、魔の森で眠らなくていい。
血と泥の匂いに囲まれて目覚めなくていい。
「次」が来る恐怖に、常に備えなくていい。

視線を横に向ける。

そこに、エルンストがいた。

雨に濡れた青い髪。
鎧は傷だらけで、それでも姿勢は崩れていない。
彼は、静かにアイナの無事を確認するように、視線を向けてきた。

ほんの一瞬。
言葉はない。

それだけで、十分だった。

「帰ろう」

そう言われた気がして、アイナは小さく頷いた。

久しぶりの我が家へ。
魔の森ではない、石畳と屋根のある場所へ。

エルンストと並んで帰る道は、まだ雨に濡れている。
それでも、その一歩一歩が、確かに「日常」へ続いていると感じられた。

長かった夏が、ようやく終わろうとしていた。



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