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第四話 母の想い
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ポールはね、マチュー子爵家の長男だったの。
私が幼いころからの婚約者だった。
あなたを助けてくれた、あのアレクシという青年と同じで黒髪に青い瞳で、でも彼と同じ年ごろだったときのポールの肌は白かったわね。
彼よりふたつ年下の私が学園を卒業するまで婚約は続いていたわ。
あなたに教えた蜂蜜色の泉を見つけて、私を連れて行ってくれたのはポールなのよ。
でも私達が学園を卒業してすぐにマチュー子爵家は破産して爵位を返上してしまったの。ポールのお父様が浪費家で……女性に騙されやすい方だったからだと思うわ。
そのころは我が家もそれほど羽振りが良くはなかったの。
うちが台頭したのは、お兄様が家督を継がれてからよ。
あなたのお爺様は浪費家ではなかったけれど、節約するあまり必要なお金も切り詰めるような方だったの。子どもに対しては優しかったし、お兄様の無謀ともいえる投資計画が破綻しなかったのはお父様が締めるべきところを締めてくださっていたからだと思っているけれど。
ポールはお兄様と同い年で親友でもあったから、婚約が解消された後も付き合いはあったし、私は彼を愛していたわ。
お兄様の計画が当たってヌヴー伯爵家の羽振りが良くなって、ポールが立ち上げたカミーユ商会も軌道に乗り始めたころ、私達の再婚約の話が出たの。
嬉しかったわ。だってずっと待ち望んでいたんですもの。
でもポールは男としての矜持を満たしてからにしたかったのね。
ヌヴー伯爵家からの援助をすべて返済するために、少し無茶な商売を始めたの。海賊が蔓延る海を越えて南の大陸と貿易をする商売よ。儲けは大きいけれど、危険はもっと大きいわ。
それでもポールはいつも無事に戻ってきて、次の航海が終わったら再婚約をしようというときに……彼の船を大嵐が襲ったの。
王国の浜辺に彼の死体が打ち上げられたわ。
実際はポールではなく、マチュー子爵家がなくなった後も力を合わせて商会を盛り立てていた彼の弟、あのアレクシの父親だったのだけれど、激しい波で岩に打ち付けられて顔も体もボロボロになっていたから間違えてしまったのよ。
あの男……ごめんなさい。あなたの父親ルロワ侯爵が私に結婚を申し込んできたのはそんなときだったわ。
私よりみっつ年上だったから三年制の学園で同時期に在学していたことはないけれど、ポールのお父様と同じ種類の人間だということは知っていたわ。女遊びが酷くて最初の婚約者に逃げられたことも。
だけど心を入れ替えて、これからは私を大切にすると言ってくれたし、なにより半狂乱になってポールの後を追おうとしていた私を案じた家族が認めて、私はルロワ侯爵夫人になったの。
半年後にポールが戻って来たとき、私のお腹にはあなたがいたわ。
レオニー、私はあなたを愛しているわ。
愛しているから申し訳なかったの。
あなたの父親を愛せない自分が。言い訳になるけれど、愛そうとする努力はしたのよ? だけど私を大切にすると言った舌の根も乾かないうちに、私の持参金で下町に愛人を囲い始めた人間を愛するために努力し続けることは出来なかったわ。
お兄様が言った通り、離縁してヌヴー伯爵家へ戻れば良かったのかもしれないわね。
あなたも一緒に連れて行けるのなら、それでも良かった。
でもルロワ侯爵はヌヴー伯爵家から援助を搾り取り続けるために、あなたを手放さないかもしれない。私からあなたを引き離すかもしれない。それが怖かったの。
逃げられないのなら、あなたにあなたを守るものを与えたかった。
だから侯爵家の跡取り娘として厳しく教育したし、お兄様の伝手でドゥニ伯爵家との婚約も結んだのだけれど……結局どちらもあなたを傷つけただけだったわね。
私がもっと魅力的な女で、愛人からあの男を引き剥がすことが出来ていれば、あなたを苦しめることもなかったのにね。
★ ★ ★ ★ ★
アレクシが私をルロワ侯爵邸へ送り届けて帰った後、母と長い間話をした。
彼がちょうど良く私を助けに現れてくれたのは、カミーユ商会の会頭の命令だったという。
海賊に雇われることもある貧民街のならず者達の動向に気を配っていた会頭は、ルロワ侯爵の不穏な動きに気づいて私と母を案じてくれていたのだ。
帰る前にアレクシは私達親娘に、逃げることと負けることは同じではない、と言ってくれた。襲い来る海賊すべてと戦っていたのでは大事な積み荷は守れないから、と笑いながら。
私もそう思う。
ただ我慢するだけではなにも変わらない。ローレン様は私を振り向かない。父が母を大切にすることもない。
本当は最初からわかっていた。気づかない振りをしていただけだ。結婚さえしたら、ローレン様が私を見てくれるのではないかと都合の良い夢を見ていただけだ。
私を襲った男はカミーユ商会が確保している。
エーヴはしばらく安静が必要だが、カンタンの治療のおかげで生命の危機はない。彼はアレクシの従者で、海賊達の使う毒に対抗するすべを研究しているのだという。
──私と母はヌヴー伯爵である伯父様に今回のことを伝えた。
私が幼いころからの婚約者だった。
あなたを助けてくれた、あのアレクシという青年と同じで黒髪に青い瞳で、でも彼と同じ年ごろだったときのポールの肌は白かったわね。
彼よりふたつ年下の私が学園を卒業するまで婚約は続いていたわ。
あなたに教えた蜂蜜色の泉を見つけて、私を連れて行ってくれたのはポールなのよ。
でも私達が学園を卒業してすぐにマチュー子爵家は破産して爵位を返上してしまったの。ポールのお父様が浪費家で……女性に騙されやすい方だったからだと思うわ。
そのころは我が家もそれほど羽振りが良くはなかったの。
うちが台頭したのは、お兄様が家督を継がれてからよ。
あなたのお爺様は浪費家ではなかったけれど、節約するあまり必要なお金も切り詰めるような方だったの。子どもに対しては優しかったし、お兄様の無謀ともいえる投資計画が破綻しなかったのはお父様が締めるべきところを締めてくださっていたからだと思っているけれど。
ポールはお兄様と同い年で親友でもあったから、婚約が解消された後も付き合いはあったし、私は彼を愛していたわ。
お兄様の計画が当たってヌヴー伯爵家の羽振りが良くなって、ポールが立ち上げたカミーユ商会も軌道に乗り始めたころ、私達の再婚約の話が出たの。
嬉しかったわ。だってずっと待ち望んでいたんですもの。
でもポールは男としての矜持を満たしてからにしたかったのね。
ヌヴー伯爵家からの援助をすべて返済するために、少し無茶な商売を始めたの。海賊が蔓延る海を越えて南の大陸と貿易をする商売よ。儲けは大きいけれど、危険はもっと大きいわ。
それでもポールはいつも無事に戻ってきて、次の航海が終わったら再婚約をしようというときに……彼の船を大嵐が襲ったの。
王国の浜辺に彼の死体が打ち上げられたわ。
実際はポールではなく、マチュー子爵家がなくなった後も力を合わせて商会を盛り立てていた彼の弟、あのアレクシの父親だったのだけれど、激しい波で岩に打ち付けられて顔も体もボロボロになっていたから間違えてしまったのよ。
あの男……ごめんなさい。あなたの父親ルロワ侯爵が私に結婚を申し込んできたのはそんなときだったわ。
私よりみっつ年上だったから三年制の学園で同時期に在学していたことはないけれど、ポールのお父様と同じ種類の人間だということは知っていたわ。女遊びが酷くて最初の婚約者に逃げられたことも。
だけど心を入れ替えて、これからは私を大切にすると言ってくれたし、なにより半狂乱になってポールの後を追おうとしていた私を案じた家族が認めて、私はルロワ侯爵夫人になったの。
半年後にポールが戻って来たとき、私のお腹にはあなたがいたわ。
レオニー、私はあなたを愛しているわ。
愛しているから申し訳なかったの。
あなたの父親を愛せない自分が。言い訳になるけれど、愛そうとする努力はしたのよ? だけど私を大切にすると言った舌の根も乾かないうちに、私の持参金で下町に愛人を囲い始めた人間を愛するために努力し続けることは出来なかったわ。
お兄様が言った通り、離縁してヌヴー伯爵家へ戻れば良かったのかもしれないわね。
あなたも一緒に連れて行けるのなら、それでも良かった。
でもルロワ侯爵はヌヴー伯爵家から援助を搾り取り続けるために、あなたを手放さないかもしれない。私からあなたを引き離すかもしれない。それが怖かったの。
逃げられないのなら、あなたにあなたを守るものを与えたかった。
だから侯爵家の跡取り娘として厳しく教育したし、お兄様の伝手でドゥニ伯爵家との婚約も結んだのだけれど……結局どちらもあなたを傷つけただけだったわね。
私がもっと魅力的な女で、愛人からあの男を引き剥がすことが出来ていれば、あなたを苦しめることもなかったのにね。
★ ★ ★ ★ ★
アレクシが私をルロワ侯爵邸へ送り届けて帰った後、母と長い間話をした。
彼がちょうど良く私を助けに現れてくれたのは、カミーユ商会の会頭の命令だったという。
海賊に雇われることもある貧民街のならず者達の動向に気を配っていた会頭は、ルロワ侯爵の不穏な動きに気づいて私と母を案じてくれていたのだ。
帰る前にアレクシは私達親娘に、逃げることと負けることは同じではない、と言ってくれた。襲い来る海賊すべてと戦っていたのでは大事な積み荷は守れないから、と笑いながら。
私もそう思う。
ただ我慢するだけではなにも変わらない。ローレン様は私を振り向かない。父が母を大切にすることもない。
本当は最初からわかっていた。気づかない振りをしていただけだ。結婚さえしたら、ローレン様が私を見てくれるのではないかと都合の良い夢を見ていただけだ。
私を襲った男はカミーユ商会が確保している。
エーヴはしばらく安静が必要だが、カンタンの治療のおかげで生命の危機はない。彼はアレクシの従者で、海賊達の使う毒に対抗するすべを研究しているのだという。
──私と母はヌヴー伯爵である伯父様に今回のことを伝えた。
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