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12 彼と彼女
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「ジネット嬢、彼が新しい婚約者ですかな?」
「はい。彼はレオ・バルベ伯爵子息です」
「レオ・バルベです」
「バルベ伯爵のところは長男しかいないと聞いていますが、ジネット嬢と婚約するということは孫に伯爵家を継がせるのですかな?」
「いえ、私が継ぎます。彼女には弟がおりますから」
話しかけて来たのは南の辺境伯領に娘を嫁がせたガルジッド侯爵だ。
彼は辺境伯領の役割をよく知っているため、レオ様の言葉に驚き、一瞬言葉を詰まらせた。
「ジネット嬢が後を継ぐと聞いておりますが」
「ええ。今のところは、です。幸いにも彼女には弟がおりますので彼が成長すれば後を継ぎ、ジネット嬢が王都で暮らすことになります。ジネット嬢は王都で一夫人として過ごしていくことになりますから」
「……。いやはや。そうでしたか。ジネット嬢、娘共々一日でも長く生き残ることをお祈りしておきます」
レオ様の言葉にガルジッド侯爵の口角がピクリと反応し、相手にしてやろうかという表情をしたが、引き下がってくれた。
「ガルジッド侯爵。ありがとうございます」
このままではまずいわ。
今の彼では敵を作りかねないもの。
私は内心苦い思いが広がっていく。
辺境の地で生き抜くことの大変さを知らず、あの発言はどう考えてもよくない。
彼が伯爵を継ぐ、としてもだ。
「レオ様、ちょうどダンスが始まったようです。一曲踊りにいきませんか?」
「ああ、本当だ。行こうか」
「お父様、少し踊ってまいりますね」
「ああ。楽しんでこい」
「レオ様、いきましょう?」
「ああ、いこうか」
私は少し強引だとは思ったけれど、この場からレオ様を連れ出すことに成功した。
周りに何人かいたけれど、ガルジッド侯爵と同じような考えを持った人も仕草を見る限りはいたようだ。
ダンスホールの端からそっと二人で入り踊り始める。
「そうだ、ジネット嬢。君に言っておかないといけないことがあった」
「? 何でしょうか?」
「これからは次期バルベ伯爵夫人としてお淑やかに王都で過ごしてほしいんだ」
「お淑やかに、ですか?」
「ああ。王都では君のように武器を持って戦う令嬢は野蛮で下品だと思われているからね。今後のことを考えて君は領地から出るべきだ」
「そうですか」
私は笑顔で言葉を濁したけれど、レオ様は理解してくれたと感じたのか満面の笑みを零している。
「ジネット嬢、君とこうして踊ることができてうれしい。幸せだ」
「ふふっ。ありがとうございます。私もこうしてレオ様と踊ることができてうれしいです。レオ様は王都に戻られてからはどう過ごしていたのですか?」
私は何も知らないふりをしてレオ様に聞いてみた。
するとレオ様は微笑みながら答えた。
「ああ、父の手伝いが忙しくてね。色々書類を片づけたり、王宮まででかけたりとゆっくりしている暇がなかった」
「そうでしたか」
私は微笑み、それ以上聞くことはできなかった。
だって……。
彼が一瞬見せた目の動きは明らかに動揺していたもの。
彼の言葉に私は言葉を呑んだ。
悲しいかな。こうして私は少しのことでも気付いてしまう。
今ここで口にしてしまえば生まれた淡い感情は砂城のように崩れてしまうのだろう。それでも、それでも……。
小さな幸せにしがみついていたいと思う情けない自分もいる。
そうしている間に一曲目が終わった。
二曲目も踊ろうとして二人で立って待っていたが、曲は止んだままだった。
「どうしたんだろう?」
「何かあったのでしょうか」
少し心配していると、ダンスホールで踊っていた人達は一組を残し、波が引くようにホールの端へと移動していく。
私達も端へと移動した時、国王陛下が中央へ歩いてきた。
一瞬にして会場は静寂に包まれ、全ての貴族が礼を執る。
「楽にしてくれ。今宵の舞踏会で一人の女性を皆に紹介しておきたくてな。ミラ、ここへ」
「はい」
レイニード王太子殿下のエスコートで陛下の横へ来た女性。黒髪に淡い紫色した目の色。もしかして彼女がマリーズ様の言っていた令嬢かしら。
私達辺境伯が久々に舞踏会に参加したことも注目の的だったけれど、彼女はそれ以上だ。
やはり王女なのだろうか。
「彼女の名はミラ。儂の弟で先日亡くなったジョールの忘れ形見だ。見ての通り彼女の目は王家の色を持っている。この度、ジョールの代わりに彼女が成人するまでの間、私が後ろ盾となる。みんなもそのつもりで彼女に接してほしい」
陛下の言葉に会場はざわついた。
ジョール公爵は元々第二王子で一代限りの公爵になった方だ。結婚はしていなかった。
クレマンティーヌ男爵が養女にしてまで王家に話を持っていったということは男爵が何かを知っているのだろう。
男爵夫人が、と言いたいところだけれど、夫人の髪は薄い茶色だった。
ミラ嬢は黒の髪だ。
王家の方々は明るい金色の髪に薄い紫色の目をしているのが特徴なのだ。母親は黒髪なのだろう。この国に黒髪はとても珍しい。
もしかしたら隣国の女性なのかもしれない。
父のところには情報がきていそうだ。後で確認してみよう。
陛下はミラ嬢の紹介を終えると観覧席へと戻っていった。
そしてダンスホールに王太子殿下と白を基調としたドレスを着ているミラ嬢は多分今日がデビュタントの日なのだろうと思われる。
互いに会釈し、ダンスを始める。
彼女はダンスを最近始めたばかりなのか、ぎこちない様子で王太子殿下に優しくリードされ、ダンスを踊っていた。そうして一礼し、観覧席へと戻っていく。
「レオ様、驚きましたね。ジョール様の忘れ形見だったなんて。……? レオ様?」
私は彼女に視線を向けながら隣にいたレオ様に話しかけたつもりでいたが、返事は全く返ってこない。
ふと横に視線を向けると、彼はミラ嬢を見ていた。
「はい。彼はレオ・バルベ伯爵子息です」
「レオ・バルベです」
「バルベ伯爵のところは長男しかいないと聞いていますが、ジネット嬢と婚約するということは孫に伯爵家を継がせるのですかな?」
「いえ、私が継ぎます。彼女には弟がおりますから」
話しかけて来たのは南の辺境伯領に娘を嫁がせたガルジッド侯爵だ。
彼は辺境伯領の役割をよく知っているため、レオ様の言葉に驚き、一瞬言葉を詰まらせた。
「ジネット嬢が後を継ぐと聞いておりますが」
「ええ。今のところは、です。幸いにも彼女には弟がおりますので彼が成長すれば後を継ぎ、ジネット嬢が王都で暮らすことになります。ジネット嬢は王都で一夫人として過ごしていくことになりますから」
「……。いやはや。そうでしたか。ジネット嬢、娘共々一日でも長く生き残ることをお祈りしておきます」
レオ様の言葉にガルジッド侯爵の口角がピクリと反応し、相手にしてやろうかという表情をしたが、引き下がってくれた。
「ガルジッド侯爵。ありがとうございます」
このままではまずいわ。
今の彼では敵を作りかねないもの。
私は内心苦い思いが広がっていく。
辺境の地で生き抜くことの大変さを知らず、あの発言はどう考えてもよくない。
彼が伯爵を継ぐ、としてもだ。
「レオ様、ちょうどダンスが始まったようです。一曲踊りにいきませんか?」
「ああ、本当だ。行こうか」
「お父様、少し踊ってまいりますね」
「ああ。楽しんでこい」
「レオ様、いきましょう?」
「ああ、いこうか」
私は少し強引だとは思ったけれど、この場からレオ様を連れ出すことに成功した。
周りに何人かいたけれど、ガルジッド侯爵と同じような考えを持った人も仕草を見る限りはいたようだ。
ダンスホールの端からそっと二人で入り踊り始める。
「そうだ、ジネット嬢。君に言っておかないといけないことがあった」
「? 何でしょうか?」
「これからは次期バルベ伯爵夫人としてお淑やかに王都で過ごしてほしいんだ」
「お淑やかに、ですか?」
「ああ。王都では君のように武器を持って戦う令嬢は野蛮で下品だと思われているからね。今後のことを考えて君は領地から出るべきだ」
「そうですか」
私は笑顔で言葉を濁したけれど、レオ様は理解してくれたと感じたのか満面の笑みを零している。
「ジネット嬢、君とこうして踊ることができてうれしい。幸せだ」
「ふふっ。ありがとうございます。私もこうしてレオ様と踊ることができてうれしいです。レオ様は王都に戻られてからはどう過ごしていたのですか?」
私は何も知らないふりをしてレオ様に聞いてみた。
するとレオ様は微笑みながら答えた。
「ああ、父の手伝いが忙しくてね。色々書類を片づけたり、王宮まででかけたりとゆっくりしている暇がなかった」
「そうでしたか」
私は微笑み、それ以上聞くことはできなかった。
だって……。
彼が一瞬見せた目の動きは明らかに動揺していたもの。
彼の言葉に私は言葉を呑んだ。
悲しいかな。こうして私は少しのことでも気付いてしまう。
今ここで口にしてしまえば生まれた淡い感情は砂城のように崩れてしまうのだろう。それでも、それでも……。
小さな幸せにしがみついていたいと思う情けない自分もいる。
そうしている間に一曲目が終わった。
二曲目も踊ろうとして二人で立って待っていたが、曲は止んだままだった。
「どうしたんだろう?」
「何かあったのでしょうか」
少し心配していると、ダンスホールで踊っていた人達は一組を残し、波が引くようにホールの端へと移動していく。
私達も端へと移動した時、国王陛下が中央へ歩いてきた。
一瞬にして会場は静寂に包まれ、全ての貴族が礼を執る。
「楽にしてくれ。今宵の舞踏会で一人の女性を皆に紹介しておきたくてな。ミラ、ここへ」
「はい」
レイニード王太子殿下のエスコートで陛下の横へ来た女性。黒髪に淡い紫色した目の色。もしかして彼女がマリーズ様の言っていた令嬢かしら。
私達辺境伯が久々に舞踏会に参加したことも注目の的だったけれど、彼女はそれ以上だ。
やはり王女なのだろうか。
「彼女の名はミラ。儂の弟で先日亡くなったジョールの忘れ形見だ。見ての通り彼女の目は王家の色を持っている。この度、ジョールの代わりに彼女が成人するまでの間、私が後ろ盾となる。みんなもそのつもりで彼女に接してほしい」
陛下の言葉に会場はざわついた。
ジョール公爵は元々第二王子で一代限りの公爵になった方だ。結婚はしていなかった。
クレマンティーヌ男爵が養女にしてまで王家に話を持っていったということは男爵が何かを知っているのだろう。
男爵夫人が、と言いたいところだけれど、夫人の髪は薄い茶色だった。
ミラ嬢は黒の髪だ。
王家の方々は明るい金色の髪に薄い紫色の目をしているのが特徴なのだ。母親は黒髪なのだろう。この国に黒髪はとても珍しい。
もしかしたら隣国の女性なのかもしれない。
父のところには情報がきていそうだ。後で確認してみよう。
陛下はミラ嬢の紹介を終えると観覧席へと戻っていった。
そしてダンスホールに王太子殿下と白を基調としたドレスを着ているミラ嬢は多分今日がデビュタントの日なのだろうと思われる。
互いに会釈し、ダンスを始める。
彼女はダンスを最近始めたばかりなのか、ぎこちない様子で王太子殿下に優しくリードされ、ダンスを踊っていた。そうして一礼し、観覧席へと戻っていく。
「レオ様、驚きましたね。ジョール様の忘れ形見だったなんて。……? レオ様?」
私は彼女に視線を向けながら隣にいたレオ様に話しかけたつもりでいたが、返事は全く返ってこない。
ふと横に視線を向けると、彼はミラ嬢を見ていた。
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