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第四話 婚約破棄の後で
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「侯爵家のベーゼを新しい婚約者にすることなど出来るわけがないでしょう? 跡取りがいなくなって侯爵家が潰れてしまうわ」
王太子の母は、夫亡き後ひとりで彼を育ててくれた女王だった。
「そもそも姉を殺して妹を娶るなんて外聞の悪いことが出来ると思うの?」
「あれはソフィーが勝手に……」
「自害したいと思うほど追い詰めていたのでしょう? 貴方とあの娘が。公衆の面前で婚約破棄をするだなんて正気の沙汰とは思えなくてよ」
「……は、母上が悪いのです! どんなに私がお願いしても婚約を解消してくださらなくて! そんなに親友だったソフィーの母親が大事なのですか? 他人の恋人を奪い取って夫にした、卑しい悪女ではありませんか!」
王太子の言葉に、女王は目を見開いた。
「なにを言っているの? だれにそんなことを聞いたの? ソフィーの母親と彼女の夫は幼いころからの婚約者で、私と貴方の父親と同じように相思相愛で結婚したのよ? 貴方の父親を奪ったのと同じ流行り病でソフィーの母親が亡くなったとき、彼女の夫は後を追おうとまでしていたわ。ソフィーのためにと引き留めて説得して……心の安らぎになるのなら、と初めて見るベーゼの母親との再婚も祝福したけれど……」
彼女は小さな声で、やっぱりあのときソフィーを王宮で引き取っていれば良かった、と呟いた。
それを聞いて、冗談ではない、と王太子は思う。
婚約者であるにもかかわらず可愛げのない凍りついたような笑みしか見せなかったソフィーと自分の私的な空間である王宮でまで一緒に過ごしたくはない。
「ソフィーの父親は、彼女とは絶対に一緒に食事を摂らないほど彼女を嫌っていました。彼女の母親である先妻を嫌っていたからでしょう?」
「どういうこと? ソフィーは家族と一緒に食事を摂っていなかったの? 貴方はそれを知りながら私に報告もしなかったの? 彼女は貴方の婚約者なのよ?」
「嫌われているのは本人が悪いのです。彼女は妹のベーゼを虐めていました」
「……自分の取り巻きに命じて、異母姉が友達とお茶を楽しんでいるところにスズメバチの巣を投げ込むような娘が虐められていたって言うの?」
「虐められて追い詰められていたから、そうやって反撃に出るしかなかったのです。それにあれはベーゼを慕う男爵令嬢が勝手にやったことです」
自信満々に語る王太子に、女王は言葉を失った。
しばらく沈黙が続き、女王は溜息の後で王太子に告げた。
「貴方は私のたったひとりの子ども。この国を継ぐのは貴方しかいません。貴方が結婚するのは問題のない令嬢でなくてはならないわ。自害した姉のいる侯爵家のベーゼでは駄目なのよ」
「母上……っ!」
「……あの娘が婿を取り、侯爵家の跡取りとなる子どもを産んだ後ならば、愛妾として王宮へ入れてもかまわないわ。ただしあの娘が貴方の子どもを産んでも、王位継承権は与えないことが条件よ」
「なぜそこまで彼女を嫌うのです?」
「母親が違うとはいえ、実の姉の婚約者を寝取るような人間を好きになれというの?」
「寝取るだなんて! 私達はそんな関係ではありません! 初めて会ったときからお互いに愛し合っている運命の相手同士なのです」
女王の悲し気な瞳の意味が、このときの王太子には理解出来なかった。
しかし学園を卒業したばかりの王太子が何年も玉座を維持している女王に勝てるはずがない。味方の側近も派閥もそもそもは母に用意されたものだ。
王太子は女王の言葉に従い、侯爵家のベーゼ以外の女性と結婚するしかなかった。
王太子の母は、夫亡き後ひとりで彼を育ててくれた女王だった。
「そもそも姉を殺して妹を娶るなんて外聞の悪いことが出来ると思うの?」
「あれはソフィーが勝手に……」
「自害したいと思うほど追い詰めていたのでしょう? 貴方とあの娘が。公衆の面前で婚約破棄をするだなんて正気の沙汰とは思えなくてよ」
「……は、母上が悪いのです! どんなに私がお願いしても婚約を解消してくださらなくて! そんなに親友だったソフィーの母親が大事なのですか? 他人の恋人を奪い取って夫にした、卑しい悪女ではありませんか!」
王太子の言葉に、女王は目を見開いた。
「なにを言っているの? だれにそんなことを聞いたの? ソフィーの母親と彼女の夫は幼いころからの婚約者で、私と貴方の父親と同じように相思相愛で結婚したのよ? 貴方の父親を奪ったのと同じ流行り病でソフィーの母親が亡くなったとき、彼女の夫は後を追おうとまでしていたわ。ソフィーのためにと引き留めて説得して……心の安らぎになるのなら、と初めて見るベーゼの母親との再婚も祝福したけれど……」
彼女は小さな声で、やっぱりあのときソフィーを王宮で引き取っていれば良かった、と呟いた。
それを聞いて、冗談ではない、と王太子は思う。
婚約者であるにもかかわらず可愛げのない凍りついたような笑みしか見せなかったソフィーと自分の私的な空間である王宮でまで一緒に過ごしたくはない。
「ソフィーの父親は、彼女とは絶対に一緒に食事を摂らないほど彼女を嫌っていました。彼女の母親である先妻を嫌っていたからでしょう?」
「どういうこと? ソフィーは家族と一緒に食事を摂っていなかったの? 貴方はそれを知りながら私に報告もしなかったの? 彼女は貴方の婚約者なのよ?」
「嫌われているのは本人が悪いのです。彼女は妹のベーゼを虐めていました」
「……自分の取り巻きに命じて、異母姉が友達とお茶を楽しんでいるところにスズメバチの巣を投げ込むような娘が虐められていたって言うの?」
「虐められて追い詰められていたから、そうやって反撃に出るしかなかったのです。それにあれはベーゼを慕う男爵令嬢が勝手にやったことです」
自信満々に語る王太子に、女王は言葉を失った。
しばらく沈黙が続き、女王は溜息の後で王太子に告げた。
「貴方は私のたったひとりの子ども。この国を継ぐのは貴方しかいません。貴方が結婚するのは問題のない令嬢でなくてはならないわ。自害した姉のいる侯爵家のベーゼでは駄目なのよ」
「母上……っ!」
「……あの娘が婿を取り、侯爵家の跡取りとなる子どもを産んだ後ならば、愛妾として王宮へ入れてもかまわないわ。ただしあの娘が貴方の子どもを産んでも、王位継承権は与えないことが条件よ」
「なぜそこまで彼女を嫌うのです?」
「母親が違うとはいえ、実の姉の婚約者を寝取るような人間を好きになれというの?」
「寝取るだなんて! 私達はそんな関係ではありません! 初めて会ったときからお互いに愛し合っている運命の相手同士なのです」
女王の悲し気な瞳の意味が、このときの王太子には理解出来なかった。
しかし学園を卒業したばかりの王太子が何年も玉座を維持している女王に勝てるはずがない。味方の側近も派閥もそもそもは母に用意されたものだ。
王太子は女王の言葉に従い、侯爵家のベーゼ以外の女性と結婚するしかなかった。
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