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第八話 私が戻る前のデクストラ王国で
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「……アンリエットが戻ってくる」
喜色満面の婚約者に、ジークフリードは溜息を漏らす。
ここは彼の執務室だ。
「嬉しそうだね、愛しいガートルード。やっぱり妬けてしまうな」
「……莫迦ね」
ソファに座ってアンリエットからの私的な手紙を読んでいたガートルードは立ち上がり、机に向かって業務中のジークフリードに近づいてキスをした。
「ふふっ。ありがとう、愛しいガートルード。……考えたんだけどね、ラインハルトの謹慎は夏祭りの前に解く予定だろう? アンリエット嬢とヘイゼル陛下を招いての私的な食事会のとき、ラインハルトと一緒にプラエドーを呼ぼうと思うんだ」
「……あの女を?」
「どうにも尻尾を出さないからね。今のところは第二王子の妃に収まれそうなことで満足しているんだと思う。だけどさ、王妃になるために僕や父の命を狙ってくるのなら対応もできるけど、君や母上を狙われたらたまらないと思って。だから早く処分してしまいたいんだ」
「……ジークフリードも国王陛下もあの女に惑わされるような莫迦じゃない」
「まあね。でも彼女は精霊の力でなんでもできると思ってるんじゃないかな。ラインハルトとの正式な婚約を祝福した上で、弟の口から王位継承権を返上して平民になると言わせようと思う」
「……上手く行く?」
「上手く行かせる」
「ん。……信じてる」
「ありがとう、愛しいガートルード」
ふたりはもう一度キスを交わした。
「……ただ、アンリエットをあの女と同席させるのは可哀相」
「それは僕も思うんだけど、僕達だけじゃあの女もなにか仕掛けられるんじゃないかって疑うよ。それにヘイゼル陛下なら、あの女が暴れても妻であるアンリエット嬢のことを命に懸けても守るだろう」
「ん」
毎年シニストラ王国の秋祭りを訪問しているふたりは、ヘイゼル王とも面識がある。
少なくとも彼らの知る限り、ヘイゼルは真面目過ぎるのが玉に瑕の穏やかで優しい男だった。
まさか自分から打診してきた辺境伯令嬢アンリエットとの関係が白い結婚だとは思ってもいない。そうだと知っていれば、どちらもアンリエットを連れ戻していた。ガートルードはアンリエットを姉妹のように思っているし、ジークフリードとしてもデクストラの王家を挟んだ婚姻で、人違いだったなどという戯言は許せない。ましてやヘイゼルの愛する女は、アンリエットを騙った犯罪者だ。
「……アンリエットはクラウディア様とも上手くやっている。花壇をもらって香草を育てているの。私に加密列のお茶を持ってきてくれると言うわ」
「そうか。彼女が育てた香草で調合してくれたお茶は美味しかったね。ラインハルトは体力に任せて無理をするから、今年は半月近く寝込んでしまったよ」
「……自業自得」
謹慎しているラインハルトはすることがなく、離れの庭で剣の素振りばかりしていた。
去年までも騎士団の訓練に参加して体を酷使していたのだが、今年はアンリエットの淹れる薄荷のお茶もお菓子もなかった。
そのせいかどうかまではわからないものの、彼は熱中症で倒れて寝込んでいるうちに夏風邪まで引いて、半月近く寝床から離れられなかった。話を聞いたプラエドーが見舞いに来たがったけれど、ラインハルトはそれを拒んだ。彼女を罠にかけようという今は、むしろ見舞いでも看病でもさせて仲が深まっている振りをして欲しかったのに、ラインハルトはどうしてもプラエドーを受け入れなかった。
「……あの女も来ること、アンリエットに手紙で伝えておく」
言いながら、ガートルードはジークフリードを見つめた。
第一王子は苦笑して、婚約者に視線を返す。
「わかってる。アンリエット嬢がどうしても嫌だと言うのなら、ほかの作戦を考えよう。これはデクストラ王国の問題だからね」
「ん」
ガートルードは満足そうに首肯して、ソファに戻った。
少し寂しく感じながらも、ジークフリードは仕事を再開する。
早く終わらせれば、それだけ一緒に過ごせる時間が増えるのだ。
喜色満面の婚約者に、ジークフリードは溜息を漏らす。
ここは彼の執務室だ。
「嬉しそうだね、愛しいガートルード。やっぱり妬けてしまうな」
「……莫迦ね」
ソファに座ってアンリエットからの私的な手紙を読んでいたガートルードは立ち上がり、机に向かって業務中のジークフリードに近づいてキスをした。
「ふふっ。ありがとう、愛しいガートルード。……考えたんだけどね、ラインハルトの謹慎は夏祭りの前に解く予定だろう? アンリエット嬢とヘイゼル陛下を招いての私的な食事会のとき、ラインハルトと一緒にプラエドーを呼ぼうと思うんだ」
「……あの女を?」
「どうにも尻尾を出さないからね。今のところは第二王子の妃に収まれそうなことで満足しているんだと思う。だけどさ、王妃になるために僕や父の命を狙ってくるのなら対応もできるけど、君や母上を狙われたらたまらないと思って。だから早く処分してしまいたいんだ」
「……ジークフリードも国王陛下もあの女に惑わされるような莫迦じゃない」
「まあね。でも彼女は精霊の力でなんでもできると思ってるんじゃないかな。ラインハルトとの正式な婚約を祝福した上で、弟の口から王位継承権を返上して平民になると言わせようと思う」
「……上手く行く?」
「上手く行かせる」
「ん。……信じてる」
「ありがとう、愛しいガートルード」
ふたりはもう一度キスを交わした。
「……ただ、アンリエットをあの女と同席させるのは可哀相」
「それは僕も思うんだけど、僕達だけじゃあの女もなにか仕掛けられるんじゃないかって疑うよ。それにヘイゼル陛下なら、あの女が暴れても妻であるアンリエット嬢のことを命に懸けても守るだろう」
「ん」
毎年シニストラ王国の秋祭りを訪問しているふたりは、ヘイゼル王とも面識がある。
少なくとも彼らの知る限り、ヘイゼルは真面目過ぎるのが玉に瑕の穏やかで優しい男だった。
まさか自分から打診してきた辺境伯令嬢アンリエットとの関係が白い結婚だとは思ってもいない。そうだと知っていれば、どちらもアンリエットを連れ戻していた。ガートルードはアンリエットを姉妹のように思っているし、ジークフリードとしてもデクストラの王家を挟んだ婚姻で、人違いだったなどという戯言は許せない。ましてやヘイゼルの愛する女は、アンリエットを騙った犯罪者だ。
「……アンリエットはクラウディア様とも上手くやっている。花壇をもらって香草を育てているの。私に加密列のお茶を持ってきてくれると言うわ」
「そうか。彼女が育てた香草で調合してくれたお茶は美味しかったね。ラインハルトは体力に任せて無理をするから、今年は半月近く寝込んでしまったよ」
「……自業自得」
謹慎しているラインハルトはすることがなく、離れの庭で剣の素振りばかりしていた。
去年までも騎士団の訓練に参加して体を酷使していたのだが、今年はアンリエットの淹れる薄荷のお茶もお菓子もなかった。
そのせいかどうかまではわからないものの、彼は熱中症で倒れて寝込んでいるうちに夏風邪まで引いて、半月近く寝床から離れられなかった。話を聞いたプラエドーが見舞いに来たがったけれど、ラインハルトはそれを拒んだ。彼女を罠にかけようという今は、むしろ見舞いでも看病でもさせて仲が深まっている振りをして欲しかったのに、ラインハルトはどうしてもプラエドーを受け入れなかった。
「……あの女も来ること、アンリエットに手紙で伝えておく」
言いながら、ガートルードはジークフリードを見つめた。
第一王子は苦笑して、婚約者に視線を返す。
「わかってる。アンリエット嬢がどうしても嫌だと言うのなら、ほかの作戦を考えよう。これはデクストラ王国の問題だからね」
「ん」
ガートルードは満足そうに首肯して、ソファに戻った。
少し寂しく感じながらも、ジークフリードは仕事を再開する。
早く終わらせれば、それだけ一緒に過ごせる時間が増えるのだ。
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