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第一話 偽証
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「ふざけないでください」
怒りのあまり声が出なかった私の代わりに、義弟のガナドルが言ってくれました。
私は気持ちを落ち着けながら、眼前に座っている四人を見つめます。
この王国の王太子ペルデドル殿下と三人のご学友方です。
ここは王都にあるルビオ辺境伯邸の応接室。
殿下とご学友方は学園の階段から落ちた私を見舞いに来たはずなのに、どうして今になって無意味な偽証をなさったのでしょう。
義弟が殿下方を見回して言葉を続けます。
「義姉アドリアーナはだれかに押されて階段から落ちたのです。それは我が家の主治医も王家が寄越してくださった医師も断言している。あの男爵令嬢がいなかったとおっしゃるのならば、どなたが義姉を突き落としたのですか?」
ガナドルから視線を外したペルデドル殿下が、美しい金髪を揺らしておっしゃいます。
「……興奮した辺境伯令嬢が勝手に落ちたのだ。あの場所に彼女はいなかった」
義弟は、聞いているだけで凍りつきそうなほど冷たい声で尋ねました。
「なぜ義姉は興奮していたのですか? ペルデドル殿下とふたりでお話したいと申し上げたのに、あの男爵令嬢が立ち去ろうとしなかったからなのではないですか?」
「っ!……知らぬ! 最近のアドリアーナは私とブルヘリアの仲を邪推して、いつも機嫌が悪かった。あのときも勝手に嫉妬して興奮していたのだろう」
溜息を漏らした私の代わりに、ガナドルが言ってくれます。
「ペルデドル王太子殿下。もう婚約者ではないのですから、義姉を呼び捨てになさるのはやめてください」
頼りになる義弟です。
階段から落ちて意識不明だった私を抱きあげて、学園の救護室へ運んでくれたのも義弟でした。
お顔を驚愕の色に染めていく殿下とご学友方に対しては、私が補足いたしましょう。
「殿下、私と貴方様の婚約はすでに解消されています。あの日私が男爵令嬢に席を外して欲しいとお願いしたのは、まだ公表する段階ではなかったからです。……いくら殿下のご寵愛を得ていても、今はただの男爵令嬢でしかない彼女に国家機密を教えることは出来ませんでした」
今日の殿下はいつものように、寵愛などと邪推をするな、とはおっしゃいませんでした。
学園に入学して男爵令嬢と出会うまでの殿下は聡明な方でした。
ご自身と辺境伯令嬢である私の婚約にどんな意味があったのか、この婚約が解消されることで王国にどんな影響が及ぶのか、ちゃんと理解なさったからこそ無言で俯かれたのです。
殿下のご学友である『王家の盾』マルティネス公爵家のご令息デシルシオン様は諦観に満ちた表情です。
少し微笑んでいるようにも見えます。
自嘲の笑みでしょうか。本当ならば彼が王太子殿下を止めて、この結果に至るのを防がなければいけなかったのですもの。
デシルシオン様はご学友方の中で、一番殿下とのお付き合いが長い方です。
王家から分かれた公爵家のご令息なのですから、ご学友になられる前から親戚付き合いもされていましたしね。
殿下や私よりもひとつ年上で、幼いころから兄のように接してくださっていた彼は、学園の在学中だけでも殿下の初恋を見守って差し上げたいと思われたのかもしれません。
『王家の剣』ゴメス伯爵家のご令息トライシオン様のほうは、上がった口角を必死で隠していらっしゃいます。
彼は小ズルくて考えの浅い方です。
私と殿下の婚約が解消されたのだから、自家の寄子である男爵家のご令嬢ブルヘリア様が王太子妃に選ばれるはずだとでも思ったのでしょう。王家に嫁ぐには伯爵位以上が必要ですから、ブルヘリア様を自家の養女に迎えて、王太子殿下の義兄として権力を振るう自分を妄想しているのかもしれません。
魔術師師団団長のモラレス子爵のご令息で、優れた魔術の才を認められて殿下のご学友に選ばれたエスピリト様は、端正なお顔を仮面のように不動にして我関せずというご様子です。
もともと才を見込まれての魔術に対する護衛見習いのような立ち位置でしたし、ご学友といっても身分を考えれば気軽に殿下へ意見を言えるわけもありません。
ですがトライシオン様よりも賢い彼は、今の状況の不味さに気づいているようです。無表情を装いながらも体が小刻みに震えています。
殿下とご学友方を満遍なく見回して、義弟が再び口を開きました。
婚約解消に至るまで、殿下と男爵令嬢のことで苦しんでいた私を慰めて支えてくれたのも義弟でした。
ひとつ年下の彼のいつの間にか大人びた横顔を見つめます。
「……王太子殿下のお言葉は絶対です。殿下がおっしゃるのなら、男爵令嬢はあの場にいなかったのでしょう。けれど義姉がだれかに階段から突き落とされたということは紛れもない事実なのです。あのとき現場にいた方の中に犯人がいる、我がルビオ辺境伯家ではそのように理解しております」
重々しい沈黙が室内を支配しました。
怒りのあまり声が出なかった私の代わりに、義弟のガナドルが言ってくれました。
私は気持ちを落ち着けながら、眼前に座っている四人を見つめます。
この王国の王太子ペルデドル殿下と三人のご学友方です。
ここは王都にあるルビオ辺境伯邸の応接室。
殿下とご学友方は学園の階段から落ちた私を見舞いに来たはずなのに、どうして今になって無意味な偽証をなさったのでしょう。
義弟が殿下方を見回して言葉を続けます。
「義姉アドリアーナはだれかに押されて階段から落ちたのです。それは我が家の主治医も王家が寄越してくださった医師も断言している。あの男爵令嬢がいなかったとおっしゃるのならば、どなたが義姉を突き落としたのですか?」
ガナドルから視線を外したペルデドル殿下が、美しい金髪を揺らしておっしゃいます。
「……興奮した辺境伯令嬢が勝手に落ちたのだ。あの場所に彼女はいなかった」
義弟は、聞いているだけで凍りつきそうなほど冷たい声で尋ねました。
「なぜ義姉は興奮していたのですか? ペルデドル殿下とふたりでお話したいと申し上げたのに、あの男爵令嬢が立ち去ろうとしなかったからなのではないですか?」
「っ!……知らぬ! 最近のアドリアーナは私とブルヘリアの仲を邪推して、いつも機嫌が悪かった。あのときも勝手に嫉妬して興奮していたのだろう」
溜息を漏らした私の代わりに、ガナドルが言ってくれます。
「ペルデドル王太子殿下。もう婚約者ではないのですから、義姉を呼び捨てになさるのはやめてください」
頼りになる義弟です。
階段から落ちて意識不明だった私を抱きあげて、学園の救護室へ運んでくれたのも義弟でした。
お顔を驚愕の色に染めていく殿下とご学友方に対しては、私が補足いたしましょう。
「殿下、私と貴方様の婚約はすでに解消されています。あの日私が男爵令嬢に席を外して欲しいとお願いしたのは、まだ公表する段階ではなかったからです。……いくら殿下のご寵愛を得ていても、今はただの男爵令嬢でしかない彼女に国家機密を教えることは出来ませんでした」
今日の殿下はいつものように、寵愛などと邪推をするな、とはおっしゃいませんでした。
学園に入学して男爵令嬢と出会うまでの殿下は聡明な方でした。
ご自身と辺境伯令嬢である私の婚約にどんな意味があったのか、この婚約が解消されることで王国にどんな影響が及ぶのか、ちゃんと理解なさったからこそ無言で俯かれたのです。
殿下のご学友である『王家の盾』マルティネス公爵家のご令息デシルシオン様は諦観に満ちた表情です。
少し微笑んでいるようにも見えます。
自嘲の笑みでしょうか。本当ならば彼が王太子殿下を止めて、この結果に至るのを防がなければいけなかったのですもの。
デシルシオン様はご学友方の中で、一番殿下とのお付き合いが長い方です。
王家から分かれた公爵家のご令息なのですから、ご学友になられる前から親戚付き合いもされていましたしね。
殿下や私よりもひとつ年上で、幼いころから兄のように接してくださっていた彼は、学園の在学中だけでも殿下の初恋を見守って差し上げたいと思われたのかもしれません。
『王家の剣』ゴメス伯爵家のご令息トライシオン様のほうは、上がった口角を必死で隠していらっしゃいます。
彼は小ズルくて考えの浅い方です。
私と殿下の婚約が解消されたのだから、自家の寄子である男爵家のご令嬢ブルヘリア様が王太子妃に選ばれるはずだとでも思ったのでしょう。王家に嫁ぐには伯爵位以上が必要ですから、ブルヘリア様を自家の養女に迎えて、王太子殿下の義兄として権力を振るう自分を妄想しているのかもしれません。
魔術師師団団長のモラレス子爵のご令息で、優れた魔術の才を認められて殿下のご学友に選ばれたエスピリト様は、端正なお顔を仮面のように不動にして我関せずというご様子です。
もともと才を見込まれての魔術に対する護衛見習いのような立ち位置でしたし、ご学友といっても身分を考えれば気軽に殿下へ意見を言えるわけもありません。
ですがトライシオン様よりも賢い彼は、今の状況の不味さに気づいているようです。無表情を装いながらも体が小刻みに震えています。
殿下とご学友方を満遍なく見回して、義弟が再び口を開きました。
婚約解消に至るまで、殿下と男爵令嬢のことで苦しんでいた私を慰めて支えてくれたのも義弟でした。
ひとつ年下の彼のいつの間にか大人びた横顔を見つめます。
「……王太子殿下のお言葉は絶対です。殿下がおっしゃるのなら、男爵令嬢はあの場にいなかったのでしょう。けれど義姉がだれかに階段から突き落とされたということは紛れもない事実なのです。あのとき現場にいた方の中に犯人がいる、我がルビオ辺境伯家ではそのように理解しております」
重々しい沈黙が室内を支配しました。
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