もしも願いが叶うなら

豆狸

文字の大きさ
3 / 5

第三話 そうして終わりになりました。

しおりを挟む
 伯爵だった夫と離縁し、生家の男爵家から絶縁して、私は神殿で暮らしています。
 いくら慈愛に満ちた女神様の神殿でも、いつまでも無駄飯食らいを養ってはくれません。
 私は従妹メリルのニセモノにすべてを奪われましたが、不幸な女性はこの世にたくさんいるのです。まだ五体満足なだけ私はマシなほうなのです。悲しいことですけれどね。

 私は仕事をしています。
 もう少し稼げるようになったなら、神殿にお礼をしてひとり暮らしを始めるつもりです。
 今日は王都大広場の屋外喫茶店に仕事の相手と会いに来ました。

 ええ、この場所には嫌な思い出はありません。
 ニセモノが刺されたのを良い気味だと思っていたりはしませんよ。
 情状酌量は認められたと聞くものの、本物のメリルの恋人だった男性が手を汚さないで済めばそのほうが良かったのですもの。

 メリルの恋人に、何年も前の黒焦げの遺体では身元証明ができないと吹き込んだのは、神殿で薬草園を任されていた神官だったといいます。
 薬草園を任されている神官でも、迷える人々と対話する役目がなくなるわけではありません。
 もっともそれに関しては自覚的に嘘をついたのではなく、黒焦げの遺体でも身元証明ができるほど技術が進化したのは、つい最近のことだったからだそうです。

 彼はテネシティの情夫でした。
 恋愛関係とは違ったようです。
 彼は美しいテネシティの肉体、彼女は薬草園の薬毒を求めていただけでした。

 そう、私から子どもを奪った香草茶の出どころです。
 薬草園にはほかの神官の耳目がありましたので、ちゃんと侍女には妊婦に良くないから気をつけるようにと伝えていました。
 テネシティは我が家に来る前から神官に毒を用意させていました。使いどころはわかりません。

 下町の顔役夫婦の死因は刺殺でした。
 でも彼女が犯人だとしたら、両親に抵抗されないように毒を飲ませていたのかもしれません。
 なぜそこまでしたのかはわかりません。家が焼けて住人が亡くなっているので、無くなった物品があるかどうかも確認できません。

 侍女は、テネシティがジャック様に贈られた装飾品を換金したお金をなにに使っていたのかまでは知りませんでした。お金を手にした後のテネシティは下町の神殿へ家族の墓参りに行くと言って、ひとりで行動していたようです。
 たぶんなにかでお金を欲していて、両親との喧嘩もそれが原因だったのでしょう。
 両親を殺したところにメリルが来て、貴族家の紋章入りの腕輪があればもっとお金が手に入ると思ったのかもしれません。侍女本人は、分け前を自分の恋人に貢いでいたようです。

 そうそう、テネシティは私よりもふたつほど年上でした。
 情夫もいたのですから、世間知らずのジャック様を篭絡するのなど簡単なことだったのでしょうね。
 ジャック様は私と同い年でした。

 そのようなことが侍女の証言や調査でわかって、神官は放逐されたそうです。
 軽い処分に思えます。
 神殿が身内の恥をさらすのを嫌がったのでしょう。彼の罪は公表されていません。薬毒の配布において説明が不十分だったというのが放逐の理由とされています。

「メイジーさん。新しい仕事なんだけどね……」

 仕事相手は出版社の方です。
 向こうから神殿に話を持って来てくださって驚きました。
 ですが考えてみれば当然のことなのです。

 私が嫁いでいた伯爵家の領地には港がありました。
 夫はその港で他国と貿易していたのです。
 かなり裕福な家だったのですが、他国の人間だった母に似た夫の容姿がこの国の貴族令嬢には敬遠されて、結婚が遅れていたのだと聞きます。実際は一度婚約に至ったものの、やっぱり嫌だと白紙撤回されたらしいです。

 ……夫の周囲の人間は私との結婚を歓迎してくれていました。
 夫の父親である先代が亡くなったことによる当主交代の混乱が収まり、普段の領地は家臣に任せても大丈夫になって王都へ戻ってくるまでは、夫も私を大切にしてくれていたように思います。
 王都へ戻って、謝罪したいと言ってニセモノテネシティが来て、そして――

「今度は翻訳の仕事じゃないんだ」

 そう、私は元婚約者に捨てられた後、求婚してくれた夫に少しでも報いるために他国の言語を勉強したのです。
 もちろんこの王国の貴族子女と裕福な平民が通う学園でも学んでいました。
 だけど商売に必要な単語などの専門的なことは、学園での勉強だけでは足りなかったのです。

 だから私は他国の物語の翻訳で知られていたこの出版社に連絡をして、辞書を購入したり翻訳の添削を依頼したりしていたのです。
 子どもを喪って茫然自失になる前に、辞書の間違いを指摘したこともあります。
 発行されたときは正しかった単語の意味が、時代の変化によって反転していたのです。伯爵夫人として他国の商人と直接交渉していたからわかったことです。

 そんな傲慢ともいえる行為を気に入ってくださって、私が離縁して神殿にいると知った出版社の方が声をかけてくださったのでした。
 おかげで将来に希望が持てるようになりました。
 たとえだれからも愛されなくても、幸せになることはできると思うのです。

「メイジーさん、可愛い飾り文字が書けるよね? 今度うちで出版する絵本の文字を担当してもらえないかな?」
「絵本……ですか?」
「うん。メイジーさんの……その、ご実家の辺りで伝えられているおとぎ話で妖精の姫と竜の騎士の物語があるだろう? ごめん、思い出したくもなかったかな?」
「いいえ。確かに実家のことはあまり……ですけれど、妖精の姫と竜の騎士の物語は大好きですわ。それに……うふふ」
「メイジーさん?」
「私が飾り文字を書くようになったのは、妖精の姫と竜の騎士の物語を書きたかったからですの」

 フレディの語ってくれた物語を本にしたいと思ったのです。
 出版社の方は、なぜか意外なほど嬉しそうな顔をなさいました。
 私の父ほどの年齢の方なのですが、なんだか昔から知っているかのように親切で優しくしてくださいます。翻訳家として期待されているのだとしたら、それはそれで嬉しいことです。いえ、今度のお仕事は翻訳ではありませんでしたね。

「それは良かった! おとぎ話をそのままじゃなくて、作家が脚色したものになるんだけど、それは大丈夫かい? 地元民として譲れないこととか……」
「大丈夫ですわ。語る人の数だけ世界があるのが、妖精の姫と竜の騎士の物語の魅力ですもの」

 妖精の姫と竜の騎士は時間と空間を超えて、無限に冒険して物語を紡いでいるのだとフレディが教えてくれましたっけ。
 今度は作家の方と会わせてくださるという話をまとめて、その日はお開きになりました。
 神殿に戻る途中の私がテネシティの情夫だった放逐された神官に殺されなければ、きっといつか絵本が完成していたことでしょう。

 ――そうして終わりになりました。

『嫌よ、フレディ従兄にい様。終わりじゃないの。妖精の姫と竜の騎士は眠っただけで、明日の朝になったら目を覚ますのよ』
『そうだね、メイジー姫。でもまた会う日まではお休みだね』
『また会える?』
『当たり前だよ。だって僕は君の竜の騎士なんだから! 君が目を覚ましたら、きっと側にいる……約束するよ』
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

七年目の裏切り 〜赴任先の夫から届く愛の手紙は、愛人の代筆でした〜

恋せよ恋
恋愛
「君は僕の最愛だ。もう二度と、君を危険に晒したくない」 命懸けの出産後、涙を流して私を抱きしめた夫ジュリアン。 その言葉通り、彼は「私を大切にするため」に夜の営みを断った。 私は、女としての寂しさを「愛されている誇り」に変え、 隣国へ赴任した夫を信じて二人の子供と家を守り続けていた。 毎週届く、情熱的な愛の手紙。タイプライターで綴られた その愛の言葉を、私は宝物のように抱きしめていた。 ……しかし、その手紙は「裏切り」だった。 夫が異国の地で、愛人と肌を重ねながら綴らせていた「偽りの愛」。 身分を隠して夫の赴任先の隣国へと向かった私が見たのは……。 果たして、貞淑な妻・メラニアが選んだ結論は……。 子供たちのため結婚生活の継続か、それとも……。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

この偽りが終わるとき

豆狸
恋愛
「……本当なのか、妃よ」 「エドワード陛下がそうお思いならば、それが真実です」 この偽りはまだ終わるべきときではない。 なろう様でも公開中です。

真実の愛の言い分

豆狸
恋愛
「仕方がないだろう。私とリューゲは真実の愛なのだ。幼いころから想い合って来た。そこに割り込んできたのは君だろう!」 私と殿下の結婚式を半年後に控えた時期におっしゃることではありませんわね。

夜会の顛末

豆狸
恋愛
「今夜の夜会にお集まりの皆様にご紹介させてもらいましょう。俺の女房のアルメと伯爵令息のハイス様です。ふたりはこっそり夜会を抜け出して、館の裏庭で乳繰り合っていやがりました」

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、どうぞお好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

そして、彼女は微笑んだ。

豆狸
恋愛
だけど、ええ、だけど! もう一度彼に会えると思うだけで、私の唇は緩むのです。 心臓が早鐘を打つのです。この身を駆け巡る血潮が燃え上がるのです。

もしも嫌いになれたなら

豆狸
恋愛
辛いのです、苦しいのです、疲れ果てたのです。 愛してくれない方を愛し続けるのは。 なのに、どんなに諦めようとしても感情が勝手に荒れ狂うのです。

処理中です...