鬼になった義理の妹とふたりきりで甘々同居生活します!

兵藤晴佳

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退魔師のリベンジは再入浴している妹鬼の母が許しません

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 家に帰るなり、俺は羅羽をもとの風呂場に連れていった。
「もういっぺん入れ、風邪ひくぞ」
 だが、羅羽は俺をしげしげと見つめて言った。
「お兄ちゃんは?」
「後でいい」
 羅羽が風呂から上がるのを待ちながら、カップ麺でも食うつもりだった。
 すると、俺を見つめる羅羽は悪戯っぽく笑う。
「一緒に入ってもいいよ」
「バカ、何いってんだ」
 そこは兄貴面して、羅羽の上から頭をコツンとやる。
 羅羽は懲りた様子がない。
「だって、もう見られちゃったんだから、同じでしょ」
 俺は無言で、風呂場の引き戸を閉めた。
 その向こうから、妙に改まった囁き声が聞こえる。
「ねえ、私の話……聞いて」  
「ちょっとだけだぞ。さっさと風呂入って温まれ」
 引き戸を背にして廊下に座り込むと、羅羽はためらいがちに尋ねた。
「本当は、怒ってるよね……私の母のこと」
 確かに、親父を連れだしたのは羅羽の母親だ。
 だが、羅羽を責める気はなかった。
「いいや、親父がいい加減だから」
 何も考えずに、好きになった女と出て行ったとしても驚くには値しない。
 だが、羅羽は申し訳なさそうに言った。
「どっちかっていうと、母が真剣だったみたいで」
 あの甲斐性なしに本気で惚れるなど、どういう趣味をしているんだろうか。
 いや、もしかすると、超人的に人間のできた女性なのかもしれない。
「どんな人?」
 つい、聞かないではいられなかった。
 羅羽は母親について語りはじめる。
 最初は申し訳なさそうだったが、その口調は次第に熱を帯びていった。

 羅羽の母親、は文月篠夜さやという。
「父は……私が小さい頃に死んだの。退魔師に倒されて」
 咲耶の姿が頭に浮かんだ。羅羽から見れば、復讐の相手ともいえるはずだ。
 だが、俺の考えていることの察しがついたのか、羅羽は極めて冷静に付け加えた。
「父は、人間世界と行き来するのが仕事だったの。そういう鬼にはよくあることよ。だから、あの咲耶も恨んでない」
 何でも、そうやって人間世界のものを鬼の世界に持ち込む行商人のような鬼は多いらしい。
 そういう鬼たちだが、人間世界の中に入り込むと、適応は早いようだった。
 もっとも、外へ出るのは主に男だった。
「でも、鬼の世界は、鬼だけじゃ保てないの」
 鬼たちの女は子どもを産むことが少ない。
 男たちが人間との間に子を設けないと、滅びてしまうかもしれないのだった。
「ただし、相手のOK貰ってからね。力ずくはダメっていうのも掟。人間の男から女たちを奪う以上、相対《あいたい》でなくちゃいけないっていうのが鬼の誇りなんだ」
 そういうわけで、鬼だというだけで退魔師に殺されてしまうのも、お互い様ということになっているらしい。
 いきおい、人間との関わりは危険なことになる。 だから、女たちが外の世界に出ることは、男たちだけでなく本人たちにも好まれなかった。
「羅羽のお母さんは?」
 それまでとは打って変わって、風呂の湯の音と共に明るい声が返ってくる。
「母は特別。やりたいことはやりたいときにやりたいようにやる人だから」
 自由奔放で、鬼たちとのいさかいも多かったらしい。
 羅羽は更に調子よく、自分のことまで語りはじめた。
「私、鬼の世界って、つまんなかったんだ。人少ないからたいてい顔見知りだし、なんかみんなやる気ないのに文句ばっかり言ってるし、その割に偉そうだし。小さい頃から、いっぺん外に出てみたかったんだ。」
 それが叶ったのは、人間世界の暦でいえば、やっと去年のことだったという。
「すっごく、楽しかった。こんなこと、他の鬼に聞かれたらたいへんだけど、帰りたくないんだ、私」

 そこで、玄関のインターホンが鳴った。 
 慌てて廊下を駆けていくと、扉の向こうから俺を呼び捨てにする声がする。
「克衛……」 
 咲耶だった。
 家の中に招き入れると、元の普段着姿で、両手に買い物袋を提げていた。
「たまには、ボクが押しかけてもいいよね」
 当然のように言う。
 確かに、年賀状を見て行き来するのはお互い様だ。
 だが、たいへんにまずいことがあった。
「おい、羅羽が風呂から出たら……」
 さっきのような大立ち回りになってもおかしくない。
 咲耶は咲耶で、平然と答えた。
「ちょうどよかった。その前に」
 何をする気かと思えば、台所へと案内させて夕食を作りはじめる。
 余裕たっぷりだが、俺は気は気ではない。
「羅羽が風呂入ってなかったらどうする気だったんだ」
 別に、と事もなげな返事が帰ってくる。
「そういう関係になったんでしょ。克衛が何されることもないじゃない」
 人が聞いたら誤解を招きかねない。
「そういう関係ってお前」
 すると咲耶の声は、急に沈んだ。
「ひどいよ、先に告白させといて」
 それを言われると、俺はひと言もない。
「すまん」
 そんな返事しかできなかった。

 そこで出されたのは、「じゃがピー」だった。
 細切りにしたジャガイモとピーマンを炒めただけの料理だ。
 だが、咲耶は自信たっぷりだった。
「大好物だろ? 練習したんだ、いつか作ってやろうと思って」
 そんな気負いが、妙におかしい。
「こんな、切って炒めるだけのもん」
 そう言いながらも、箸でつまんで口に運ぶ。
 咲耶が俺の顔をしげしげと眺めて尋ねた。
「どう?」
「あ……」
 ちょっと苦いが、箸が止まらない。
 黙って箸を進める俺に、咲耶は笑ってみせる。
「返事は、あとでいいから」
 どっちの返事だろうか?
 じゃがピーか、それとも告白か。
 答えるに答えられないでいると、風呂場への引き戸がガラガラと音を立てた。
 パジャマに着替えた羅羽が、戻ってきたのだった。

 怒りで声を震わせながら、羅羽は顔を伏せて尋ねる。
「何で? 何でこの女が?」
 咲耶は悠然と答えた。
「心配しないで。克衛が無事なら、キミにも手出しはしない」
 だが、羅羽の怒りが向けられていたのは、別のことだった。
「私が……作ろうと思ってたのに!」
 夕食のことだった。
「いや、お前先に自分だけで食ってたろ」
 そうツッコんだのは、別に怒ったわけでもからかったわけでもない。
 俺としては、張りつめたこの場の雰囲気を和らげようとしたかっただけだ。
 だが、羅羽には通じなかった。
「お兄ちゃんまで!」
 再び、鋭い爪が伸びる。
 咲耶はというと、懐から一枚の紙を取り出す。
「杖がなくても……これで」
 その紙は、しなやかな指の先で右へ左へと滑るだけで、鳥の形になる。
 投げれば夜闇の中に消えて、神主装束の咲耶を招き寄せた、あの白い鳥だ。
 羅羽は、それが何だか知っていた。
「八尋白千鳥《やひろのしろちどり》……式神なんか使ったら、お兄ちゃんだって無事じゃ済まないわ」
 一触即発の雰囲気だった。 
 それを何とかしようとして、俺は無駄な努力を試みる。
「俺、メシ食ってんだけど……」
 その軽口を、咲耶は聞き流す。
「大丈夫、瞬きする間に終わるから」
 もう、はっきり言うしかなかった。
「っていうか、ケンカやめろケンカ!」
 俺は立ち上がってテーブルを叩く。
 そのときだった。
 対峙する鬼娘と少女退魔師の間に、割って入った者があった。

 そこには、妙に色っぽく成熟した女性の姿があった。
 だが、向こうの壁が透けて見えるから、実体はないのが分かる。
 ホログラムのような幻だった。
「あっち行ってなさい、羅羽」
「お母様……」
 それ以上は何も言わず、羅羽は台所を出ていく。
 そのやりとりで、現れたのが誰だか分かった。
 文月篠夜は、俺に軽く会釈すると、咲耶に深々と頭を下げた。
「克衛さんとお話したいことがあります。今日のところはどうか、お引き取りを」
 咲耶は、驚いた様子もない。
「遠いところからようこそ。その姿でここでいらっしゃるということは、使える力には限界があるはず。長くはいられないでしょうから、お邪魔はいたしません」
 ひと息にそう挨拶すると、俺や羅羽のほうを振り返りもしないで出ていく。
 テーブルの上には、丁寧にラッピングされた袋が残されていた。

 その場に残された俺に、篠夜さんは改めて頭を下げた。
「この度は、まことに申し訳ありませんでした。本当にお父様を愛しているのです。お許しください」
 いささか早口なのは、咲耶の言ったとおり、時間がないからなのだろう。
 それでも、分かったことがある。
 羅羽によれば、篠夜さんが親父を連れだしたらしいが、いい加減な人ではない。
 やはり、問題は親父のほうだ。
 だから、限られた時間の中で俺が聞きたいのは、別のことだった。
「母さんは……母さんは、どうしていますか? その、鬼の世界で」
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