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第九話 私の精霊の花が咲きました。
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──お前の髪、綺麗だな。
義姉上の髪も黒いけど、光に透けると茶色くなるから俺らと同じなんだ。
お前の瞳も綺麗だ。紫色の瞳なんて初めて見た。
うむ。俺のアンリエットは世界にたったひとりだな。
なんだ? 世界には同じ髪と瞳の色の人間がいるかもしれない?
だったらデクストラ王国にひとりだ。
俺のアンリエットは、デクストラ王国にたったひとりの宝物だ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
母のことは好きだったけれど、髪や瞳の色は父や兄と同じものが良いと思っていました。
だって周囲に同じ色の髪と瞳を持つ人がいなかったのですから。
自分の髪と瞳を好きになれたのは、婚約したときのラインハルト殿下のお言葉のおかげでした。今考えてみると、彼の言葉は皮肉な予言だったのかもしれません。ラインハルト殿下に婚約破棄され、結婚相手のヘイゼル陛下にも愛されていない私は、世界にたったひとりです。
ガタン、と馬車が揺れて目を覚まします。
私とヘイゼル陛下は、デクストラ王国の夏祭りに招かれて王都へ向かっていました。
向かいの席に座った陛下が心配そうに見つめています。侍女達は後続の馬車の中です。
「大丈夫かい?……涙が」
「申し訳ありません。昔の夢を見ていました」
「そうか。辺境伯領を訪れたことで記憶が刺激されたのだろう。本当に泊まらなくてもいいのかい?」
「なるべく王都で過ごしたほうが、陛下のお探しの方は見つかりやすいでしょう」
「……アンリエット、君は……」
「陛下、申し訳ございません。もうしばらく眠っていてもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。無理をさせてすまない」
「お疲れなのは陛下のほうですわ」
夏祭りの訪問に向けてヘイゼル陛下は無理をして仕事を片付けていました。
去年と同じ夏祭りで愛する人と再会できることを願って励まれたのでしょう。
私も出発前にできる限りのことをしてきました。訪問中の花壇はクラウディア様が見てくださるそうです。
「そうだな。私も眠るとしよう」
陛下が瞼を閉じるのを待って、私も目を閉じました。
実家の辺境伯領で泊まらなかったのは、父や兄と長く過ごしたら真実に気づかれそうだったからです。
ヘイゼル陛下が私を愛していないこと、陛下にはほかに愛する人がいること、私達が結ばれていないこと、すべて明かすわけにはいかないことです。王都まで同行すると言われたらどうしようかと思っていましたが、社交界が苦手な父と兄は今年も欠席を決めていました。以前から、王宮で暮らす私に社交を任せて領地に引き籠っていた家族なのです。
閉じた瞼の裏側で、銀色の光が瞬きます。
ヘイゼル陛下の銀髪が日を浴びたときのようですが、そこには私の瞳と同じ紫色の輝きが混じっています。
(……本当にいいの?……)
心の中で幼い声が尋ねます。
私も心の中で答えます。
(……本当にいいのです。ヘイゼル陛下の愛する人を見つけて差し上げてください)
(……わかったよ、アンリエット)
シニストラ王国を出発する日の朝、精霊の花が咲きました。透き通るような白い花で、光を浴びると銀色に煌めきます。閉じた瞼の裏と同じように、紫色の輝きが混じっていました。
それから心の中に知らないだれかが住み着きました。
おそらく精霊なのだと思います。私が願った通り、ヘイゼル陛下の愛する人を見つけてくれる精霊です。精霊は、願いを叶える代償に私の生命力が欲しいと言いました。
もちろん私は受け入れました。
どれくらいの生命力を支払わなくてはいけないのかはわかりません。もしも望みが叶うなら、支払ってそのまま死んでしまえればいいのにと思います。会ったばかりの父と兄、後続の馬車の侍女達には悪いと思っています。でもこれ以上心が死んでいくのは嫌なのです。体も一緒に死んでしまえば、愚かな希望を抱いて蘇ることもないではありませんか。
王都に着いたら、王宮でガートルード様やジークフリード殿下との私的な食事会が待っています。それにはラインハルト殿下とプラエドー様も出席なさるそうです。
(……精霊の匂いがするよ、アンリエット。馬車が向かっている先に精霊がいる)
(……そうなの? 通り過ぎてきた湖の底ではなくて? お友達になれるといいですね)
(……どうかなあ)
幼い声を聞きながら、私は眠りに就きました。
よく考えれば死ぬ必要はありません。ヘイゼル陛下の愛する人が見つかれば、私の苦しみはすべて終わるのです。
お優しい陛下は初夜に誓った約束を果たしてくださることでしょう。
お土産の袋から安眠をもたらす加密列の香りがします。
ガートルード様と再会するのが楽しみです。なにも話す気はありませんが、彼女には私の心が死んでいることを気づかれてしまうかもしれません。
彼女の怒りが爆発する前に、陛下の愛する人を見つけられますように。
義姉上の髪も黒いけど、光に透けると茶色くなるから俺らと同じなんだ。
お前の瞳も綺麗だ。紫色の瞳なんて初めて見た。
うむ。俺のアンリエットは世界にたったひとりだな。
なんだ? 世界には同じ髪と瞳の色の人間がいるかもしれない?
だったらデクストラ王国にひとりだ。
俺のアンリエットは、デクストラ王国にたったひとりの宝物だ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
母のことは好きだったけれど、髪や瞳の色は父や兄と同じものが良いと思っていました。
だって周囲に同じ色の髪と瞳を持つ人がいなかったのですから。
自分の髪と瞳を好きになれたのは、婚約したときのラインハルト殿下のお言葉のおかげでした。今考えてみると、彼の言葉は皮肉な予言だったのかもしれません。ラインハルト殿下に婚約破棄され、結婚相手のヘイゼル陛下にも愛されていない私は、世界にたったひとりです。
ガタン、と馬車が揺れて目を覚まします。
私とヘイゼル陛下は、デクストラ王国の夏祭りに招かれて王都へ向かっていました。
向かいの席に座った陛下が心配そうに見つめています。侍女達は後続の馬車の中です。
「大丈夫かい?……涙が」
「申し訳ありません。昔の夢を見ていました」
「そうか。辺境伯領を訪れたことで記憶が刺激されたのだろう。本当に泊まらなくてもいいのかい?」
「なるべく王都で過ごしたほうが、陛下のお探しの方は見つかりやすいでしょう」
「……アンリエット、君は……」
「陛下、申し訳ございません。もうしばらく眠っていてもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。無理をさせてすまない」
「お疲れなのは陛下のほうですわ」
夏祭りの訪問に向けてヘイゼル陛下は無理をして仕事を片付けていました。
去年と同じ夏祭りで愛する人と再会できることを願って励まれたのでしょう。
私も出発前にできる限りのことをしてきました。訪問中の花壇はクラウディア様が見てくださるそうです。
「そうだな。私も眠るとしよう」
陛下が瞼を閉じるのを待って、私も目を閉じました。
実家の辺境伯領で泊まらなかったのは、父や兄と長く過ごしたら真実に気づかれそうだったからです。
ヘイゼル陛下が私を愛していないこと、陛下にはほかに愛する人がいること、私達が結ばれていないこと、すべて明かすわけにはいかないことです。王都まで同行すると言われたらどうしようかと思っていましたが、社交界が苦手な父と兄は今年も欠席を決めていました。以前から、王宮で暮らす私に社交を任せて領地に引き籠っていた家族なのです。
閉じた瞼の裏側で、銀色の光が瞬きます。
ヘイゼル陛下の銀髪が日を浴びたときのようですが、そこには私の瞳と同じ紫色の輝きが混じっています。
(……本当にいいの?……)
心の中で幼い声が尋ねます。
私も心の中で答えます。
(……本当にいいのです。ヘイゼル陛下の愛する人を見つけて差し上げてください)
(……わかったよ、アンリエット)
シニストラ王国を出発する日の朝、精霊の花が咲きました。透き通るような白い花で、光を浴びると銀色に煌めきます。閉じた瞼の裏と同じように、紫色の輝きが混じっていました。
それから心の中に知らないだれかが住み着きました。
おそらく精霊なのだと思います。私が願った通り、ヘイゼル陛下の愛する人を見つけてくれる精霊です。精霊は、願いを叶える代償に私の生命力が欲しいと言いました。
もちろん私は受け入れました。
どれくらいの生命力を支払わなくてはいけないのかはわかりません。もしも望みが叶うなら、支払ってそのまま死んでしまえればいいのにと思います。会ったばかりの父と兄、後続の馬車の侍女達には悪いと思っています。でもこれ以上心が死んでいくのは嫌なのです。体も一緒に死んでしまえば、愚かな希望を抱いて蘇ることもないではありませんか。
王都に着いたら、王宮でガートルード様やジークフリード殿下との私的な食事会が待っています。それにはラインハルト殿下とプラエドー様も出席なさるそうです。
(……精霊の匂いがするよ、アンリエット。馬車が向かっている先に精霊がいる)
(……そうなの? 通り過ぎてきた湖の底ではなくて? お友達になれるといいですね)
(……どうかなあ)
幼い声を聞きながら、私は眠りに就きました。
よく考えれば死ぬ必要はありません。ヘイゼル陛下の愛する人が見つかれば、私の苦しみはすべて終わるのです。
お優しい陛下は初夜に誓った約束を果たしてくださることでしょう。
お土産の袋から安眠をもたらす加密列の香りがします。
ガートルード様と再会するのが楽しみです。なにも話す気はありませんが、彼女には私の心が死んでいることを気づかれてしまうかもしれません。
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