死に戻り王妃はふたりの婚約者に愛される。

豆狸

文字の大きさ
20 / 22

最終話 指輪(三角関係END)

しおりを挟む
 魔術学院の一学年最後の日。校舎が夕暮れに染まっている。
 一学年だけでなく、私にとってはこの学院自体が最後の日だ。
 今日の夕方、私は馬車でヴィエルジ伯爵領へ発つ。最初に死に戻る前では考えたこともない状況だ。それでもお母様が遺してくださった領地と領民を守っていきたいと思う。

 すべての用事を済ませて、私は図書室横のお妃様の木の下へやって来た。
 そこには先客がいた。

「クレマン様!」
「……ドリアーヌ」
「卒業パーティには出席なさらないのですか?」
「だれかさんに婚約を解消されてしまったので、パートナーがいないんです」
「う……申し訳ありませんでした」
「いいんですよ。以前言ったように私の望みは君の幸せです」
「クレマン様……あ、もう婚約者ではなくなったので、ベリエ大公殿下とお呼びしたほうがよろしいでしょうか」
「ダメです。ずっと名前で呼んでください」
「ク、クレマン様さえよろしければ、そういたします」

 エメラルドの瞳の少年は、永遠に私の心から消えることはない。
 だけど、たぶんいつか私は新しく恋をするだろう。
 それは目の前に立つこの方かもしれないし──

「どうしてそなた達は、俺を除け者にするんだ」

 不機嫌そうな顔で、ポール王太子殿下が図書室の扉から現れた。

「ポール。君は生徒会長でしょう。卒業パーティの準備はどうしました。生徒会はひとり減って大変なのではないですか?」
「バティストに任せてきた。失恋の痛みを忘れるのには、忙しいのが一番だろう。……なあ、ドリアーヌ」

 枝に絡まったリボンを取ってくれた少年とは違うけれど、邪気のない笑みを向けてくるエメラルドの瞳を持つ青年にも心はざわめく。
 自分がこんなに気の多い女だったなんて知らなかった。
 ずっとずっと初恋の少年を思い続けて来たのが嘘のようだ。いいえ。きっと彼への想いがあったから、新しい恋の予感を感じることができているのだ。

 二度目に死に戻る前と同じように、サジテール侯爵家と男爵家は断罪されて処罰された。
 男爵家の領地と財産は王家が没収し、侯爵家は分家が引き継いだ。
 セリア様も異母弟も、もうこの世にはいない。

「ドリアーヌ」
「クレマン様?」

 彼はお妃様の木の頂上を指差していた。

「前に話しましたよね。あそこに心の色が煌めいていると」
「ええ」
「なにかが枝に引っかかっているのだと思うんです。君の力で取ってもらえませんか?」
「わかりました」

 英雄王の骸が倒された後、王国全体で魔術の力が高まっていた。
 不死者となりカロル王女を支配していた彼は、この国自体をも弱体化させていたのかもしれない。
 国王陛下ご夫妻も以前よりご健勝になられた。神殿とも話をして、ゆっくりとだが魔術師マティユ様の復権も始めていくという。

 私は魔術で起こした風を空へ昇らせた。

「中央の一番高い枝の先です」

 クレマン様の指示を受けて、それを取る。
 風を戻して手のひらに落としたのは、赤い夕陽を浴びて煌めく指輪だった。
 内側に文字が刻まれている。古語のようだ。クレマン様に渡すと、彼は声に出して読んでくださった。

「……愛しいカロルへ、マティユより……」
「やっぱりな」

 ポール殿下が頷いて同じような指輪を取り出した。
 梢から取ったものより、少し大きい。

「こっちにはこう書いてある。……愛しいマティユへ、カロルより」
「殿下も古語がお読みになられるのですね」
「王宮で私が読んだのを覚えただけですよね、ポール」
「……そうだ。こっちは王宮の木の下に埋められていた。クレマンの瞳の力が強まったから、あるのがわかって掘り出したんだ」

 おふたりがふたつの指輪を私の手のひらに落とす。
 遠い時を経て、やっと巡り会えたカロル王女と魔術師マティユの絆だ。心の色が残るくらい、おふたりがお互いを思い合っていたということでもある。
 私もいつか、そんなだれかと愛し愛されることができるのだろうか。

「見せてくださってありがとうございます」

 ふたつの指輪を戻そうとすると、おふたりは首を横に振る。

「それはそなたが持っておけ」
「君に心から愛する男ができたとき、彼と一緒に霊廟のおふたりに返しに行ってください」
「そんな……伯爵に過ぎない私が王宮の霊廟に入るなんて不敬です」

 骸を退治に行ったときは、おふたりが一緒だったから良かったのだ。
 ポール殿下が口角を上げる。

「未来の国王と一緒なら問題はなかろう」
「大公と一緒でも大丈夫ですよ」

 クレマン様が笑う。

「ポール王太子殿下、クレマン様?」
「殿下はいらぬ。クレマンのように俺も名前だけで呼べ」
「そ、そういうわけにはいきません。あの、私はおふたりとの婚約を解消した女ですよ?」
「常に勢力図が変化している貴族社会では珍しいことではありません。まあ君が最初に死に戻る前、卒業パーティで王太子がやらかした婚約破棄のような真似は大問題ですけどね」
「やってもない未来のことで見下されるのは気分が悪いな。同じ家に招いておきながらキスもできず、王宮で泊まり込んでいた男に莫迦にされたくはないぞ」
「ポールだって嫌われるのが怖くて、一度拒まれた後は近寄れなくなってたんでしょう?」
「だから、やってもいない未来のことで見下すな!」

 私は首を傾げた。
 この会話はなんなのかしら。
 なんだかおふたりが私を好きなように聞こえる。

「ドリアーヌ。俺は伯爵領まで訪ねていくからな。そのときには名前だけで呼べよ」
「ドリアーヌ。私も訪問させていただきますよ。これでも現役の大公です。領地の運営で困ったことがあったら、なんでも相談してくださいね」

 私がおふたりにときめいていることなど、心の色が見えるクレマン様にはお見通しだろう。
 ポール王太子殿下……ポール様はポール様で、クレマン様から聞き出しているに違いない。なんだかんだ言って、クレマン様はポール様を弟のように思っていらっしゃる。
 いっそどちらの方への想いのほうが大きいのかを聞いてみたいけれど、それは私が決めることだ。私が決めていいのだと、おふたりはおっしゃってくださっているのだ。

「はい、わかりました。お待ちしております」

 エメラルドの瞳のおふたりの微笑みが、私の胸に火をつける。
 この炎が燃え盛るのは、きっともうすぐだ。
 私はふたつの指輪を握り締めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】他の人が好きな人を好きになる姉に愛する夫を奪われてしまいました。

山葵
恋愛
私の愛する旦那様。私は貴方と結婚して幸せでした。 姉は「協力するよ!」と言いながら友達や私の好きな人に近づき「彼、私の事を好きだって!私も話しているうちに好きになっちゃったかも♡」と言うのです。 そんな姉が離縁され実家に戻ってきました。

【完結】私の愛する人は、あなただけなのだから

よどら文鳥
恋愛
 私ヒマリ=ファールドとレン=ジェイムスは、小さい頃から仲が良かった。  五年前からは恋仲になり、その後両親をなんとか説得して婚約まで発展した。  私たちは相思相愛で理想のカップルと言えるほど良い関係だと思っていた。  だが、レンからいきなり婚約破棄して欲しいと言われてしまう。 「俺には最愛の女性がいる。その人の幸せを第一に考えている」  この言葉を聞いて涙を流しながらその場を去る。  あれほど酷いことを言われってしまったのに、私はそれでもレンのことばかり考えてしまっている。  婚約破棄された当日、ギャレット=メルトラ第二王子殿下から縁談の話が来ていることをお父様から聞く。  両親は恋人ごっこなど終わりにして王子と結婚しろと強く言われてしまう。  だが、それでも私の心の中には……。 ※冒頭はざまぁっぽいですが、ざまぁがメインではありません。 ※第一話投稿の段階で完結まで全て書き終えていますので、途中で更新が止まることはありませんのでご安心ください。

彼は亡国の令嬢を愛せない

黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。 ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。 ※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。 ※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。

【完結】私の事は気にせずに、そのままイチャイチャお続け下さいませ ~私も婚約解消を目指して頑張りますから~

山葵
恋愛
ガルス侯爵家の令嬢である わたくしミモルザには、婚約者がいる。 この国の宰相である父を持つ、リブルート侯爵家嫡男レイライン様。 父同様、優秀…と期待されたが、顔は良いが頭はイマイチだった。 顔が良いから、女性にモテる。 わたくしはと言えば、頭は、まぁ優秀な方になるけれど、顔は中の上位!? 自分に釣り合わないと思っているレイラインは、ミモルザの見ているのを知っていて今日も美しい顔の令嬢とイチャイチャする。 *沢山の方に読んで頂き、ありがとうございます。m(_ _)m

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目の人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

捨てられたなら 〜婚約破棄された私に出来ること〜

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
長年の婚約者だった王太子殿下から婚約破棄を言い渡されたクリスティン。 彼女は婚約破棄を受け入れ、周りも処理に動き出します。 さて、どうなりますでしょうか…… 別作品のボツネタ救済です(ヒロインの名前と設定のみ)。 突然のポイント数増加に驚いています。HOTランキングですか? 自分には縁のないものだと思っていたのでびっくりしました。 私の拙い作品をたくさんの方に読んでいただけて嬉しいです。 それに伴い、たくさんの方から感想をいただくようになりました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただけたらと思いますので、中にはいただいたコメントを非公開とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきますし、削除はいたしません。 7/16 最終部がわかりにくいとのご指摘をいただき、訂正しました。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

婚約者と義妹に裏切られたので、ざまぁして逃げてみた

せいめ
恋愛
 伯爵令嬢のフローラは、夜会で婚約者のレイモンドと義妹のリリアンが抱き合う姿を見てしまった。  大好きだったレイモンドの裏切りを知りショックを受けるフローラ。  三ヶ月後には結婚式なのに、このままあの方と結婚していいの?  深く傷付いたフローラは散々悩んだ挙句、その場に偶然居合わせた公爵令息や親友の力を借り、ざまぁして逃げ出すことにしたのであった。  ご都合主義です。  誤字脱字、申し訳ありません。

どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。 無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。 彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。 ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。 居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。 こんな旦那様、いりません! 誰か、私の旦那様を貰って下さい……。

処理中です...