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生まれたままの姿を見た兄を、妹は悪鬼となって追ってきます
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家へ急いでいるつもりでも、空を見上げると、もう星が見える。
「羅羽、さすがに怒ってるだろうな」
テーブルいっぱいのご馳走を前に、椅子に腰かけたまま頬杖ついて、俺を待っている小柄な妹の姿が目に浮かんだ。
そういえば、俺が家を飛び出す前、羅羽はこう言ったのだった。
……お兄ちゃん、これから夕ご飯作るんだけど、お父さん待った方がいいかな?
「帰るなっていうの、そのせいかな?」
手紙の内容からすると、親父は当分、いや、もしかすると一生、帰ってこないだろうと思われた。
すると羅羽は、あの手紙を読まずに、俺に渡したのだ。
それは多分、波風立てずに家へ送り込むために親父が指図したことだろう。
俺は慌てた。
「急がなくちゃ」
何も知らない羅羽は、俺と親父の帰りを、ずっと待っていることだろう。
全速力で家へ駆け戻ると、台所の窓に灯はついていなかった。
「あれ?」
いくら何でも、部屋を暗くしたまま待っているなんてことはないだろう。
玄関にも、カギが掛かったままだった。
さっき見たものは幻だったのかと思うくらい、家は静まり返っていた。
「仕方ないか……」
俺は自分で肌身離さず首からかけている、家の合いカギを取り出す。
さっきは締め出しを食わされた怒りで、すっかり忘れていたのだ。
それはそれで、みっともない話だった。
「ただいま……」
玄関は、やはり真っ暗だった。
「羅羽……さん?」
もしかすると、俺を驚かせようとしているのかもしれない。
そんなことも考えながら台所へ向かう。
少し胸をドキドキさせながら、明かりをつけてみる。
「……ない。」
テーブルの上には、ごちそうはおろかカップ麺さえも置いてなかった。
流しを見ると、鍋も食器も綺麗に洗って水切り籠に入れてある。
「俺の分は?」
さっさと自分だけで夕食を済ませてしまったのかと思うと、急に怒りが前身にみなぎってきた。
さっきの悪態が蘇ってくる。
……しばらく帰ってこなくていいからね!
だが、俺はそこで、咲耶のことを思い出した。
気の置けない幼馴染とはいえ、女の子の部屋に図々しく上がり込んだ俺の話を黙って聞いてくれた。
ちょっと怪しげではあるが、帰り際にはお守りっぽいものまでくれた。
そこは、見習わなくちゃいけない。
俺は、羅羽と落ち着いて話し合うことにした。
「そうだよな、まずは自分で……」
食事を作れば済む話だ。
だが、冷蔵庫を開けてみると、中には何もなかった。
それでも俺は、耐える。
「そりゃ、必要最低限のものしか入れてないけどさ……」
元はといえば父親のせいだ。
あのちゃらんぽらんな生き方で、それほど稼ぎがあるわけじゃない。
そう思えば、腹も立たない。
むしろ、気になるのは、羅羽の姿がないことだった。
「そういえば、どこに……」
もしかすると、俺が冷たくあしらったのを苦にして、出ていったのかもしれない。
そう思うと、居ても立ってもいられなかった。
「羅羽さん!」
台所の向かいにある居間に駆け込んだが、そこにはいなかった。
2階へ駆け上がってみる。
もし、俺の部屋にいるなら、明け渡して居間で勉強したり寝たりすればいい。
そこにも姿がなかったので、もしかしたらと思ったが、トイレにも明かりはついていなかった。
「あとは……」
そこで俺は、自分のバカさ加減を呪うことになった。
家に帰ってきたところで、風呂場の辺りまでいちいち確かめに回らなかったのは、まあ、仕方がない。
だが、ちょっと考えれば、この家のどこにもいない羅羽が、ここで何をしているかは想像がつきそうなものだ。
ところが俺は怒ったり、また頭を冷やそうとしてあれこれ考えたりして、余計に自分を見失ってしまっていたのだった。
「……あ」
洗面所の引き戸を開けた俺は、言葉を失った。
目の前にあるものよりきれいなものを、俺は生まれてこのかた、見たことがなかったのだ。
真っ白な身体。
膨らみ初めた胸の頂点に滲む、薄桃色。
そんなにくびれてはいないけど、なだらかなカーブを描く腰。
後ろに鏡台があるので、黒髪の流れる艶やかな背中も見える。
しなやかな脚は、きれいだった。
そして、呆然と見開かれた、きれいな目。
可愛らしい唇が、微かな声を漏らした。
「お兄……ちゃん?」
そこにあるのは、一糸まとわぬ、羅羽の裸身だった。
今日、初めて会ったばかりの。
俺の義理の妹の。
生まれたままの姿だった。
ここで俺にできることは、ひとつしかない。
「ごめん……!」
さっきよりも凄まじい勢いで、家の外へ飛び出す。
この世のどこにも、いたたまれない気がした。
羅羽は、ひとりぼっちで見知らぬ家にやってきた女の子だ。
見知らぬ男を義理の兄と呼んで、一緒に暮らさなければならなくなった14歳の女子中学生だ。
その相手に会ったその日に、裸を見られるなんて。
あのきれいな目からは、今ごろ、涙があふれているはずだ。
どうしよう。
真っ暗な夜道で俺は立ち止まって、灯の見えない家のほうを振り返ってみた。
「え……!」
俺は俺で、唖然とした。
街灯がぽつんぽつんとあるだけの夜道に、何かがぼんやりと白く光っている。
それが凄まじい速さで近づいてくるのに目を凝らした俺は、見たものを疑わないではいられなかった。
羅羽だった。
長い髪を振り乱しながら、地面を荒々しく蹴立てて追ってきたのだった。
裸のままで。
「ちょっと、ちょっとちょっとちょっと!」
まずい。
いくら何でも、それはまずい。
辺りには民家があるし、その住人たちは、前からも後ろからも、家路を急いでいる。
いくら暗くなっているとはいっても、こんな姿の妹が、人目に付かないわけがない。
実際、闇の中でも妹の顔は、はっきりと見えるのだった。
「ひ……っ!」
そこには、いかに冷淡でも、いや、それだけに際立っていた可愛らしさはない。
目と口が耳まで裂けたかとさえ思われるような、悪鬼の形相が俺に向けられていた。
でも、半狂乱になった裸の女に、道行く人は誰ひとり気付く様子もない。
「助けて!」
目についた人に向かって声を上げても、再び駆け出した俺など目に入らないようだった。
危うくぶつかるところだったのを、慌ててよける。
ぶつかってしまえば気づいてもらえたかもしれないが、その間にも、羅羽が追いついてくるかもしれなかった。
それが怖かった。わけもなく怖かった。
再び、ちらと振り向いてみる。
羅羽の口からは、冬の朝のジョギングでもしているかのような白い息があふれていた。
だが、夏の夜に、そんなものが見られるはずもない。
それは、口から吐く炎だった。
炎は羅羽の顔を照らし、また、その熱で蜃気楼のように揺らめかせていたのだった。
やがて、辺りに人通りはなくなった。
そのときにはもう、疲れ切った僕は、前に進むのがやっとだった。
一方で羅羽は、走る勢いを緩めたりはしなかった。
ためらいも恥じらいもなく、裸のままで大股に駆けてくる。
吐く炎の熱気も、逃げる俺の背中まで感じられるようになってきた。
もう、限界だった。
「うわっ!」
いままでそうならなかったのが不思議なくらいの勢いで、前へと思いっきりつんのめる。
地面に思いっきり身体を打ち付けて、ちょっとの間は動くこともできなかった。
その隙に、疾走する羅羽の足音はすぐ近くまで迫ってくる。
ようやくの思いで起きあがったとき、その姿は見上げた目の前にあった。
だが、そこにはもう、清らかな裸身はない。
口から吐き出される炎の揺らめきが、能役者の衣装のように羅羽の全身を包み込んでいた。
そして、目を怒らせた妹の額には……。
本当の鬼のような、ふたつの角が現れていた。
「羅羽、さすがに怒ってるだろうな」
テーブルいっぱいのご馳走を前に、椅子に腰かけたまま頬杖ついて、俺を待っている小柄な妹の姿が目に浮かんだ。
そういえば、俺が家を飛び出す前、羅羽はこう言ったのだった。
……お兄ちゃん、これから夕ご飯作るんだけど、お父さん待った方がいいかな?
「帰るなっていうの、そのせいかな?」
手紙の内容からすると、親父は当分、いや、もしかすると一生、帰ってこないだろうと思われた。
すると羅羽は、あの手紙を読まずに、俺に渡したのだ。
それは多分、波風立てずに家へ送り込むために親父が指図したことだろう。
俺は慌てた。
「急がなくちゃ」
何も知らない羅羽は、俺と親父の帰りを、ずっと待っていることだろう。
全速力で家へ駆け戻ると、台所の窓に灯はついていなかった。
「あれ?」
いくら何でも、部屋を暗くしたまま待っているなんてことはないだろう。
玄関にも、カギが掛かったままだった。
さっき見たものは幻だったのかと思うくらい、家は静まり返っていた。
「仕方ないか……」
俺は自分で肌身離さず首からかけている、家の合いカギを取り出す。
さっきは締め出しを食わされた怒りで、すっかり忘れていたのだ。
それはそれで、みっともない話だった。
「ただいま……」
玄関は、やはり真っ暗だった。
「羅羽……さん?」
もしかすると、俺を驚かせようとしているのかもしれない。
そんなことも考えながら台所へ向かう。
少し胸をドキドキさせながら、明かりをつけてみる。
「……ない。」
テーブルの上には、ごちそうはおろかカップ麺さえも置いてなかった。
流しを見ると、鍋も食器も綺麗に洗って水切り籠に入れてある。
「俺の分は?」
さっさと自分だけで夕食を済ませてしまったのかと思うと、急に怒りが前身にみなぎってきた。
さっきの悪態が蘇ってくる。
……しばらく帰ってこなくていいからね!
だが、俺はそこで、咲耶のことを思い出した。
気の置けない幼馴染とはいえ、女の子の部屋に図々しく上がり込んだ俺の話を黙って聞いてくれた。
ちょっと怪しげではあるが、帰り際にはお守りっぽいものまでくれた。
そこは、見習わなくちゃいけない。
俺は、羅羽と落ち着いて話し合うことにした。
「そうだよな、まずは自分で……」
食事を作れば済む話だ。
だが、冷蔵庫を開けてみると、中には何もなかった。
それでも俺は、耐える。
「そりゃ、必要最低限のものしか入れてないけどさ……」
元はといえば父親のせいだ。
あのちゃらんぽらんな生き方で、それほど稼ぎがあるわけじゃない。
そう思えば、腹も立たない。
むしろ、気になるのは、羅羽の姿がないことだった。
「そういえば、どこに……」
もしかすると、俺が冷たくあしらったのを苦にして、出ていったのかもしれない。
そう思うと、居ても立ってもいられなかった。
「羅羽さん!」
台所の向かいにある居間に駆け込んだが、そこにはいなかった。
2階へ駆け上がってみる。
もし、俺の部屋にいるなら、明け渡して居間で勉強したり寝たりすればいい。
そこにも姿がなかったので、もしかしたらと思ったが、トイレにも明かりはついていなかった。
「あとは……」
そこで俺は、自分のバカさ加減を呪うことになった。
家に帰ってきたところで、風呂場の辺りまでいちいち確かめに回らなかったのは、まあ、仕方がない。
だが、ちょっと考えれば、この家のどこにもいない羅羽が、ここで何をしているかは想像がつきそうなものだ。
ところが俺は怒ったり、また頭を冷やそうとしてあれこれ考えたりして、余計に自分を見失ってしまっていたのだった。
「……あ」
洗面所の引き戸を開けた俺は、言葉を失った。
目の前にあるものよりきれいなものを、俺は生まれてこのかた、見たことがなかったのだ。
真っ白な身体。
膨らみ初めた胸の頂点に滲む、薄桃色。
そんなにくびれてはいないけど、なだらかなカーブを描く腰。
後ろに鏡台があるので、黒髪の流れる艶やかな背中も見える。
しなやかな脚は、きれいだった。
そして、呆然と見開かれた、きれいな目。
可愛らしい唇が、微かな声を漏らした。
「お兄……ちゃん?」
そこにあるのは、一糸まとわぬ、羅羽の裸身だった。
今日、初めて会ったばかりの。
俺の義理の妹の。
生まれたままの姿だった。
ここで俺にできることは、ひとつしかない。
「ごめん……!」
さっきよりも凄まじい勢いで、家の外へ飛び出す。
この世のどこにも、いたたまれない気がした。
羅羽は、ひとりぼっちで見知らぬ家にやってきた女の子だ。
見知らぬ男を義理の兄と呼んで、一緒に暮らさなければならなくなった14歳の女子中学生だ。
その相手に会ったその日に、裸を見られるなんて。
あのきれいな目からは、今ごろ、涙があふれているはずだ。
どうしよう。
真っ暗な夜道で俺は立ち止まって、灯の見えない家のほうを振り返ってみた。
「え……!」
俺は俺で、唖然とした。
街灯がぽつんぽつんとあるだけの夜道に、何かがぼんやりと白く光っている。
それが凄まじい速さで近づいてくるのに目を凝らした俺は、見たものを疑わないではいられなかった。
羅羽だった。
長い髪を振り乱しながら、地面を荒々しく蹴立てて追ってきたのだった。
裸のままで。
「ちょっと、ちょっとちょっとちょっと!」
まずい。
いくら何でも、それはまずい。
辺りには民家があるし、その住人たちは、前からも後ろからも、家路を急いでいる。
いくら暗くなっているとはいっても、こんな姿の妹が、人目に付かないわけがない。
実際、闇の中でも妹の顔は、はっきりと見えるのだった。
「ひ……っ!」
そこには、いかに冷淡でも、いや、それだけに際立っていた可愛らしさはない。
目と口が耳まで裂けたかとさえ思われるような、悪鬼の形相が俺に向けられていた。
でも、半狂乱になった裸の女に、道行く人は誰ひとり気付く様子もない。
「助けて!」
目についた人に向かって声を上げても、再び駆け出した俺など目に入らないようだった。
危うくぶつかるところだったのを、慌ててよける。
ぶつかってしまえば気づいてもらえたかもしれないが、その間にも、羅羽が追いついてくるかもしれなかった。
それが怖かった。わけもなく怖かった。
再び、ちらと振り向いてみる。
羅羽の口からは、冬の朝のジョギングでもしているかのような白い息があふれていた。
だが、夏の夜に、そんなものが見られるはずもない。
それは、口から吐く炎だった。
炎は羅羽の顔を照らし、また、その熱で蜃気楼のように揺らめかせていたのだった。
やがて、辺りに人通りはなくなった。
そのときにはもう、疲れ切った僕は、前に進むのがやっとだった。
一方で羅羽は、走る勢いを緩めたりはしなかった。
ためらいも恥じらいもなく、裸のままで大股に駆けてくる。
吐く炎の熱気も、逃げる俺の背中まで感じられるようになってきた。
もう、限界だった。
「うわっ!」
いままでそうならなかったのが不思議なくらいの勢いで、前へと思いっきりつんのめる。
地面に思いっきり身体を打ち付けて、ちょっとの間は動くこともできなかった。
その隙に、疾走する羅羽の足音はすぐ近くまで迫ってくる。
ようやくの思いで起きあがったとき、その姿は見上げた目の前にあった。
だが、そこにはもう、清らかな裸身はない。
口から吐き出される炎の揺らめきが、能役者の衣装のように羅羽の全身を包み込んでいた。
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