その瞳は囚われて

豆狸

文字の大きさ
2 / 8

第二話 彼の瞳は囚われて

しおりを挟む
 ドゥニ伯爵家のローレン様はルロワ侯爵令嬢レオニー、つまり私の婚約者だ。
 病弱だったお父様を早くに亡くされた後、家督はローレン様のお兄様が継いでいらっしゃる。
 ローレン様は私と結婚してルロワ家へ婿に入り、侯爵位を継ぐ予定だ。

 彼は茶色い髪に茶色い瞳、性格もおっとりしていて地味な印象を受ける。
 だけど、愛人親娘にしか興味のない父と、私を想ってくださっているのはわかるものの教育熱心で厳し過ぎる母という歪んだ家庭で育った私には、彼の存在が救いだった。
 必要なことだとわかっていても、いつまでも続く跡取り娘としての教育は辛いし、厳しい母に褒めてもらえないのも悲しかった。そんな私にローレン様は、いつも優しく笑ってくださった。

 マルールと出会うまでは。

 私の異母妹マルールと出会って、ローレン様は一瞬で恋に落ちた。
 オサール公爵令息のように舞い上がって婚約を破棄し、家の力まで使って口説き落とすような真似はしなかったが、彼の瞳はいつもマルールを映していた。
 私のことを振り向きはしない。顔を合わせていても瞳に映すことはない。

 婚約破棄はしない。
 毎朝馬車で迎えに来てくれる。
 でも馬車の中での会話はほとんどないし、下校のときは送ってくれない。教室の窓から、裏庭でオサール公爵令息と密会しているマルールを見つめるためだ。

 やめて。
 あの子を見ないで、私を見て!
 そう叫びたいけれど、言えなかった。気づかなかった振りをすれば、ローレン様はこのまま私と結婚してくださるのだもの。

 私にとって、ローレン様は救いだった。
 だけどローレン様にとっては違う。
 ローレン様は年若くして当主となったお兄様を支えるため、裕福なヌヴー伯爵家とつながりが強いルロワ侯爵家の娘と婚約を結んだだけだ。

 ──レオニーは凄いね、頑張っていて偉いよ。

 未来の婿として私と一緒に領地運営について勉強しているとき、ローレン様はいつもそう言って褒めてくださった。
 形だけの婚約者に対するお世辞だったとしても、私にとってその言葉は大切な宝物だった。
 本当はルロワ侯爵家なんてどうでもいい。ヌヴー家の伯父様がおっしゃる通り、母が父と離縁して侯爵家を出てくれたら良いのにと思っている。母がそれを望まず、私には侯爵家の跡取りとしての未来しかない以上、縋るものはローレン様しかなかった。

 午後の授業も終わった放課後。
 蜂蜜色の夕焼けに染まりかけた教室で、私は窓際の席に座ったローレン様に声をかけた。

「そろそろ帰りませんか?」
「ああ、レオニー。ごめんね、少し用事があるんだ。先に帰ってくれるかな?」
「……わかりました」

 最終学年になった私達は、部活動や委員会などからは引退している。
 ローレン様は裏庭でオサール公爵令息と密会するマルールを見つめたいのだ。ほかに見つめられるときはない。
 好きな相手がほかの人間と睦み合っている姿を見るなんて、辛くないのかしら? 私は好きな相手がほかの人間を見つめているだけで、心臓が引き千切られそうなほど苦しいのに。

 行きはローレン様と同じ馬車で来たので、彼と下校出来ないなら帰りは徒歩になる。
 それを心配だと思う気持ちさえ浮かばないくらい、今のローレン様は私に関心がないのだ。
 いいや、本当は最初からそうだったのかもしれない。ヌヴー伯爵家からドゥニ伯爵家への援助を引き出すためだけに、ルロワ侯爵家の惨めな令嬢の相手をしていたのかもしれない。

 なにかで私が死んで、マルールがルロワ侯爵家の跡取りとなったらローレン様は喜ぶのかしら。
 オサール公爵令息はひとり息子なので、マルールが侯爵家の跡取りとなったら結婚することは出来ない。彼は婿に入れないし、彼女も嫁げなくなるからだ。
 もしそうなったら、マルールは異母姉の代わりにローレン様と結婚することになるのだろうか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

もしも嫌いになれたなら

豆狸
恋愛
辛いのです、苦しいのです、疲れ果てたのです。 愛してくれない方を愛し続けるのは。 なのに、どんなに諦めようとしても感情が勝手に荒れ狂うのです。

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

夜会の夜の赤い夢

豆狸
恋愛
……どうして? どうしてフリオ様はそこまで私を疎んでいるの? バスキス伯爵家の財産以外、私にはなにひとつ価値がないというの? 涙を堪えて立ち去ろうとした私の体は、だれかにぶつかって止まった。そこには、燃える炎のような赤い髪の──

ミュリエル・ブランシャールはそれでも彼を愛していた

玉菜きゃべつ
恋愛
 確かに愛し合っていた筈なのに、彼は学園を卒業してから私に冷たく当たるようになった。  なんでも、学園で私の悪行が噂されているのだという。勿論心当たりなど無い。 噂などを頭から信じ込むような人では無かったのに、何が彼を変えてしまったのだろう。 私を愛さない人なんか、嫌いになれたら良いのに。何度そう思っても、彼を愛することを辞められなかった。 ある時、遂に彼に婚約解消を迫られた私は、愛する彼に強く抵抗することも出来ずに言われるがまま書類に署名してしまう。私は貴方を愛することを辞められない。でも、もうこの苦しみには耐えられない。 なら、貴方が私の世界からいなくなればいい。◆全6話

この幻が消えるまで

豆狸
恋愛
「君は自分が周りにどう見られているのかわかっているのかい? 幻に悋気を妬く頭のおかしい公爵令嬢だよ?」 なろう様でも公開中です。

真実の愛だった、運命の恋だった。

豆狸
恋愛
だけど不幸で間違っていた。

それは報われない恋のはずだった

ララ
恋愛
異母妹に全てを奪われた。‥‥ついには命までもーー。どうせ死ぬのなら最期くらい好きにしたっていいでしょう? 私には大好きな人がいる。幼いころの初恋。決して叶うことのない無謀な恋。 それはわかっていたから恐れ多くもこの気持ちを誰にも話すことはなかった。けれど‥‥死ぬと分かった今ならばもう何も怖いものなんてないわ。 忘れてくれたってかまわない。身勝手でしょう。でも許してね。これが最初で最後だから。あなたにこれ以上迷惑をかけることはないわ。 「幼き頃からあなたのことが好きでした。私の初恋です。本当に‥‥本当に大好きでした。ありがとう。そして‥‥さよなら。」 主人公 カミラ・フォーテール 異母妹 リリア・フォーテール

処理中です...