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第一話 清らかで穢れなき女性の葬儀
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ぽつぽつと雨が降り始めました。
空が彼女の死を悼んでいるのでしょうか。
彼女――私の母方の従妹メリルと名乗っていた女性は人殺しだったのに。
彼女は私の子どもを殺したのです。
生まれてくる前の子どもでした。
私のお腹にいて、まだ存在すら気づかれていない子どもでした。
彼女は妊婦に害をもたらす香草のお茶を私に飲ませて、子どもを殺したのです。
夫には、そのお茶が妊婦に悪いことを知らなかった私が悪いのだと罵られました。
彼女との仲を改善するために訪れたお茶会で、このお茶は飲みたくないなどと言えたのでしょうか。
いいえ、妊娠の可能性を考えて、自衛をしていなかった私が悪かったのは事実です。
香草の特徴のある香りを確認していれば、上手く言葉を選んで彼女の悪意をはね除けられたかもしれませんもの。
夫は彼女を愛していました。もともと、私が彼女の従姉だと思っていたから求婚してきたのです。
今日の葬儀は密葬です。
参列しているのは男爵家の家族と使用人、それから嫁いだ娘とその夫のみ。
彼女の専属で、私に笑顔で香草茶を勧めていた侍女は色が抜けて真っ白になった顔で震えています。
私の隣に立つ夫は俯いていて、雨で暗いこともあって表情がわかりません。
泣いているのでしょうか。泣いているのを隠しているのでしょうか。
夫は私と結婚していて、彼女は私の元婚約者と結婚していました。本心を露わにして嘆き悲しむことなどできないのです。
それとも怒りを堪えているのでしょうか。
子どもを喪ったのは彼女に飲まされていたお茶のせいだったと告げても、夫が責めるのは私だけでした。同い年とはいえ彼女より半年早く生まれたのだから、私がきちんと考えて注意をしてあげるべきだったと言われたのです。
もしかしたら夫は、私が彼女を殺したのだと思っているのかもしれません。
――俺のメリルを返せ、テネシティ!
そう叫んで彼女を刺し殺した男は、私が雇ったのだと考えているのかもしれません。
あれは王都大広場の屋外喫茶店でのことでした。
私が嫌な思い出しかない実家の男爵邸ではなく、他人も通りかかる外で彼女と会ったのは復讐のためだった、そう思っているのかもしれません。
でも私は、彼女に復讐しても許されるのではないでしょうか。
だって彼女は泥棒でした。
私から元婚約者を奪ったのです。いいえ、父の愛さえ奪われました。母が亡くなった翌年、学園入学の年に現れた同い年で半年違いの従妹と称した彼女は、私からすべてを奪い取ったのです。
可愛げのない私が悪かったのでしょうか。
母を亡くして落ち込んでいる父に少しでも楽をしてもらいたいと、男爵家の跡取りとしての仕事にばかり夢中になっていた私がいけなかったのでしょうか。
婚約者に贈られた装飾品を大切にしまい込んでいた私が駄目だったのでしょうか。彼女のように侍女に渡してお金に換えていれば良かったのかもしれませんね。
彼女の夫になった元婚約者と正式な養女にした父は、私達夫婦から離れたところに立っています。
彼女の棺の近くです。
伯爵である夫の元へ嫁いで他家の人間となった私と違い、彼女とともに暮らしていた家族なのですから当然でしょう。
ふたりは夫と同じように俯いています。
頬が濡れているのは涙でしょうか、雨の雫でしょうか。
私が死ねば良かったのにと思っているのかもしれません。
葬儀がおこなわれているのは王都の神殿です。
理由あって男爵邸ではありません。
彼女の棺は神殿の霊廟に納められますが、男爵領へ運ばれるかどうかはわかりません。
人殺しの泥棒を、葬儀を執行している大神官様が清らかで穢れなき女性と褒め称えます。
葬儀のときの祈りの定例文なのです。
けれど、きっと夫や元婚約者、父にとってはそうなのでしょう。
葬儀の区切りがついたとき、儀式をおこなっていた神殿の庭に神官が入ってきました。
大神官様に近づいて、耳元でなにかを囁きます。
溜息を漏らして、大神官様が参列者の私達に告げました。
「……あの船乗りの青年が言った通り、こちらの棺に眠る女性はメリル嬢ではありませんでした。彼は何年も前の黒焦げのご遺体では身元証明ができないと言われて彼女を殺すしかないと思い詰めたようですが、技術は日進月歩で進化しています。五年前の下町の顔役一家惨殺放火事件でお亡くなりになったご夫婦の娘テネシティさんは棺の女性で、一緒に殺されていた女性こそがメリル嬢でした」
そうおっしゃって、大神官様は私に視線を向けられました。
進化した魔道技術によって、わずかな血や肉片に宿る魔力から血縁関係が明らかにできるようになりました。
メリルは、本物のメリルは私の母方の従妹でした。父とは血のつながりはありません。ですので私が確認のための血液を提供したのです。
「なにが起こったのかまではわかりません。当時のテネシティさんはご両親と仲が悪く、毎日のように喧嘩をしていたと聞きますけれど、一家惨殺放火事件の犯人だったかどうかまでは確認しようがありません。ただ、おそらく自分の進退を顔役に相談をしに来たであろう本物のメリル嬢のご遺体から貴族家の紋章入りの腕輪を奪ったこと、それからずっとメリル嬢に成り済ましていたことは間違いありません。……どちらも罪です」
本物のメリルにはもう身寄りがいませんでした。
ニセモノがニセモノだと証明しようにも、時間が経てば女性の顔は変わります。
おまけに彼女は男爵家の跡取りになっていたのです。メリルではないとわかる下町の人間がいても、恋人でもない限り関わりたくないと思うのではないでしょうか。少なくともニセモノを刺した男性はそう考えたのです。
彼は本物のメリルの恋人でした。
実父を喪い、実母が新しい恋人と姿をくらました後、下町で母方の祖母に育てられていたメリルの幼馴染でした。
祖母を亡くしたメリルに求婚したものの、契約があったので旅立たなくてはいけなかった船乗りでした。メリルは祖母と一緒にお針子の仕事をしていたし、父親の形見についても頼りになる下町の顔役に相談したら大丈夫だろうと考えていたのです。
そのときの航海は数ヶ月だったのですが、戻ってきた彼は顔役の家が焼けたこととメリルが男爵家へ引き取られたことを聞いて、恋人の選択を尊重して身を引いたのだそうです。
ええ、想像できるはずがありません。
愛しい恋人が殺されて、べつのだれかがメリルを名乗っているなんて――
空が彼女の死を悼んでいるのでしょうか。
彼女――私の母方の従妹メリルと名乗っていた女性は人殺しだったのに。
彼女は私の子どもを殺したのです。
生まれてくる前の子どもでした。
私のお腹にいて、まだ存在すら気づかれていない子どもでした。
彼女は妊婦に害をもたらす香草のお茶を私に飲ませて、子どもを殺したのです。
夫には、そのお茶が妊婦に悪いことを知らなかった私が悪いのだと罵られました。
彼女との仲を改善するために訪れたお茶会で、このお茶は飲みたくないなどと言えたのでしょうか。
いいえ、妊娠の可能性を考えて、自衛をしていなかった私が悪かったのは事実です。
香草の特徴のある香りを確認していれば、上手く言葉を選んで彼女の悪意をはね除けられたかもしれませんもの。
夫は彼女を愛していました。もともと、私が彼女の従姉だと思っていたから求婚してきたのです。
今日の葬儀は密葬です。
参列しているのは男爵家の家族と使用人、それから嫁いだ娘とその夫のみ。
彼女の専属で、私に笑顔で香草茶を勧めていた侍女は色が抜けて真っ白になった顔で震えています。
私の隣に立つ夫は俯いていて、雨で暗いこともあって表情がわかりません。
泣いているのでしょうか。泣いているのを隠しているのでしょうか。
夫は私と結婚していて、彼女は私の元婚約者と結婚していました。本心を露わにして嘆き悲しむことなどできないのです。
それとも怒りを堪えているのでしょうか。
子どもを喪ったのは彼女に飲まされていたお茶のせいだったと告げても、夫が責めるのは私だけでした。同い年とはいえ彼女より半年早く生まれたのだから、私がきちんと考えて注意をしてあげるべきだったと言われたのです。
もしかしたら夫は、私が彼女を殺したのだと思っているのかもしれません。
――俺のメリルを返せ、テネシティ!
そう叫んで彼女を刺し殺した男は、私が雇ったのだと考えているのかもしれません。
あれは王都大広場の屋外喫茶店でのことでした。
私が嫌な思い出しかない実家の男爵邸ではなく、他人も通りかかる外で彼女と会ったのは復讐のためだった、そう思っているのかもしれません。
でも私は、彼女に復讐しても許されるのではないでしょうか。
だって彼女は泥棒でした。
私から元婚約者を奪ったのです。いいえ、父の愛さえ奪われました。母が亡くなった翌年、学園入学の年に現れた同い年で半年違いの従妹と称した彼女は、私からすべてを奪い取ったのです。
可愛げのない私が悪かったのでしょうか。
母を亡くして落ち込んでいる父に少しでも楽をしてもらいたいと、男爵家の跡取りとしての仕事にばかり夢中になっていた私がいけなかったのでしょうか。
婚約者に贈られた装飾品を大切にしまい込んでいた私が駄目だったのでしょうか。彼女のように侍女に渡してお金に換えていれば良かったのかもしれませんね。
彼女の夫になった元婚約者と正式な養女にした父は、私達夫婦から離れたところに立っています。
彼女の棺の近くです。
伯爵である夫の元へ嫁いで他家の人間となった私と違い、彼女とともに暮らしていた家族なのですから当然でしょう。
ふたりは夫と同じように俯いています。
頬が濡れているのは涙でしょうか、雨の雫でしょうか。
私が死ねば良かったのにと思っているのかもしれません。
葬儀がおこなわれているのは王都の神殿です。
理由あって男爵邸ではありません。
彼女の棺は神殿の霊廟に納められますが、男爵領へ運ばれるかどうかはわかりません。
人殺しの泥棒を、葬儀を執行している大神官様が清らかで穢れなき女性と褒め称えます。
葬儀のときの祈りの定例文なのです。
けれど、きっと夫や元婚約者、父にとってはそうなのでしょう。
葬儀の区切りがついたとき、儀式をおこなっていた神殿の庭に神官が入ってきました。
大神官様に近づいて、耳元でなにかを囁きます。
溜息を漏らして、大神官様が参列者の私達に告げました。
「……あの船乗りの青年が言った通り、こちらの棺に眠る女性はメリル嬢ではありませんでした。彼は何年も前の黒焦げのご遺体では身元証明ができないと言われて彼女を殺すしかないと思い詰めたようですが、技術は日進月歩で進化しています。五年前の下町の顔役一家惨殺放火事件でお亡くなりになったご夫婦の娘テネシティさんは棺の女性で、一緒に殺されていた女性こそがメリル嬢でした」
そうおっしゃって、大神官様は私に視線を向けられました。
進化した魔道技術によって、わずかな血や肉片に宿る魔力から血縁関係が明らかにできるようになりました。
メリルは、本物のメリルは私の母方の従妹でした。父とは血のつながりはありません。ですので私が確認のための血液を提供したのです。
「なにが起こったのかまではわかりません。当時のテネシティさんはご両親と仲が悪く、毎日のように喧嘩をしていたと聞きますけれど、一家惨殺放火事件の犯人だったかどうかまでは確認しようがありません。ただ、おそらく自分の進退を顔役に相談をしに来たであろう本物のメリル嬢のご遺体から貴族家の紋章入りの腕輪を奪ったこと、それからずっとメリル嬢に成り済ましていたことは間違いありません。……どちらも罪です」
本物のメリルにはもう身寄りがいませんでした。
ニセモノがニセモノだと証明しようにも、時間が経てば女性の顔は変わります。
おまけに彼女は男爵家の跡取りになっていたのです。メリルではないとわかる下町の人間がいても、恋人でもない限り関わりたくないと思うのではないでしょうか。少なくともニセモノを刺した男性はそう考えたのです。
彼は本物のメリルの恋人でした。
実父を喪い、実母が新しい恋人と姿をくらました後、下町で母方の祖母に育てられていたメリルの幼馴染でした。
祖母を亡くしたメリルに求婚したものの、契約があったので旅立たなくてはいけなかった船乗りでした。メリルは祖母と一緒にお針子の仕事をしていたし、父親の形見についても頼りになる下町の顔役に相談したら大丈夫だろうと考えていたのです。
そのときの航海は数ヶ月だったのですが、戻ってきた彼は顔役の家が焼けたこととメリルが男爵家へ引き取られたことを聞いて、恋人の選択を尊重して身を引いたのだそうです。
ええ、想像できるはずがありません。
愛しい恋人が殺されて、べつのだれかがメリルを名乗っているなんて――
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