5 / 5
第五話 男爵の後悔~もう遅い~
しおりを挟む
学園を卒業してすぐ、ジャックはメイジーとの婚約を破棄した。
テネシティに贈った装飾品をメイジーが奪って、自分の専属侍女に売らせるという悪事を働いていたからだという。
もしそれが本当だったとしても、今の男爵ならメイジーを責めたりしない。追い出すのはジャックとテネシティだ。
(ジャックがあの子に贈った装飾品の代金はどこから出た? 我が家が未来の婿に対して援助していた金からじゃないか。ジャックがメイジーの婚約者だったからじゃないか、それを……)
本当はジャックも嘘だと気づいていたのだろう。
そんなことをして金を得ても、メイジーには使う場所がなかった。
嫉妬からの行為だと思っていたのなら、不貞行為を働いている彼自身が改めるべきだった。
あのときの自分が憎い。
父親にも婚約者にも無下にされたメイジーが悪事に走ったと思っていた。
そこまで追い詰めた自分に罪悪感を覚えながらも、娘を責めることで正義側に回ろうとした。愚かな過去だ。
今の男爵はジャックが憎かった。遠縁だからといって、あの尻の軽い男を許す気にはなれない。
(しかし……)
男爵家を維持するためには、少なくとも使用人達の受け入れ先を見つけて領地の行く末をできるだけ良い条件で決定するまでは、ジャックが必要だった。
男爵ひとりでは家の始末さえつけられない。
優秀な跡取り娘はもういないのだ。
犯罪者に騙されていたのではなく、自分の愛人を姪と称して引き入れていたのではないかと噂されている男爵は、妻とふたりで築いてきた信用を失っていた。
執務室の窓から外を見ると、満月が輝いていた。
いつの間にか夜になっていたらしい。
道理で書類の文字が見えにくくなったはずだと思いながらも男爵は、魔道具を消費するのが惜しくて明かりをつけなかった。続きは明日にすれば良い。今は月光に照らされた庭を眺めていたかった。
「旦那様っ!」
暗い室内でぼんやりしていた男爵のもとに、ひとりの青年が飛び込んできた。
最近雇ったばかりの御者だ。
下男や庭師の仕事もしてくれている。
どちらかといえば庭師に一番向いているようだ。
天気の良い日に庭を眺めていると、妻が生きていて娘が笑っていたころの光景を思い出す。
月光に照らされた状態でも眺めていたくなるほど、男爵は今の庭を気に入っていた。
「どうした?」
男爵が彼を雇ったのは、これまでの使用人達がいなくなったからだ。
信用を失った男爵はいくつもの取り引き先に縁を切られていて、収入が激減していた。
メイジーを陥れた侍女のような使用人ばかりではなく、給料が減っても最後までつき合うと言ってくれたものもいたのだが、そういうものだからこそ早くに受け入れ先を探してやった。テネシティを怪しんでメイジーを庇っていた彼らの言葉を聞かなかった自分を悔やんでいたからでもある。
青年は、男爵の妻の生前に親子で世話になったことがあるので礼をしたいと言ってやって来た。
日に焼けた浅黒い肌の青年だ。
前髪を長く伸ばして顔を隠しているのは頬に痛々しい傷があるからだ。もしそれがなかったら、かなりの美貌の持ち主ではないかと男爵は思っている。
顔の傷を恐れられて、ほかでは雇ってもらえないのだと言っていた。
彼はこれまでいろいろしてきたから、なんでもできると言い、実際なにごとにも長けていた。昨日からは料理人の代わりに食事も用意してくれている。
男爵は、彼をどこかで見たような気がしていた。昔親子で妻を訪ねて来ていたときに、視界に入ったことがあるのかもしれない。
「若旦那様が、若旦那様が乗っていた馬車が河に!」
「なんだと!」
男爵達の暮らす王都には大きな河が流れている。
ジャックは今日男爵の名代として、河の横道を進んだ先にある取り引き先のところへ向かっていたのだ。
青年に上着を着せられて、男爵は扉を開けた。
「もう一台の馬車は売ってしまったのだったな。乗合馬車で……まずはどこに行ったら良い? 貴族でも事故なら衛兵詰所で話を聞いたほうが良いのか? お前がここにいるということは、馬車はもう引き上げられているのだろう?」
振り返った男爵の頭は、青年が手にした椅子で殴り飛ばされた。
さっきまで男爵が座っていた椅子だ。
倒れこんだところを何度も何度も殴られて、やがて男爵の息の根が止まる。
「……ふたり目……あとひとり」
暗い室内で、青年は呟いた。
テネシティに贈った装飾品をメイジーが奪って、自分の専属侍女に売らせるという悪事を働いていたからだという。
もしそれが本当だったとしても、今の男爵ならメイジーを責めたりしない。追い出すのはジャックとテネシティだ。
(ジャックがあの子に贈った装飾品の代金はどこから出た? 我が家が未来の婿に対して援助していた金からじゃないか。ジャックがメイジーの婚約者だったからじゃないか、それを……)
本当はジャックも嘘だと気づいていたのだろう。
そんなことをして金を得ても、メイジーには使う場所がなかった。
嫉妬からの行為だと思っていたのなら、不貞行為を働いている彼自身が改めるべきだった。
あのときの自分が憎い。
父親にも婚約者にも無下にされたメイジーが悪事に走ったと思っていた。
そこまで追い詰めた自分に罪悪感を覚えながらも、娘を責めることで正義側に回ろうとした。愚かな過去だ。
今の男爵はジャックが憎かった。遠縁だからといって、あの尻の軽い男を許す気にはなれない。
(しかし……)
男爵家を維持するためには、少なくとも使用人達の受け入れ先を見つけて領地の行く末をできるだけ良い条件で決定するまでは、ジャックが必要だった。
男爵ひとりでは家の始末さえつけられない。
優秀な跡取り娘はもういないのだ。
犯罪者に騙されていたのではなく、自分の愛人を姪と称して引き入れていたのではないかと噂されている男爵は、妻とふたりで築いてきた信用を失っていた。
執務室の窓から外を見ると、満月が輝いていた。
いつの間にか夜になっていたらしい。
道理で書類の文字が見えにくくなったはずだと思いながらも男爵は、魔道具を消費するのが惜しくて明かりをつけなかった。続きは明日にすれば良い。今は月光に照らされた庭を眺めていたかった。
「旦那様っ!」
暗い室内でぼんやりしていた男爵のもとに、ひとりの青年が飛び込んできた。
最近雇ったばかりの御者だ。
下男や庭師の仕事もしてくれている。
どちらかといえば庭師に一番向いているようだ。
天気の良い日に庭を眺めていると、妻が生きていて娘が笑っていたころの光景を思い出す。
月光に照らされた状態でも眺めていたくなるほど、男爵は今の庭を気に入っていた。
「どうした?」
男爵が彼を雇ったのは、これまでの使用人達がいなくなったからだ。
信用を失った男爵はいくつもの取り引き先に縁を切られていて、収入が激減していた。
メイジーを陥れた侍女のような使用人ばかりではなく、給料が減っても最後までつき合うと言ってくれたものもいたのだが、そういうものだからこそ早くに受け入れ先を探してやった。テネシティを怪しんでメイジーを庇っていた彼らの言葉を聞かなかった自分を悔やんでいたからでもある。
青年は、男爵の妻の生前に親子で世話になったことがあるので礼をしたいと言ってやって来た。
日に焼けた浅黒い肌の青年だ。
前髪を長く伸ばして顔を隠しているのは頬に痛々しい傷があるからだ。もしそれがなかったら、かなりの美貌の持ち主ではないかと男爵は思っている。
顔の傷を恐れられて、ほかでは雇ってもらえないのだと言っていた。
彼はこれまでいろいろしてきたから、なんでもできると言い、実際なにごとにも長けていた。昨日からは料理人の代わりに食事も用意してくれている。
男爵は、彼をどこかで見たような気がしていた。昔親子で妻を訪ねて来ていたときに、視界に入ったことがあるのかもしれない。
「若旦那様が、若旦那様が乗っていた馬車が河に!」
「なんだと!」
男爵達の暮らす王都には大きな河が流れている。
ジャックは今日男爵の名代として、河の横道を進んだ先にある取り引き先のところへ向かっていたのだ。
青年に上着を着せられて、男爵は扉を開けた。
「もう一台の馬車は売ってしまったのだったな。乗合馬車で……まずはどこに行ったら良い? 貴族でも事故なら衛兵詰所で話を聞いたほうが良いのか? お前がここにいるということは、馬車はもう引き上げられているのだろう?」
振り返った男爵の頭は、青年が手にした椅子で殴り飛ばされた。
さっきまで男爵が座っていた椅子だ。
倒れこんだところを何度も何度も殴られて、やがて男爵の息の根が止まる。
「……ふたり目……あとひとり」
暗い室内で、青年は呟いた。
450
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
七年目の裏切り 〜赴任先の夫から届く愛の手紙は、愛人の代筆でした〜
恋せよ恋
恋愛
「君は僕の最愛だ。もう二度と、君を危険に晒したくない」
命懸けの出産後、涙を流して私を抱きしめた夫ジュリアン。
その言葉通り、彼は「私を大切にするため」に夜の営みを断った。
私は、女としての寂しさを「愛されている誇り」に変え、
隣国へ赴任した夫を信じて二人の子供と家を守り続けていた。
毎週届く、情熱的な愛の手紙。タイプライターで綴られた
その愛の言葉を、私は宝物のように抱きしめていた。
……しかし、その手紙は「裏切り」だった。
夫が異国の地で、愛人と肌を重ねながら綴らせていた「偽りの愛」。
身分を隠して夫の赴任先の隣国へと向かった私が見たのは……。
果たして、貞淑な妻・メラニアが選んだ結論は……。
子供たちのため結婚生活の継続か、それとも……。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
真実の愛の言い分
豆狸
恋愛
「仕方がないだろう。私とリューゲは真実の愛なのだ。幼いころから想い合って来た。そこに割り込んできたのは君だろう!」
私と殿下の結婚式を半年後に控えた時期におっしゃることではありませんわね。
お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ
Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。
理由は決まって『従妹ライラ様との用事』
誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。
「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、どうぞお好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」
二人の想いは、重なり合えるのだろうか ……
※他のサイトにも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる