もしも願いが叶うなら

豆狸

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第五話 男爵の後悔~もう遅い~

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 学園を卒業してすぐ、ジャックはメイジーとの婚約を破棄した。
 テネシティに贈った装飾品をメイジーが奪って、自分の専属侍女に売らせるという悪事を働いていたからだという。
 もしそれが本当だったとしても、今の男爵ならメイジーを責めたりしない。追い出すのはジャックとテネシティだ。

(ジャックがあの子テネシティに贈った装飾品の代金はどこから出た? 我が家が未来の婿ジャックに対して援助していた金からじゃないか。ジャックがメイジーの婚約者だったからじゃないか、それを……)

 本当はジャックも嘘だと気づいていたのだろう。
 そんなことをして金を得ても、メイジーには使う場所がなかった。
 嫉妬からの行為だと思っていたのなら、不貞行為を働いている彼自身が改めるべきだった。

 あのときの自分が憎い。
 父親にも婚約者にも無下にされたメイジーが悪事に走ったと思っていた。
 そこまで追い詰めた自分に罪悪感を覚えながらも、娘を責めることで正義側に回ろうとした。愚かな過去だ。

 今の男爵はジャックが憎かった。遠縁だからといって、あの尻の軽い男を許す気にはなれない。

(しかし……)

 男爵家を維持するためには、少なくとも使用人達の受け入れ先を見つけて領地の行く末をできるだけ良い条件で決定するまでは、ジャックが必要だった。
 男爵ひとりでは家の始末さえつけられない。
 優秀な跡取り娘はもういないのだ。

 犯罪者に騙されていたのではなく、自分の愛人を姪と称して引き入れていたのではないかと噂されている男爵は、妻とふたりで築いてきた信用を失っていた。

 執務室の窓から外を見ると、満月が輝いていた。
 いつの間にか夜になっていたらしい。
 道理で書類の文字が見えにくくなったはずだと思いながらも男爵は、魔道具を消費するのが惜しくて明かりをつけなかった。続きは明日にすれば良い。今は月光に照らされた庭を眺めていたかった。

「旦那様っ!」

 暗い室内でぼんやりしていた男爵のもとに、ひとりの青年が飛び込んできた。
 最近雇ったばかりの御者だ。
 下男や庭師の仕事もしてくれている。

 どちらかといえば庭師に一番向いているようだ。
 天気の良い日に庭を眺めていると、妻が生きていて娘が笑っていたころの光景を思い出す。
 月光に照らされた状態でも眺めていたくなるほど、男爵は今の庭を気に入っていた。

「どうした?」

 男爵が彼を雇ったのは、これまでの使用人達がいなくなったからだ。
 信用を失った男爵はいくつもの取り引き先に縁を切られていて、収入が激減していた。
 メイジーを陥れた侍女のような使用人ばかりではなく、給料が減っても最後までつき合うと言ってくれたものもいたのだが、そういうものだからこそ早くに受け入れ先を探してやった。テネシティを怪しんでメイジーを庇っていた彼らの言葉を聞かなかった自分を悔やんでいたからでもある。

 青年は、男爵の妻の生前に親子で世話になったことがあるので礼をしたいと言ってやって来た。
 日に焼けた浅黒い肌の青年だ。
 前髪を長く伸ばして顔を隠しているのは頬に痛々しい傷があるからだ。もしそれがなかったら、かなりの美貌の持ち主ではないかと男爵は思っている。

 顔の傷を恐れられて、ほかでは雇ってもらえないのだと言っていた。
 彼はこれまでいろいろしてきたから、なんでもできると言い、実際なにごとにもけていた。昨日からは料理人の代わりに食事も用意してくれている。
 男爵は、彼をどこかで見たような気がしていた。昔親子で妻を訪ねて来ていたときに、視界に入ったことがあるのかもしれない。

「若旦那様が、若旦那様が乗っていた馬車が河に!」
「なんだと!」

 男爵達の暮らす王都には大きな河が流れている。
 ジャックは今日男爵の名代として、河の横道を進んだ先にある取り引き先のところへ向かっていたのだ。
 青年に上着を着せられて、男爵は扉を開けた。

「もう一台の馬車は売ってしまったのだったな。乗合馬車で……まずはどこに行ったら良い? 貴族でも事故なら衛兵詰所で話を聞いたほうが良いのか? お前がここにいるということは、馬車はもう引き上げられているのだろう?」

 振り返った男爵の頭は、青年が手にした椅子で殴り飛ばされた。
 さっきまで男爵が座っていた椅子だ。
 倒れこんだところを何度も何度も殴られて、やがて男爵の息の根が止まる。

「……ふたり目……あとひとり」

 暗い室内で、青年は呟いた。
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