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第四話 男爵の後悔~あのとき~
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神殿から娘のメイジーの訃報を伝えられて、男爵は後悔した。
いや、さすがにこれが初めての後悔というわけではない。
これまでもずっと後悔していた。目を逸らし、深く考えないようにしていただけだ。
まずはメリルを名乗ったテネシティを引き取ったこと。
これについては、どうしようもなかったという言い訳が通るだろう。
本当のメリルのたったひとりの家族である祖母は亡くなっていた。母親は生きていたかもしれないが、どこにいるのかわからないし、娘が子どものころに出て行ったらしいので成長した顔で本人かどうか判断できるかわからない。
近隣の人間に気を配っていた下町の顔役も亡くなっていた。
そう、殺されていたのだ、実の娘に。
メリルを知る人間に彼女は本物ですか、と尋ねるのは芝居じみているし、相手が真実を答えるとは限らない。メイジーの専属侍女だった女が、テネシティに渡された装飾品換金の分け前と引き換えに主人の悪評をばら撒いていたように、人間は噓をつくのだ。
(いや、それでも……)
たとえば下町の神殿へテネシティとともにメリルの祖母の墓参りに行っていれば、彼女を知る神官の指摘があったのではなかろうか。血液に宿る魔力で、メイジーとの血縁を確認すれば良かったかもしれない。
ふたりは生きていたのだから、当時でも確認は可能だった。
もっともメイジーと血縁関係がないとわかっても、浮気性の母親を持った可哀想な子どもとして、さらに同情を深めていた可能性もある。
男爵家へやって来たテネシティは学園に行きたいとは言わなかった。
遠慮深い性格なのだと好ましく思ったし、父親のことで揶揄されるのもわかっていたので受け入れた。
メリルということになっている彼女を引き取ったことで何年も前の醜聞が呼び起こされて、学園に通うメイジーは悪意に晒されていたというのに。
男爵は学園へ行かせる代わりに、テネシティを王都の行楽地に連れ回した。
亡くなった妻と同じ名前の少女の笑顔を見るのは心地良かった。
妻にも娘にも似ていないことを不思議には思わなかった。義弟の駆け落ち相手に似ているのだと考えていたのだ。
(私が気楽にあの子を連れ回せたのは、男爵家の当主である私の仕事を跡取りのメイジーが肩代わりしていてくれたからなのに)
下心はなかった。
それだけははっきりと誓える。
妻が亡くなった翌年に現れた身寄りのない姪を憐れんでいただけだ。
だが善意だからといって、それが正しいものとは限らない。
大切にして当たり前の家族よりも、亡くなった同僚の家族を世話して褒められるのを優先してすべてを失う衛兵や騎士達のように、男爵は自分の善意に酔っていた。
自分の代わりに男爵家を運営していたメイジーの献身を当然のこととして、テネシティの薄っぺらい感謝だけを求め続けた。
亡くなった後、善き人は天国へ、悪しき人は地獄へ行くと、この王国を見守る女神様は言う。
弟の駆け落ちという不祥事に巻き込まれながらも、婚家のために尽くして立派な娘を育ててくれた妻は、きっと天国へ行っているだろう。
だけど男爵は違う。
男爵は娘の人生を踏み躙ってしまった。
ニセモノのメリルが来てからの男爵家での仕打ちだけではない。
厄介者を追い出すかのように、良く知りもしない男へ嫁がせてしまったのだ。婿と会った回数は数えるほどで、今の男爵には顔を思い出すこともできなかった。テネシティの葬儀で初めて、婿もあの女に篭絡されていたのだと知った。
(私は地獄へ落ちるに違いない。あの子が願ったように……)
男爵は悲しかった。
自分が地獄へ落ちることではない。
愚かな男達が地獄へ落ちることを願った娘を案じたのだ。本当は優しいメイジーは、自分自身の憎悪で傷ついていたに違いない。暴言を吐いた罪悪感から娘が地獄へ落ちたとしたら、男爵は悔やんでも悔やみきれない。
テネシティの正体が確認できなくても、男爵が善意に酔っていても、やり直せる機会は何度もあったのだ。
跡取りの婚約者のジャックにテネシティが近づいたとき、仕事に励む娘を置いてふたりが遊び回っていたとき、どこからともなくメイジーの悪評が流れたとき――
男爵はふたりに注意できた、娘の仕事を代わってやって遊びに行きなさいと告げることができた、噂の出どころを確認して止めることができた。
(できた、のに……)
いや、さすがにこれが初めての後悔というわけではない。
これまでもずっと後悔していた。目を逸らし、深く考えないようにしていただけだ。
まずはメリルを名乗ったテネシティを引き取ったこと。
これについては、どうしようもなかったという言い訳が通るだろう。
本当のメリルのたったひとりの家族である祖母は亡くなっていた。母親は生きていたかもしれないが、どこにいるのかわからないし、娘が子どものころに出て行ったらしいので成長した顔で本人かどうか判断できるかわからない。
近隣の人間に気を配っていた下町の顔役も亡くなっていた。
そう、殺されていたのだ、実の娘に。
メリルを知る人間に彼女は本物ですか、と尋ねるのは芝居じみているし、相手が真実を答えるとは限らない。メイジーの専属侍女だった女が、テネシティに渡された装飾品換金の分け前と引き換えに主人の悪評をばら撒いていたように、人間は噓をつくのだ。
(いや、それでも……)
たとえば下町の神殿へテネシティとともにメリルの祖母の墓参りに行っていれば、彼女を知る神官の指摘があったのではなかろうか。血液に宿る魔力で、メイジーとの血縁を確認すれば良かったかもしれない。
ふたりは生きていたのだから、当時でも確認は可能だった。
もっともメイジーと血縁関係がないとわかっても、浮気性の母親を持った可哀想な子どもとして、さらに同情を深めていた可能性もある。
男爵家へやって来たテネシティは学園に行きたいとは言わなかった。
遠慮深い性格なのだと好ましく思ったし、父親のことで揶揄されるのもわかっていたので受け入れた。
メリルということになっている彼女を引き取ったことで何年も前の醜聞が呼び起こされて、学園に通うメイジーは悪意に晒されていたというのに。
男爵は学園へ行かせる代わりに、テネシティを王都の行楽地に連れ回した。
亡くなった妻と同じ名前の少女の笑顔を見るのは心地良かった。
妻にも娘にも似ていないことを不思議には思わなかった。義弟の駆け落ち相手に似ているのだと考えていたのだ。
(私が気楽にあの子を連れ回せたのは、男爵家の当主である私の仕事を跡取りのメイジーが肩代わりしていてくれたからなのに)
下心はなかった。
それだけははっきりと誓える。
妻が亡くなった翌年に現れた身寄りのない姪を憐れんでいただけだ。
だが善意だからといって、それが正しいものとは限らない。
大切にして当たり前の家族よりも、亡くなった同僚の家族を世話して褒められるのを優先してすべてを失う衛兵や騎士達のように、男爵は自分の善意に酔っていた。
自分の代わりに男爵家を運営していたメイジーの献身を当然のこととして、テネシティの薄っぺらい感謝だけを求め続けた。
亡くなった後、善き人は天国へ、悪しき人は地獄へ行くと、この王国を見守る女神様は言う。
弟の駆け落ちという不祥事に巻き込まれながらも、婚家のために尽くして立派な娘を育ててくれた妻は、きっと天国へ行っているだろう。
だけど男爵は違う。
男爵は娘の人生を踏み躙ってしまった。
ニセモノのメリルが来てからの男爵家での仕打ちだけではない。
厄介者を追い出すかのように、良く知りもしない男へ嫁がせてしまったのだ。婿と会った回数は数えるほどで、今の男爵には顔を思い出すこともできなかった。テネシティの葬儀で初めて、婿もあの女に篭絡されていたのだと知った。
(私は地獄へ落ちるに違いない。あの子が願ったように……)
男爵は悲しかった。
自分が地獄へ落ちることではない。
愚かな男達が地獄へ落ちることを願った娘を案じたのだ。本当は優しいメイジーは、自分自身の憎悪で傷ついていたに違いない。暴言を吐いた罪悪感から娘が地獄へ落ちたとしたら、男爵は悔やんでも悔やみきれない。
テネシティの正体が確認できなくても、男爵が善意に酔っていても、やり直せる機会は何度もあったのだ。
跡取りの婚約者のジャックにテネシティが近づいたとき、仕事に励む娘を置いてふたりが遊び回っていたとき、どこからともなくメイジーの悪評が流れたとき――
男爵はふたりに注意できた、娘の仕事を代わってやって遊びに行きなさいと告げることができた、噂の出どころを確認して止めることができた。
(できた、のに……)
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