鬼になった義理の妹とふたりきりで甘々同居生活します!

兵藤晴佳

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人知れず変わってしまった世界の片隅で、人も鬼もささやかな幸せを紡ぎます

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 11月も半ば頃になると、朝の空気はすっかり冷え切っている。
 だが、俺にはそんな季節の清々しさを楽しんでいる余裕などなかった。
 家から駆け出そうというのに、まだブレザーの袖には腕を通していない。
 靴をつっかけながら、どたばたと玄関を出る。
「起こしてくれよ、目、覚ましてたんならさ」
 急いでいるのなら放っておけばいいのに、家の中に声をかけないではいられない。
 後ろから聞こえてくるのは、ひそやかではあるが、小忙しい足音だ。
 道端に出てから、改めて振り向いて見るまでもない。
 すぐに俺の隣に駆け寄ってきたのは、セーラー服姿の羅羽だった。
「寝かしてくれなかったのはお兄ちゃんじゃない」
 耳元で囁くのを、あちこち見渡しながらたしなめる。
 田舎ほどではないが、隣近所に噂話が広がるのは早い。
「人聞きの悪いことを」
 両親がいない、義理の兄弟の二人暮らしだということはもう、知れ渡っている。
 このうえ、あらぬ噂を立てられたくはない。 
 だが、羅羽はまったく気にしてはいないようだった。
「別にいいじゃない、逆に見せつけちゃえば」
 絡みついてくる腕を、慌てて引き抜く。
 不満げな羅羽には知らん顔して、隣近所にどうにか聞こえる程度の声で答えた。
「夜中に電話あったからだろ、オヤジたち帰ってくるって」
 これも隣近所に聞こえるとまずいと思って、慌てて出たのだ。
 オヤジが出て言ってからいっぺんもかかってきたことのない、固定電話に。
 わざとらしく目をこすりながら、羅羽は文句を言った。
「だからって私起こさなくても」
 あの戦いが終わってから、羅羽はもう、俺のベッドに忍び込んでは来ない。
 居間の畳の上に布団を敷いて、ひとりで寝ている。
 俺の部屋を明け渡すと言っても、面倒だからいらないと言うのだった。
 その理由に察しはついているが、それにはあえて触れない。
「凪さんに知らん顔は」
 電話には、凪さんも出ていた。 
 体調もすっかり回復して、退院することになったのだ。
 それを聞いて、いちばん喜んだのは娘の羅羽だ。
 もっとも、素直には顔に出さない。
「もしかして、母さんのこと……?」
 疑わしげな眼で見るのには、俺にしてみれば理不尽な理由がある。
 結界の中で、俺が年上の女性に裸身で絡みつかれたことを根に持っているからだ。
 それで金縛りにかかったわけだから、やましいと言えば言えなくもない。
 そういえば、羅羽は俺の心が読めるのだった。
「何言ってんだ」
 自分でも言い訳がましいと思ったとき、はたと気付いたことがあった。
 羅羽が俺の心を読んだのか、先回りして咎める。
「カギは?」
 親父と凪さんが今朝早くに帰ってくるというので、預けるつもりで待っていたのだ。
 慌てて、家の中へと駆け戻る。
 そういえば、台所のテーブルに置いたままだった。
 ゆうべ、思わぬ夜食を取ったために、すっかり忘れていたのだ。
 その、家のカギを手に取ったときだった。
「お兄ちゃん!」 
 羅羽の悲鳴に、俺は家を飛び出す。

 帽子を目深にかぶった宅配屋がひとり、羅羽の前に立ちはだかっていた。
 だが、その顔には、はっきりと見えるものがある。
 俺が紅葉狩でつけた、刀傷だ。
 胸元の名札には、「鵺野笛彦」と書いてある。
 羅羽は皮肉たっぷりに言った。
「久しぶりね……よかったじゃない、就職できて」
 陰の戸籍で人間として暮らしはじめたらしい鵺笛は、相変わらずの偉そうな口調で申し出る。
「急ぐなら、送ってやろう」
「悪い、じゃあ」
 そう答えたのは、俺の方だ。
 トラックの助手席側のドアを開けようとしたところで、釘を刺された。
「羅羽だけだ。人間にかける情けはない」
 鵺笛と同じくらい不愛想に、羅羽は断った。
「もういいでしょ、鬼とか人間とか」
 その返事は、割と素直だった。
「確かに、掟は意味がなくなった。守るべき鬼の世界との行き来は、もうないのだから」
 相変わらずの、勿体ぶった物言いだった。
 だが、どこかに寂しさが感じられる。
 羅羽もそれを感じたのか、ちょっと口ごもった。
 そこで、鵺笛は手を差し出す。
「だから、自分の掟を持たねばならん」
 ただし、俺は無視された。
 羅羽もまた、鵺笛を無視して歩きだす。
「お兄ちゃんと一緒でなくちゃ、乗らない」
 返ってきたのは、理屈っぽい答えだった。
「人間の世界に取り残された鬼が、互いに助け合うのは当然だ。だが、人間は鬼ではない」
 
 そこへやってきたのは、ネクタイ付きのブラウスに、小洒落たジャケットを羽織って現れた女子高生だった。
 ボブカットの前髪のかかる眼を光らせて鵺笛を睨みつけると、低い声で脅しつける。
「何をしに……」
「おぬしこそ、何を?」
 やましいことなどないとばかりに、鵺笛は余裕たっぷりに尋ね返す。
 咲耶は、俺のほうを見つめながら答えた。
「幼馴染だからね、一応」
 睨み合いでないだけに、割って入るのも気が楽だった。
「もう、戦う理由はないんだろ?」
 すっきりとした顔で、咲耶は答えた。
「やってくる鬼はいなくなったし、その鬼に女が捧げられることはなくなった。ときどき、神社は見張ってるけどね。不心得な連中が言い伝えを利用しないか、統領たちが」
 退魔師の掟もなくなったということだ。
 俺を守る必要がなくなった咲耶は今、勉強するために、例の名門私立に通っている。
 そこで、羅羽が茶々を入れた。
「素直になったら? なんか鵺笛とフラグ立ってたっぽいけど」
 最後の戦いで、鵺笛と咲耶は互角に渡り合っている。 
 なおかつ、お互いの危険を、身を挺して防いだりもしていた。
「そんなことはない!」
 鵺笛と咲耶は、同時に羅羽を睨みつけた。
「退魔師どもは今でも、残された鬼たちを人知れず見張っておる。この女も……」
 鵺笛が憎々しげにまくしたてると、咲耶も負けじと言い募る。 
「今だって、ボクは克衛を……」
 すると羅羽は、俺の目の前に立ちはだかった。
 その爪は長く伸びて、鋼の色を見せている。
 咲耶も髪に手をやると、隠されていた髪留めを引き抜いて身構えた。
 それぞれが、口を揃えてつぶやく。
「今日こそ、はっきりと」
 うろたえたのは、男ふたりだ。
「止めろ、お前」
「おぬしこそ」
 俺はわざとらしく、スマホを見た。
 もう、ストラップはついていない。
 さも慌てているかのように、騒ぎ立てた。 
「しまった! 遅刻する!」
 そこで羅羽は甲高い声を上げた。
「思い出した! 何よあのホールケーキ!」
「去年のクリスマスの分」
 しれっと答える咲耶に、羅羽は食ってかかる。
「あんな時間にあれ全部食べるの、大変だったんだからね!」
「今日まで残しといたって痛まないんじゃないかな」
 そのひと言は、俺も聞き捨てならなかった。
「何だよ、今日中に食べないと金縛りって!」
「信じたんだ、アレ」
 さすがに名門私立で遅刻は大問題なのか、咲耶は退魔師の術で姿を消す。
 鵺笛も生活があるのか、トラックを走らせて行ってしまった。
 俺は、いそいそと家にカギをかける。
「先に行けよ、羅羽」

 急かしても、羅羽は動かなかった。
「ダメ……何か、近づいている」
 つぶやくなり、高々と跳躍して俺の傍らに立つ。
 代わりに、ボロボロの車がクラクションを鳴らして家の前へと滑り込んできた。
 羅羽が囁く。
「鬼の気配……」
 だが、紅葉狩を抜こうにも、咲耶はいない。
 車のドアを開けて下りてきたのは、男と女、ひとりずつだった。
「さっさと乗れ、克衛!」
 鵺笛とはまた違う、偉そうな口調で男が言う。
「親父?」
 乗ってきたのは、安いレンタカーらしい。
 その後ろから顔を出した美しい女の人が、俺に頭を下げた。
「母さん!」
 駆け寄る羅羽を、篠夜さんは固く抱きしめる。

 4人で乗るボロ車は、世間並みに遅刻の危機を抱えた、俺たちの通う学校を巡ることになった。
 運転席の親父は、家を空けた詫びも言わずに、俺に指図する。
「母さんに、家のカギを」
 渡されたカギを、凪さんは申し訳なさそうに受け取る。
 運転中の親父は、遠い目をして言った。
「合鍵を作ったことはないが、俺も克衛もそれで充分だった。もともと、田舎で暮らしていたせいかな」
 そこで、俺は口を挟んだ
「それは……」
 一緒に暮らしていた母さん……越井凪について触れなければならなくなる。
 後妻の篠夜さんには、よくない話だ。
 だが、俺への返事は穏やかなものだった。
「知っていますよ、何もかも」
 それがどこまでかは、敢えて聞くつもりはない。
 俺の部屋に入ってくることがなくなった羅羽も、ただ、目を合わせてきて頷いただけだった。
 いずれ、篠夜さんも知ることになるだろう。
 その片隅にある机の上には、夏休みが終わる頃から母さん写真が立ててあることの意味を。 
 そこで親父が、口を挟む。
「見ろ、あれを」
 昔鳥神社の辺りに来たときだった。
 その参道は、冷たく澄んだ空の下に映えて燃え上がりそうな紅葉の間に、くっきりと浮かび上がっていた。

  彦星のゆきあひを待つかささぎの門わたる橋を我にかさなむ

 俺がつぶやいた菅原道真の和歌の意味に気付いたのか、羅羽は俺の腕を引き寄せると、静かにもたれかかった。
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