今日は私の結婚式

豆狸

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第一話 花嫁を迎えに

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 今日は僕の結婚式だ。
 上質な葡萄酒で有名なアレンスキー伯爵家へ入り婿予定の僕は、婚約者レーナの父と義母と異母妹とともに屋根裏部屋への階段を上がる。
 狭くて急な階段は足元が悪く、レーナの異母妹プィートカは僕の腕に掴まって柔らかな体を押し付けてきた。

 屋根裏部屋の扉の前に立っているのは、アレンスキー伯爵家に代々仕えている使用人ではなく、レーナの父親が新しく雇った男だ。
 どう贔屓目に見てもならず者にしか見えない男は、レーナの父を見て扉の前から退いた。
 レーナの父が彼に尋ねる。

「この二日間、ほかの使用人どもに余計な真似をさせなかっただろうな?」
「はい、だれも通していません」
「ならば良い。二日間水も食料も与えていないから、レーナもおとなしくなっているだろう。もうトーマ殿との結婚を拒んだりはせぬさ」

 嫌な笑顔で笑いながら、レーナの父親が屋根裏部屋の鍵を開ける。
 扉を開くと、埃と腐臭が漂って来た。
 プィートカがハンカチを出して鼻を押さえる。

「嫌な匂い。ネズミでも死んでいるのかしら。まあ、腐敗の恩恵ギフトなんてお持ちのお義姉様にはぴったりの匂いですけど」

 この国の女神に授けられた腐敗の恩恵ギフトこそが、アレンスキー伯爵領の上質な葡萄酒の製造を支えていることをプィートカは知っているのに、いつも知らない振りをして莫迦にする。

「おい、レーナ。迎えに来てやったんだ、姿を見せろ。父親の言うことが聞けないのかっ!」

 レーナの父はイライラした様子で、屋根裏部屋に置かれた不用品を蹴飛ばしながら中へ進んでいく。
 彼の腕に掴まって、レーナの義母も進んでいく。
 僕とプィートカも同じ格好で後ろに続いた。

「寝ているのか? 起きろ、レーナッ! お前の結婚式だぞ!……っ」

 屋根裏部屋の中央に置かれた天蓋ベッドの中を覗き込んで、レーナの父は言葉を失った。
 夫の肩から中を見て、レーナの義母の顔色が青くなる。
 プィートカがけらけらと、なんだか耳障りな声で笑いながら言う。

「あら、どうしたの? まさかお義姉様が死んでいるの? ねえトーマ、あなたも中を確認してよ」

 僕は恐る恐るベッドの中を見た。
 プィートカには逆らえない。
 それは、婚約者のレーナよりも彼女を愛しているからだと思っていたけれど、本当は違うかもしれないと思い始めていた。

 いや、かつて彼女プィートカを愛したことは確かにあったのだ。
 異母姉のレーナに虐められていると語る彼女を慰めて、救ってやると心に誓ったことが。
 先日卒業した学園では、いつもプィートカをレーナから守っていた。そのつもりだった。

「……レーナ」

 ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。
 彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。
 でも顔はわからない。瞳の色もだ。腐り果てた顔の眼窩は、ぽっかりと穴を開けている。

「莫迦な……三日も水を抜けば死んでしまうと思って、わざわざ結婚式の二日前から閉じ込めたんだぞ。それに、死んだとしてもたった二日で死体がこんなに腐るものか!」
「でもあなた、あの子には腐敗の恩恵ギフトがあったわ。自殺する直前に自分に恩恵ギフトをかけていたら……」
「うるさいっ! レーナがトーマ殿と結婚する前に死んでしまったら、わしらはすべてを失うんだぞ!」

 レーナの父も入り婿だ。
 彼はアレンスキー伯爵家の正統な跡取りであった妻の死後、家に引き込んだ最愛のはずの後妻を八つ当たりするかのように殴りつけた。
 僕の肩の後ろから、プィートカもベッドを見て顔を顰める。

「最後まで迷惑なお義姉様ね。トーマと結婚して、この家のすべてをアタシ達に譲り渡してから死ねば良いのに。……ねえ、お父様。この家のどこかに秘密の抜け道があるんじゃなかった?」
「ああ、そう聞いているが、レーナの母はわしにはその場所を教えてくれなんだ」
「秘密の抜け道、この屋根裏部屋にあったんじゃない? お義姉様はきっと、抜け道を通って逃げ出したのよ。この死体はお義姉様が殺したんじゃない?」
「そうか、そうだな。トーマ殿との結婚式さえ済ませてしまえば、レーナがいなくてもなんの問題もない。トーマ殿がアレンスキー伯爵代理として、これまでのわしのように家を回して行けば良いのだ」

 そう言いながら後妻との娘を見て、レーナの父は顔色を変えた。
 彼の視線はプィートカの胸元に注がれている。
 プィートカの胸元にあるのは、青い宝石が飾られた銀のペンダントだった。彼女プィートカの宝物だったのをレーナが奪い、泣きつかれた僕が婚約者レーナを殴って取り返してきたものだ。

「プィートカ。なぜ、お前がそれを持っている?」
「お義姉様からトーマが取り返してくれたのよ」
「なにを莫迦なことを言っている。それはアレンスキー伯爵家に代々伝わっているもので……それこそが秘密の抜け道の扉を開ける鍵だ」

 プィートカの顔から色が抜ける。
 本当はレーナのものだったのを、僕を騙して奪わせたことが知られたからと言って、彼女は焦ったりしない。
 僕が自分に逆らわないと知っているからだ。

 そうだ、僕は知っていた。
 レーナの母親が亡くなる前、あのペンダントを身に着けていたことを!
 それでもプィートカとの淫らな一夜を得るために、学園の生徒の前でレーナを泥棒扱いした挙句殴って奪い取ったのだ。

 ……いや、それだけじゃない。
 なにか……レーナはあのペンダントのことでなにか僕に言っていたのではなかったか。
 プィートカの胸元をどんなに見つめても、僕はレーナの言葉を思い出せなかった。

「お前がそれを持っているのなら、秘密の抜け道があろうとなかろうと、レーナはここから出られなかった……」

 レーナの父は力無く呟き、腐り爛れた死体を見つめた。
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