お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸

文字の大きさ
4 / 13

第四話 お嬢様は王太子殿下の企みを知りませんでした。

しおりを挟む
「私は……これまで一体なにをしていたのだ?」
「きゃあっ!」

 思索に沈みかけたパーヴェルは、絹を裂くようなイリュージアの叫びで現実に呼び戻された。

「助けて、パーヴェル!」

 イリュージアは近衛騎士に両腕を掴まれて連行されるところだった。
 気づけば、会場には自分達親子と男爵令嬢イリュージア、彼女のお気に入りと近衛騎士達以外いなかった。パーヴェルの側近達男爵令嬢のお気に入りも呆然とした顔で近衛騎士に引き立てられていく。
 会場内にいたほかの者はみんな帰っていた。

「彼女をどうするのですか?」

 自分でも不思議に思うほど冷静にパーヴェルは母である女王ジナイーダに尋ねた。
 魔術学園に入学してからこれまで、ずっと自分を昂らせていたイリュージアへの激情が消え失せている。
 落ち着いて考えてみれば、レオンチェフ公爵令嬢のヴェロニカとの婚約を破棄したところでイリュージアを妃にすることは出来ない。後ろ盾の問題もあるし、なにより彼女は──王太子妃には相応しくない。

「魅了魔術の使い手の疑いがあるので調査する」
「魅了魔術……それはおとぎ話なのではありませんか?」

 王侯貴族が生まれつき才を持ち、これまで研究が進められてきた普通の魔術でさえ制御出来ずに暴走することがある。
 伝説の妖女のように悪霊と契約でもしない限り、他人の心を支配するという魅了魔術を操れる人間などいるはずがない。人間は自分の心ですら制御出来ないのだから。
 そう思いながらも、パーヴェルはイリュージアが魅了魔術の使い手であったなら良かったのにと願っていた。特に三日前の夜の自分の言動、あれは魅了魔術で操られてのことだったと思いたい。

「どうして助けてくれないの、パーヴェル!」

 ヴェロニカは婚約者であってもパーヴェルを殿下と呼んでいた。
 いきなり名前を呼び捨てにしてきたイリュージアが新鮮で、その珍しい言動に魅せられていたけれど、今は甲高い声を聞くだけで吐き気がした。
 ひとりだけ近衛騎士が残って、イリュージアと彼女のお気に入りパーヴェルの側近達は姿を消した。母が、息子から視線を逸らして口を開く。

「……わらわは、魅了魔術の使い手であって欲しいと望んでいる。そうでなければ、わらわと愛しい人の間に生まれた大切な息子が、邪魔になった婚約者に冤罪を着せて平民の牢へ放り込み牢番や囚人の慰み者にさせようなどと、そんな吐き気を催すような所業を企むはずがない」

 女王ジナイーダは涙声だった。
 五年前の夫の死後、再婚を勧める周囲に否と言い、ひとりで王国を切り盛りしてきた逞しい女性が泣いているのだ。
 王家に忠誠を誓い生活の糧を委ねている牢番達の代わりに、囚人が不敬罪で処刑されるのを覚悟で直訴してきたのだという。自分は犯罪者だし、そんなことを命じる王子が治めるような国で生き延びても良いことはないだろうから、と彼は言ったそうだ。

「ヴェロニカは十日前に死んで良かったのかもしれぬな。あの子はそなたを慕っておった。心変わりなら許容出来ても、愛した者の鬼畜の所業は受け入れがたいだろう。わらわも……」

 知りたくはなかったと小声で言ったジナイーダに、パーヴェルは心の中で首肯した。
 すべてが魅了魔術のせいなら良いのに、と心の底から望んだ親子だったが、イリュージアは魅了魔術の使い手ではなかった。
 麻薬のように心を破壊する薬を使われた可能性も調べられたけれど、かんばしい結果は得られなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

心を失った彼女は、もう婚約者を見ない

基本二度寝
恋愛
女癖の悪い王太子は呪われた。 寝台から起き上がれず、食事も身体が拒否し、原因不明な状態の心労もあり、やせ細っていった。 「こりゃあすごい」 解呪に呼ばれた魔女は、しゃがれ声で場違いにも感嘆した。 「王族に呪いなんて効かないはずなのにと思ったけれど、これほど大きい呪いは見たことがないよ。どれだけの女の恨みを買ったんだい」 王太子には思い当たる節はない。 相手が勝手に勘違いして想いを寄せられているだけなのに。 「こりゃあ対価は大きいよ?」 金ならいくらでも出すと豪語する国王と、「早く息子を助けて」と喚く王妃。 「なら、その娘の心を対価にどうだい」 魔女はぐるりと部屋を見渡し、壁際に使用人らと共に立たされている王太子の婚約者の令嬢を指差した。

今日は私の結婚式

豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。 彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。

筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した

基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。 その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。 王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。 しかし、仲が良かったのも今は昔。 レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。 いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。 それでも、フィーは信じていた。 レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。 しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。 そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。 国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。

貴方でなくても良いのです。

豆狸
恋愛
彼が初めて淹れてくれたお茶を口に含むと、舌を刺すような刺激がありました。古い茶葉でもお使いになったのでしょうか。青い瞳に私を映すアントニオ様を傷つけないように、このことは秘密にしておきましょう。

契約破棄された聖女は帰りますけど

基本二度寝
恋愛
「聖女エルディーナ!あなたとの婚約を破棄する」 「…かしこまりました」 王太子から婚約破棄を宣言され、聖女は自身の従者と目を合わせ、頷く。 では、と身を翻す聖女を訝しげに王太子は見つめた。 「…何故理由を聞かない」 ※短編(勢い)

処理中です...