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36 ノアSide
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……彼女に会いたい。
僕はずっとそう思っていた。いや、今でもそう思っている。僕は一度死んでいる。死ぬ前はモアと結婚し、彼女が息子のイェルを産んでイェルが五歳になったあの日、彼女は自殺した。
僕は王家のために閨事をするのが当たり前という環境で育った。だからモアが嫌がっているという事すらも気づいていなかった。確か王命によりモアは我が家へ嫁いできた。
一目でモアの美しさに心奪われ、誰にも渡したくないとさえ考えていた。
モアを知れば知るほど深みにはまっていく自分。僕の唯一。愛している。全てが狂おしい。
だが僕の考えは甘く、いつもモアを傷つけてばかりいた。彼女は僕が仕事をする度に微笑みながら一歩また一歩と距離を置いていく。僕は仕事だからと何も考えずにいた。ある時、微量の自白剤を飲ませた監視対象者の夫人が言っていた閨後の話。
「ノア様、私との閨事は素晴らしかったでしょう?ノア様の奥様も可哀そうよね。浮名を流すほどの美しい夫を持って。同情しちゃうわ」
夫人はベッドで笑いながらそう僕に言った。
「同情、ですか?」
「それはそうよ。私が彼女だったら毎日涙で枕を濡らしているわ。だって夫が浮気をしているのよ?知らない誰かと閨を共にしていると考えただけでゾッとしちゃうわ。例え政略結婚でもいい気はしないわ。私が言うのもなんだけどね」
浮気?
僕は笑ってその場をなんとか誤魔化したのだが、頭を殴られたような感覚だった。
……その夫人だけの考えかも知れない。僕は否定したくて仕方がなかった。
その後、得た情報を書類に纏め、クロティルド王太子殿下の執務室へと向かった。もちろん僕の持ってくる情報は極秘とされているもの。執務室へと通される。もちろん人払いがされていて他の人は誰もいない。
「殿下、資料をお持ち致しました」
「あぁ、いつも助かるよ。?どうした?浮かない顔をして」
クロティルド王太子殿下は書類に目を通しながら聞いてきた。
「はぁ、少し気になることがありまして」
「なになに?珍しいな。ノアが気になるとは。話してみろ、場合によっては相談に乗るぞ?」
殿下はニヤニヤと聞いてくる。
「はぁ。実は、監視対象者の夫人が言っていたのですが、妻のモアが可哀そうだと。夫が浮気をしていい気分にはならないと。毎日涙で枕を濡らしているのではないかと。そう言われたんです」
「……そうか。まぁ、そうだろうな」
殿下は否定するものだと思っていたが違っていた。
「ノア、お前は確かに影として幼いころから教育されてきたから閨事は当たり前としか考えていない。だがな、一般的には、その、決まった相手としか閨事は行わないのが普通で、嫌がられる。
特にモア嬢は箱入り娘として育てられてきたから当然夫以外の閨事は考えていない。淑女としても他人と交わる事は汚い、最低な事だと教えられているし、恥でしかない。人によっては自死を選ぶ者もいる。
ただ、モア嬢が自死を選べないのは王家がウルダード家を陥れて家族を人質にしているからだ。モア嬢の事を思うのならモア嬢に情報を持ってこいと言う私の父やお前の母から守り抜くしかないだろう」
殿下は先ほどとは打って変わって真面目に答えている。
その言葉ぶりから夫人の言っている事は本当だったのかと思った。僕はこんなにもモアを愛しているが、モアにとって僕という存在は自死を選びたくなるほど嫌な事をしているのか。
そう考えるだけで心が重くなった。
僕はなるべくモアに負担をかけないようにしていたのだが、母はそれを許さなかった。モアを薬漬けにし、眠り姫として他の貴族たちに貸し出そうとしていた。
僕は精一杯抵抗するためにモアを妊娠させるしかなかった。
両親は跡取りを望んでいたから妊娠を喜び、モアを丁重に扱うようになった。僕はホッとしたけれど、イェルを産んだ後、僕の隙を見て両親はモアを何度も連れ去った。僕が夫人と閨事をするよりも遥かに酷い仕打ちに何度も抗議した。
けれど、母にとってはモアはその辺の娼婦でしかないと。この娘は気に入らない、従わない嫁は奴隷に落としても構わないとさえ言い切った。そして今度は一人息子を盾に取ってきた。
情報を集めきったモアを他国の奴隷商に引き渡されたくなければ息子をこちらへ寄越せと。僕は、これほど両親を恨んだ事はなかった。だが僕が拒否したところで両親も国も許さないだろう。
モアを助けたい一心で両親の言う事を呑むしかなかった。
だが、イェルが五歳になったあの日、モアは死んだ。
それまで必死になっていた全ての事がどうでも良くなった。イェルは顔や腕に大きな傷を負った。
母は今までに無いほど怒り狂っていた。跡取りを潰されたと。きっと、モアは息子を守ったのだろうと思う。
僕は彼女がウルダード伯爵家に手紙を送っていたと後日知った。モアの最後を侍女なりに聞き入れたのか。
モアはイェルの行く末を案じていたのだろう。
モアが亡くなってからの僕は生きる気力さえ無くなった。
……もう、どうでもいい。
モアのいないこの世界はつまらない。
けれど最後にイェルをモアの実家に逃げる事ができるようにしなければならない。それがモアへの唯一出来る贖罪だと思ったから。
両親が選んだ新しい妻に心動かされる事もなく淡々と過ごしていった。
跡取りもでき、ようやくイェルをこの呪われた家から解放した後、僕は自分で命を断った。
僕はずっとそう思っていた。いや、今でもそう思っている。僕は一度死んでいる。死ぬ前はモアと結婚し、彼女が息子のイェルを産んでイェルが五歳になったあの日、彼女は自殺した。
僕は王家のために閨事をするのが当たり前という環境で育った。だからモアが嫌がっているという事すらも気づいていなかった。確か王命によりモアは我が家へ嫁いできた。
一目でモアの美しさに心奪われ、誰にも渡したくないとさえ考えていた。
モアを知れば知るほど深みにはまっていく自分。僕の唯一。愛している。全てが狂おしい。
だが僕の考えは甘く、いつもモアを傷つけてばかりいた。彼女は僕が仕事をする度に微笑みながら一歩また一歩と距離を置いていく。僕は仕事だからと何も考えずにいた。ある時、微量の自白剤を飲ませた監視対象者の夫人が言っていた閨後の話。
「ノア様、私との閨事は素晴らしかったでしょう?ノア様の奥様も可哀そうよね。浮名を流すほどの美しい夫を持って。同情しちゃうわ」
夫人はベッドで笑いながらそう僕に言った。
「同情、ですか?」
「それはそうよ。私が彼女だったら毎日涙で枕を濡らしているわ。だって夫が浮気をしているのよ?知らない誰かと閨を共にしていると考えただけでゾッとしちゃうわ。例え政略結婚でもいい気はしないわ。私が言うのもなんだけどね」
浮気?
僕は笑ってその場をなんとか誤魔化したのだが、頭を殴られたような感覚だった。
……その夫人だけの考えかも知れない。僕は否定したくて仕方がなかった。
その後、得た情報を書類に纏め、クロティルド王太子殿下の執務室へと向かった。もちろん僕の持ってくる情報は極秘とされているもの。執務室へと通される。もちろん人払いがされていて他の人は誰もいない。
「殿下、資料をお持ち致しました」
「あぁ、いつも助かるよ。?どうした?浮かない顔をして」
クロティルド王太子殿下は書類に目を通しながら聞いてきた。
「はぁ、少し気になることがありまして」
「なになに?珍しいな。ノアが気になるとは。話してみろ、場合によっては相談に乗るぞ?」
殿下はニヤニヤと聞いてくる。
「はぁ。実は、監視対象者の夫人が言っていたのですが、妻のモアが可哀そうだと。夫が浮気をしていい気分にはならないと。毎日涙で枕を濡らしているのではないかと。そう言われたんです」
「……そうか。まぁ、そうだろうな」
殿下は否定するものだと思っていたが違っていた。
「ノア、お前は確かに影として幼いころから教育されてきたから閨事は当たり前としか考えていない。だがな、一般的には、その、決まった相手としか閨事は行わないのが普通で、嫌がられる。
特にモア嬢は箱入り娘として育てられてきたから当然夫以外の閨事は考えていない。淑女としても他人と交わる事は汚い、最低な事だと教えられているし、恥でしかない。人によっては自死を選ぶ者もいる。
ただ、モア嬢が自死を選べないのは王家がウルダード家を陥れて家族を人質にしているからだ。モア嬢の事を思うのならモア嬢に情報を持ってこいと言う私の父やお前の母から守り抜くしかないだろう」
殿下は先ほどとは打って変わって真面目に答えている。
その言葉ぶりから夫人の言っている事は本当だったのかと思った。僕はこんなにもモアを愛しているが、モアにとって僕という存在は自死を選びたくなるほど嫌な事をしているのか。
そう考えるだけで心が重くなった。
僕はなるべくモアに負担をかけないようにしていたのだが、母はそれを許さなかった。モアを薬漬けにし、眠り姫として他の貴族たちに貸し出そうとしていた。
僕は精一杯抵抗するためにモアを妊娠させるしかなかった。
両親は跡取りを望んでいたから妊娠を喜び、モアを丁重に扱うようになった。僕はホッとしたけれど、イェルを産んだ後、僕の隙を見て両親はモアを何度も連れ去った。僕が夫人と閨事をするよりも遥かに酷い仕打ちに何度も抗議した。
けれど、母にとってはモアはその辺の娼婦でしかないと。この娘は気に入らない、従わない嫁は奴隷に落としても構わないとさえ言い切った。そして今度は一人息子を盾に取ってきた。
情報を集めきったモアを他国の奴隷商に引き渡されたくなければ息子をこちらへ寄越せと。僕は、これほど両親を恨んだ事はなかった。だが僕が拒否したところで両親も国も許さないだろう。
モアを助けたい一心で両親の言う事を呑むしかなかった。
だが、イェルが五歳になったあの日、モアは死んだ。
それまで必死になっていた全ての事がどうでも良くなった。イェルは顔や腕に大きな傷を負った。
母は今までに無いほど怒り狂っていた。跡取りを潰されたと。きっと、モアは息子を守ったのだろうと思う。
僕は彼女がウルダード伯爵家に手紙を送っていたと後日知った。モアの最後を侍女なりに聞き入れたのか。
モアはイェルの行く末を案じていたのだろう。
モアが亡くなってからの僕は生きる気力さえ無くなった。
……もう、どうでもいい。
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けれど最後にイェルをモアの実家に逃げる事ができるようにしなければならない。それがモアへの唯一出来る贖罪だと思ったから。
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