鬼になった義理の妹とふたりきりで甘々同居生活します!

兵藤晴佳

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美しい義母が最後の力を振り絞って、秘められた過去を語ってくれます

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 蝉の声が聞こえてきて、俺の目の前には、昼下がりの神社の空き地が戻ってきた。
 鵺笛たちが現れる時に張った結界が解けたのだ。
 あの無音の状態とは違う、心の安らぐ静けさだった。
 突然聞こえた悲鳴に、その静けさが破られる。
 慌てて辺りを見渡すと、あのヤンキーどもが女の子をしんがりにして逃げていくところだった。
 咲耶がつぶやく。
「……しっかり、顔、覚えられちゃったね。僕たち」
 俺は、安堵の息と共に答えた。
「いいよ、これで、道で会っても絡まれない」
 羅羽は、ため息交じりに言った。
「結界、張るね」
 実際、結界は必要だった。
 篠夜さんの幻影が消える瞬間だけは、人前から隠さなくてはならない。
 だが、そのときはなかなかやってこなかった。
 篠夜さんが、静かに語りはじめたことがあったのだ。

「傷つけないために羅羽に教えていなかったことがあるの……どうして、影の戸籍を使って人間の世界に暮らしていたか」
 影の戸籍とは、鬼たちが人の世界で生きていくため、社会制度の緩い大昔に作ったものだ。
 それが、今でも引き継がれているのだった。
 羅羽は、さらっと答える。
「鬼の世界が嫌だったからじゃないの?」
「鬼の世界が嫌なんじゃなくて、掟のための掟が嫌なの」
 そう言って篠夜さんが微笑むと、羅羽は憎々しげに吐き捨てた。
「その理屈は、鵺笛と同じ。あいつの言ってることで分かるのは、それだけ」
 娘の言葉に、篠夜さんは深刻な顔をした。
「私も、克衛さんを追う使命を与えられていたの。掟のために」
「どうして、俺は追われなくちゃいけないんですか?」
 俺の問いに篠夜さんは、ひと言で答える。
「原因は、私の夫です」
「……あのクソ親父」
 俺が呻くと、篠夜さんは慌ててフォローに入った。
「お父様を責めないでください。罪もない娘を救ったことが原因なのです」
 そこで思い当たった場所がある。
「ひょっとして、あの神社?」
 篠夜さんは頷いた。
「田舎の陋習に耐え切れず、外へ出たがっていた凪さんは、家に縛り付けられるために、鬼に捧げられたのです」
 そこで、羅羽が口を挟む。
「つまり、嫁の来手がない近所の男に差しだして、有無を言わせず結婚させようとしたわけね」
 歯に衣着せぬ言い方を、篠夜さんが取り繕った。
「ところが、凪さんの美しさに目をつけた鬼が、神社に結界を張って、夜になるのを待っていたのです」
 
 そこで、咲耶の独り言がぼそりと聞こえた。
「ボクの先祖たちは、そういう鬼たちがいることを知っていて、紅葉狩を封じ、退魔の技を磨いたんだね」
「まさか、親父が、その鬼から?」
 信じがたい話だったが、篠夜さんは口ごもりながら答えてくれた。
「夜になる前に、その……」
 自慢にも何にもならない、とぼやいたところで、篠夜さんは親父をかばう。
「いいえ。流れ者だった佐治さんは、一晩過ごそうと忍び込んだ神社で泣いている凪さんを見つけました。そこで……」
 また言葉を濁したしたところで、羅羽が混ぜっ返す。
「しちゃったわけね、勢いで」
 さすがに篠夜さんは、言葉を継いだ。
「佐治さんは凪さんを連れて、夜中のうちに逃げ出そうとしましたが、両親に恥はかかせられないと、凪さんは断ったのです。そこで佐治さんは、凪さんの婿になると約束しました」
 田舎だからな、とツッコんだ咲耶は置いておいて、俺は肝心な問題に話を進めた。
「で、俺にはなんで、鬼の世界との出入り口を破壊する力なんてのがあるんだ?」
 篠夜さんは、居住まいを正して語りはじめる。
「鬼は佐治さんが凪さんと情を通じようとするとすぐ、女を奪い返しに行きました。ところが、驚いて逃げると思っていた佐治さんは平然と……」
 恥ずかしくて聞いていられない俺を気遣ったのか、篠夜さんは話を端折った。
「鬼も、誰かを殺してまで女をさらったりはしません。そんなことをしていたら、人間の世界で暮らしにくくなるからです」

 羅羽が、真面目な顔をして尋ねた。
「それも掟?」
「そう。本来、鬼の掟というのは、鬼の世界を守るためにあるの」
 微笑む母親に、羅羽は肩をすくめて冷ややかに言った。
「それも鵺笛の言ってたとおりね」
 咲耶は首を傾げて、話を本題に戻した。
「でも、結界の張られた神社に、克衛のお父さんが入れたのはどうして?」
 篠夜さんは、俺の目を見ながら答える。
「鬼を恐れぬ強い心の持ち主だけに、それができるのだとか」
 ただ単に図太いだけだろうと思ったが、咲耶は大真面目に聞いた。
「つまり、そのお父さんの血を引いているから?」
 篠夜さんも、大真面目に答える。
「同じ心を持った人は、他にもいるでしょう。それは、克衛さんがその力を持つきっかけにすぎません」
 羅羽は怪訝そうに、また口を挟んだ。
「克衛のお母さんは、もう鬼になっちゃったって言ってたけど」
 篠夜さんは重々しい声で、鬼の秘密を語った。
「鬼が子を成そうとするとき、その相手は結界の中にいる間に、鬼の子に伝えるべき秘力を授かるのです」
 羅羽が納得したように頷く。
「扉を通る力だ……でも、親父さんの血が入って、その力が中途半端に伝わっちゃった?」
 咲耶が、それを打ち消した。
「いや、真逆の力……出入り口を破壊する力になって伝わったんだ。だから鬼たちは、あの辺りの子どもを見張ってたんだよ」
 一気にまくし立てたところで、篠夜さんは小さくなる。
「私も、そのひとりでした」
 羅羽は目を見開いて驚いた。
「お母さん、私にそんなこと、全然……」 
 篠夜はうつむいて、苦しげに言った。
「子どもを殺すために、人の世界で暮らしているなんて言えるわけがないわ」

 俺はさすがに、事情を口にしないではいられなかった。
「親父が俺を連れて、家を出たからだ」
 篠夜さんは真剣な目をして、俺たちに語った。
「そのために、凪さんは鬼の世界へ来たのです。鬼の怒りを鎮め、克衛さんの行方をくらませるために」
 咲耶はふと、疑問を口にする。
「ということは、克衛の母親に鬼の怒りを伝えた者がいるはず」
 間髪入れずに、篠夜さんは答えた。
「凪さんを手に入れ損なった鬼……それが、あの鵺笛の父親です」
 羅羽は、うんざりしたように声を上げる。
「だから、あいつ、子どもの頃から私に……」
 篠夜さんは、真面目な顔をして答えた。
「子ども心にも、羅羽を通じて、私が探している克衛さんの情報を知りたかったんでしょうね」
 そこで、俺は口を挟んだ。
「鵺笛は、俺にそんなこと、ひと言も……」
 篠夜さんの答えは簡単だった。
「誇り高い鬼です。」自分からは、決して言わないでしょう」
 それでも、羅羽は歯を剝いて怒る。
「私の父さんを殺した退魔師が憎いなんて言いながら……」
 今度は、咲耶が目をそらした。
 羅羽は慌てて言い繕う。
「あ、恨んでないから。そういうことになってる、母さんと」
 ですからお気遣いなく、と篠夜さんは深々と頭を下げた。

 それた話を、俺はまた軌道修正する。
「で、俺を見つけたわけですね?」
 篠夜さんは、懐かしそうに語りはじめた。
「凪さんから、よく話を聞いていましたから。最初は情報集めに近づいたんですが、気さくな方で、佐治さんと、克衛さんのことを楽しそうに話していました」
 羅羽が面白半分に、また話を混ぜっ返す。
「で、どうだったの? 佐治さんとは」
 篠夜さんは思い入れを込めて、その経緯を聞かせてくれた。
「最初は、後妻に入るのも、克衛さんに近づくための手段にすぎませんでした。でも、本当に佐治さんは、母親を失った克衛さんのことを考えて私と……」
 つらい話になりそうなのを、羅羽は察してくれたらしい。
「だから、佐治さんと逃げたんだね。一緒に住んだら、お兄ちゃんを殺さなくちゃいけない。殺せなかったら、他の鬼が来る」
 篠夜さんは、娘に切々と思いを打ち明けた。
「ごめんね、足手まといだからじゃないの。鬼に見つからないように静かに暮らして、万が一のときは、守ってほしかったから」
 俺にも、思い当たったことがあった。
「すみません……俺が、咲耶の言う通り、家に帰らないでいれば」 
 風呂上がりの羅羽の生まれたままの姿を見ることはなく、羅羽も鬼の力を振るって咲耶と闘うことはなく、それを鬼たちに気付かれることもなかったのだ。
 俺が頭を下げようとすると、羅羽は不機嫌そうな声を立てて咲耶を睨んだ。
「私、そんなこと聞いてないんだけど」
「さて、何のことでしょう」
 咲耶が知らん顔をすると、篠夜さんは笑った。
「よかった……仲良くしてくれて」
 だが、その息があまりにも苦しげなのに、俺は気付いた。
「篠夜さん?」
 そこで、俺の義理の母になる、美しい女性の姿は消えた。
 羅羽も慌てて結界を解いたらしく、ヒグラシの声が聞こえてきた。
 
 そこで、高らかに鳴ったのは、俺のスマホだ。
 画面を見ると、「クソ親父」という表示があった。
 空き地に散らばっているストラップを気にする間もなく、俺は電話に出る。
 その向こうの親父は、すっかりうろたえていた。
「克衛! 母さんが……いや、じゃなくて」
「篠夜さんがどうした?」
 俺が後妻の名前を知っているのに驚いたのか、親父は一瞬だけ沈黙した。
 それで、少し落ち着いたらしい。
「ああ、羅羽ちゃんから聞いたのか……替わってくれ」
 電話に出た羅羽は、すぐにスマホを切った。
 努めて落ち着いた声で、報告する。
「お母さんが……入院した」
 過去の秘密を語ることで、限界まで力を使い果たしたのだ。
 俺は神社の裏道へと駆け出そうとする。
「すぐ見舞いに」
「来なくていいって……母さんが」
 羅羽が力なく止めるのを、俺は叱り飛ばす。
「何言ってんだ!」
 そこで割って入ったのは、咲耶だった。
「篠夜さんの本体まで、鬼に襲わせるつもりか?」
 そう言い捨てるなり、夕暮れの近づく夏の空気の中へ、溶けるように姿を消す。
 もっともな話だった。
 俺たちの居場所を隠そうとしてくれた人を、むざむざ危険に晒すようなことはできない。
「お兄ちゃん……」
 俺の胸にすがりついて、羅羽はむせび泣く。
 してやれることは、ただ、震える背中を抱きしめてやることだけだった。
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