その瞳は囚われて

豆狸

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第五話 薄っぺらい約束

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「ルロワ侯爵」

 襲撃があってから数日後、伯父様ヌヴー伯爵我が家ルロワ侯爵邸を訪れた。
 父とマルールを前に、伯父様が話を始めた。
 私と母は伯父様の側にいる。

カミーユに求婚なさったとき、あなたはお約束してくださいましたよね。カミーユひとりを愛する、絶対に愛人など作らない、と」
「先に裏切ったのはその女のほうだ。私と結婚しても前の男のことを思い続けていた」

 父はふてぶてしい態度で答えた。
 隣のマルールは少し戸惑ったような表情をしている。

「おや? おかしなことをおっしゃいますね。そんなこと初めからわかっていたではありませんか。喪った元婚約者を想うカミーユを自分が癒すから、今は愛されなくてもかまわないから、そうおっしゃって妹に求婚してくださったのではないですか」
「……」
「そもそもポールが戻るより早く、侯爵はそのお嬢さんの母親を下町に囲いましたよね? 私の妹の持参金で!」
「人の状況は変わるものだ! たかが口約束で責められても困る!」
「口約束ではありませんよ」

 伯父様が連れてきていた従者から一枚の紙を受け取った。

「カミーユとあなたの結婚が決まったときに書いていただいた契約書です。ここにちゃんと書いてある。あなたが約束を破ったときには、そちらの責任で離縁するとね」
「……まだそんなものを持っていたのか」
「カミーユが離縁を言い出さないから捨ててしまったとでも思っていましたか? とんでもない! カミーユはレオニーと別れたくないから離縁を申し出なかっただけです」
「あ、ああ、そうだ。レオニーは私の娘だ! その女と離縁してもいいが、レオニーは渡さんぞ!」

 愛された記憶はない。
 父はいつも下町にあるマルールとその母親の家に入り浸り、侯爵邸へ戻って来たときは彼女と私を比べて罵ってきた。
 たぶん父には私がヌヴー伯爵家から金を引き出す財布にでも見えているのだろう。伯父様は情に厚い方だ。姪である私がいる限り、ルロワ侯爵家への援助を渋ることはない。

「……ここにもう一枚あります。こちらは供述書です」
「供述書?」
「ルロワ侯爵。あなたは私の姪レオニーをならず者に襲わせましたね。幸い助けが入って事なきを得ましたが、実の父親がすることではないでしょう。穢されたら貴族令嬢として生きてはいけない。行き場がなくなるレオニーを人質にして、カミーユにそちらのお嬢さんを認めろと脅すつもりだったそうですね」
「な、ならず者の発言などに信憑性はない!」
「そうでしょうか?……おとなしく妹と姪から手を放してくださるなら、これまでに援助した金を返せとは言いません。ですが抵抗なさるのなら、この供述書をばら撒きましょう。貴族として生まれ育ったあなたが、ヌヴー伯爵家からの援助がなくなるだけならまだしも、実の娘をならず者に襲わせようとした卑劣な男と軽蔑されて貴族社会から締め出されても生きていけるものですかね?」
「そんなものをばら撒いたらレオニーの名前にも傷がつくぞ!」
「私はかまいません」

 私は父を睨みつけた。
 この人に愛されたいと願ったこともあった。マルールのところではなく、私のところにいて欲しいと頼んだこともあった。
 でも無理だった。ローレン様と同じ。父も私を振り向かない。

「ずっと伯父様に面倒を見てもらうわけにもいきませんもの。この家を出たら、私は平民になって自分で稼いで生きていきます。……平民なら、もう働いている年齢ですしね」

 貴族令嬢でないからといって醜聞が怖くないわけではない。
 貶めるような噂を流されるのは、だれだって嫌だ。
 けれど平民なら貴族よりも噂が消えるのが早い。家名で印象付けられることがないからだ。私がいなくなった後でルロワ侯爵家の娘の悪い噂が流れたら、傷つくのはむしろ私よりもマルールのほうだろう。

「嘘。……嘘でしょう? 奥様がお金にあかせて無理矢理お父様と結婚したのではないの? お父様と結婚する代わりにお母様とのことを許したのではないの?」

 父の手の中の契約書と供述書を横から眺めて、マルールは顔色を変えていた。
 呟いている言葉は彼女がこれまで信じていたことなのだろうか。そんな都合の良い嘘を信じていたから、明るく朗らかに振る舞えていたのだろうか。
 金の髪と緑の瞳。だれからも愛される美貌はそのままだけど、真実を知った彼女からは明るく朗らかな心は消えてしまったように見える。

 その後も父と伯父様の会話は続き、ときおり母と私が口を挟んで、最終的に母と私がルロワ侯爵家から出て行くことに決まった。
 この国の法律では当主に正妻がいる場合は家に子どもを引き取るのに正妻の許可が必要だが、当主が独身なら本人の許可だけで可能だ。
 マルールは正式にルロワ侯爵令嬢として認められる。でも──彼女の愛する人とは結ばれることはない。会話の間中呆然としていた彼女は、それに気づいているのだろうか。
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