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第二話 彼の瞳は囚われて
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ドゥニ伯爵家のローレン様はルロワ侯爵令嬢レオニー、つまり私の婚約者だ。
病弱だったお父様を早くに亡くされた後、家督はローレン様のお兄様が継いでいらっしゃる。
ローレン様は私と結婚してルロワ家へ婿に入り、侯爵位を継ぐ予定だ。
彼は茶色い髪に茶色い瞳、性格もおっとりしていて地味な印象を受ける。
だけど、愛人親娘にしか興味のない父と、私を想ってくださっているのはわかるものの教育熱心で厳し過ぎる母という歪んだ家庭で育った私には、彼の存在が救いだった。
必要なことだとわかっていても、いつまでも続く跡取り娘としての教育は辛いし、厳しい母に褒めてもらえないのも悲しかった。そんな私にローレン様は、いつも優しく笑ってくださった。
マルールと出会うまでは。
私の異母妹と出会って、ローレン様は一瞬で恋に落ちた。
オサール公爵令息のように舞い上がって婚約を破棄し、家の力まで使って口説き落とすような真似はしなかったが、彼の瞳はいつもマルールを映していた。
私のことを振り向きはしない。顔を合わせていても瞳に映すことはない。
婚約破棄はしない。
毎朝馬車で迎えに来てくれる。
でも馬車の中での会話はほとんどないし、下校のときは送ってくれない。教室の窓から、裏庭でオサール公爵令息と密会しているマルールを見つめるためだ。
やめて。
あの子を見ないで、私を見て!
そう叫びたいけれど、言えなかった。気づかなかった振りをすれば、ローレン様はこのまま私と結婚してくださるのだもの。
私にとって、ローレン様は救いだった。
だけどローレン様にとっては違う。
ローレン様は年若くして当主となったお兄様を支えるため、裕福なヌヴー伯爵家とつながりが強いルロワ侯爵家の娘と婚約を結んだだけだ。
──レオニーは凄いね、頑張っていて偉いよ。
未来の婿として私と一緒に領地運営について勉強しているとき、ローレン様はいつもそう言って褒めてくださった。
形だけの婚約者に対するお世辞だったとしても、私にとってその言葉は大切な宝物だった。
本当はルロワ侯爵家なんてどうでもいい。ヌヴー家の伯父様がおっしゃる通り、母が父と離縁して侯爵家を出てくれたら良いのにと思っている。母がそれを望まず、私には侯爵家の跡取りとしての未来しかない以上、縋るものはローレン様しかなかった。
午後の授業も終わった放課後。
蜂蜜色の夕焼けに染まりかけた教室で、私は窓際の席に座ったローレン様に声をかけた。
「そろそろ帰りませんか?」
「ああ、レオニー。ごめんね、少し用事があるんだ。先に帰ってくれるかな?」
「……わかりました」
最終学年になった私達は、部活動や委員会などからは引退している。
ローレン様は裏庭でオサール公爵令息と密会するマルールを見つめたいのだ。ほかに見つめられるときはない。
好きな相手がほかの人間と睦み合っている姿を見るなんて、辛くないのかしら? 私は好きな相手がほかの人間を見つめているだけで、心臓が引き千切られそうなほど苦しいのに。
行きはローレン様と同じ馬車で来たので、彼と下校出来ないなら帰りは徒歩になる。
それを心配だと思う気持ちさえ浮かばないくらい、今のローレン様は私に関心がないのだ。
いいや、本当は最初からそうだったのかもしれない。ヌヴー伯爵家からドゥニ伯爵家への援助を引き出すためだけに、ルロワ侯爵家の惨めな令嬢の相手をしていたのかもしれない。
なにかで私が死んで、マルールがルロワ侯爵家の跡取りとなったらローレン様は喜ぶのかしら。
オサール公爵令息はひとり息子なので、マルールが侯爵家の跡取りとなったら結婚することは出来ない。彼は婿に入れないし、彼女も嫁げなくなるからだ。
もしそうなったら、マルールは異母姉の代わりにローレン様と結婚することになるのだろうか。
病弱だったお父様を早くに亡くされた後、家督はローレン様のお兄様が継いでいらっしゃる。
ローレン様は私と結婚してルロワ家へ婿に入り、侯爵位を継ぐ予定だ。
彼は茶色い髪に茶色い瞳、性格もおっとりしていて地味な印象を受ける。
だけど、愛人親娘にしか興味のない父と、私を想ってくださっているのはわかるものの教育熱心で厳し過ぎる母という歪んだ家庭で育った私には、彼の存在が救いだった。
必要なことだとわかっていても、いつまでも続く跡取り娘としての教育は辛いし、厳しい母に褒めてもらえないのも悲しかった。そんな私にローレン様は、いつも優しく笑ってくださった。
マルールと出会うまでは。
私の異母妹と出会って、ローレン様は一瞬で恋に落ちた。
オサール公爵令息のように舞い上がって婚約を破棄し、家の力まで使って口説き落とすような真似はしなかったが、彼の瞳はいつもマルールを映していた。
私のことを振り向きはしない。顔を合わせていても瞳に映すことはない。
婚約破棄はしない。
毎朝馬車で迎えに来てくれる。
でも馬車の中での会話はほとんどないし、下校のときは送ってくれない。教室の窓から、裏庭でオサール公爵令息と密会しているマルールを見つめるためだ。
やめて。
あの子を見ないで、私を見て!
そう叫びたいけれど、言えなかった。気づかなかった振りをすれば、ローレン様はこのまま私と結婚してくださるのだもの。
私にとって、ローレン様は救いだった。
だけどローレン様にとっては違う。
ローレン様は年若くして当主となったお兄様を支えるため、裕福なヌヴー伯爵家とつながりが強いルロワ侯爵家の娘と婚約を結んだだけだ。
──レオニーは凄いね、頑張っていて偉いよ。
未来の婿として私と一緒に領地運営について勉強しているとき、ローレン様はいつもそう言って褒めてくださった。
形だけの婚約者に対するお世辞だったとしても、私にとってその言葉は大切な宝物だった。
本当はルロワ侯爵家なんてどうでもいい。ヌヴー家の伯父様がおっしゃる通り、母が父と離縁して侯爵家を出てくれたら良いのにと思っている。母がそれを望まず、私には侯爵家の跡取りとしての未来しかない以上、縋るものはローレン様しかなかった。
午後の授業も終わった放課後。
蜂蜜色の夕焼けに染まりかけた教室で、私は窓際の席に座ったローレン様に声をかけた。
「そろそろ帰りませんか?」
「ああ、レオニー。ごめんね、少し用事があるんだ。先に帰ってくれるかな?」
「……わかりました」
最終学年になった私達は、部活動や委員会などからは引退している。
ローレン様は裏庭でオサール公爵令息と密会するマルールを見つめたいのだ。ほかに見つめられるときはない。
好きな相手がほかの人間と睦み合っている姿を見るなんて、辛くないのかしら? 私は好きな相手がほかの人間を見つめているだけで、心臓が引き千切られそうなほど苦しいのに。
行きはローレン様と同じ馬車で来たので、彼と下校出来ないなら帰りは徒歩になる。
それを心配だと思う気持ちさえ浮かばないくらい、今のローレン様は私に関心がないのだ。
いいや、本当は最初からそうだったのかもしれない。ヌヴー伯爵家からドゥニ伯爵家への援助を引き出すためだけに、ルロワ侯爵家の惨めな令嬢の相手をしていたのかもしれない。
なにかで私が死んで、マルールがルロワ侯爵家の跡取りとなったらローレン様は喜ぶのかしら。
オサール公爵令息はひとり息子なので、マルールが侯爵家の跡取りとなったら結婚することは出来ない。彼は婿に入れないし、彼女も嫁げなくなるからだ。
もしそうなったら、マルールは異母姉の代わりにローレン様と結婚することになるのだろうか。
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