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第二話 花嫁は別人
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死体を前に悩んでいても仕方がない。
僕はウスペンスキー伯爵家の次男で、アレンスキー伯爵家へ婿入り出来なければ平民落ちになる。学園中に婚約者の異母妹との仲が知られ渡っていた僕を婿に迎えたいなんて思う貴族家はまずない。
レーナの父はレーナの母の死後、愛人を後妻として伯爵邸へ連れ込んだ時点で実家の男爵家と縁を切られているし、後妻になった彼の愛人と娘も平民だ。
成人したら、レーナはアレンスキー伯爵となって自分の意思だけで婚約を破棄出来る。
レーナに捨てられたら行き場のない僕達は結婚式を急いだ。
結婚して子どもを作ってしまえば、子どもを人質にしてレーナを操れると思っていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「トーマ、似合う?」
僕達はレーナを無視して、僕達だけで結婚式の準備を進めた。
プィートカの趣味で選びプィートカでサイズを合わせた花嫁衣装は、だれよりもプィートカに似合っている。
「ああ。とても綺麗だよ、プィートカ。でもレーナでないと気づかれないよう、ベールはちゃんと被っていないといけないよ」
結婚式を挙げるための神殿も予約済みだった。
招待客と大神官を待たせるわけにはいかない。
僕達は屋根裏部屋を再び閉じて、神殿へ向かった。
結婚式を欠席したのはレーナの異母妹のプィートカだ。
花嫁のレーナは僕の隣にいるんだ。
そう自分自身に言い聞かせた。
僕達は招待客に見守られながら神殿の中を進み、大神官の前までやって来た。
この大神官は学園で神学の教師をやっていたことがある。
レーナと顔見知りの彼に気づかれないように、プィートカは俯いた。
神殿に優秀さを認められて年若くして大神官となった青年は、銀髪で青い瞳の美丈夫だ。
どこか冷たい美貌から『銀氷の聖者』と呼ばれていた彼は、僕達の学園在学中、常に親友と首位争いをしていたレーナを気に入って、よく神学や自然学についての論争を挑んでいた。
どんなに熱くふたりが語り合っていても、僕が通りかかるとレーナは彼から視線を離して僕に微笑んだ。どんなにプィートカに溺れていても、その瞬間だけはレーナのことを愛しく感じた。
「結婚証明書に署名を」
大神官に言われて、プィートカがレーナの名前で署名する。
彼女はずっと前からこうやって、異母姉の名前で買い物をしていたのだ。
それを怒られたのを虐められたと言って、僕に泣きついていたのだ。
アレンスキー伯爵家の直系に代々伝わる女神に授けられた腐敗の恩恵は、少ない材料で実験を繰り返すのに向いていた。
毎年変わる葡萄の出来に関係なく、常に上質なものを作り出す方法を見つけ出せた。
もし本当にあの死体がレーナだとしたら、アレンスキー伯爵家の恩恵を持つものはこの世にいなくなった。今後葡萄酒自体は作れても、上質なものを失敗なく作り出すのは難しくなるだろう。
僕は招待客の中にいる父の様子を窺った。
亡き妻の親友の忘れ形見の力を借りて作るバターとチーズももう作れなくなる。
それだけでなく、僕が今レーナとでなくプィートカと並んでいることを知ったら、父はなんと言うのだろうか。学園に通っていたころ、プィートカとの関係について何度も何度も叱責された。それでもレーナの恩恵目当てに、彼女からの婚約解消の申し出を無視していた父は。
「最後に誓いの口付けを」
大神官が言ったとき、神殿の扉が開いた。
招かざる客が神殿の中へと入ってくる。花嫁ではないけれど、神殿へ入るときの礼儀としてベールを被った侍女や護衛騎士達と一緒に。
彼女は、朗々と響く声で告げた。
「結婚おめでとう、レーナ! あなたの親友であるこの私に連絡がないだなんて酷いじゃない? これでも私ターニャはこの国の王女なのよ? 学園を卒業して国外で外交の勉強中と言っても、親友の結婚式に出席する時間くらい作れるわ」
式の途中で乱入するなんて失礼な行為だが、大神官もこの国の王女には注意出来ない。
国王の愛妾が産んだ弟王子のほうが有力な王太子候補とはいえ、正統なのは正妃の娘である彼女のほうだ。
侍女や護衛騎士を引き連れて、ターニャ王女が僕達に近づいてくる。
学園では同級生だったけれど、レーナと違って僕は王女と親しくなかった。
プィートカといる姿を睨まれていた記憶しかない。
すぐ近くで足を止め、彼女は微笑んだ。
「結婚式を邪魔しに来たわけじゃないわ。さあ、続けて。花嫁のベールを上げて、誓いのキスをするところだったんでしょう?」
僕はウスペンスキー伯爵家の次男で、アレンスキー伯爵家へ婿入り出来なければ平民落ちになる。学園中に婚約者の異母妹との仲が知られ渡っていた僕を婿に迎えたいなんて思う貴族家はまずない。
レーナの父はレーナの母の死後、愛人を後妻として伯爵邸へ連れ込んだ時点で実家の男爵家と縁を切られているし、後妻になった彼の愛人と娘も平民だ。
成人したら、レーナはアレンスキー伯爵となって自分の意思だけで婚約を破棄出来る。
レーナに捨てられたら行き場のない僕達は結婚式を急いだ。
結婚して子どもを作ってしまえば、子どもを人質にしてレーナを操れると思っていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「トーマ、似合う?」
僕達はレーナを無視して、僕達だけで結婚式の準備を進めた。
プィートカの趣味で選びプィートカでサイズを合わせた花嫁衣装は、だれよりもプィートカに似合っている。
「ああ。とても綺麗だよ、プィートカ。でもレーナでないと気づかれないよう、ベールはちゃんと被っていないといけないよ」
結婚式を挙げるための神殿も予約済みだった。
招待客と大神官を待たせるわけにはいかない。
僕達は屋根裏部屋を再び閉じて、神殿へ向かった。
結婚式を欠席したのはレーナの異母妹のプィートカだ。
花嫁のレーナは僕の隣にいるんだ。
そう自分自身に言い聞かせた。
僕達は招待客に見守られながら神殿の中を進み、大神官の前までやって来た。
この大神官は学園で神学の教師をやっていたことがある。
レーナと顔見知りの彼に気づかれないように、プィートカは俯いた。
神殿に優秀さを認められて年若くして大神官となった青年は、銀髪で青い瞳の美丈夫だ。
どこか冷たい美貌から『銀氷の聖者』と呼ばれていた彼は、僕達の学園在学中、常に親友と首位争いをしていたレーナを気に入って、よく神学や自然学についての論争を挑んでいた。
どんなに熱くふたりが語り合っていても、僕が通りかかるとレーナは彼から視線を離して僕に微笑んだ。どんなにプィートカに溺れていても、その瞬間だけはレーナのことを愛しく感じた。
「結婚証明書に署名を」
大神官に言われて、プィートカがレーナの名前で署名する。
彼女はずっと前からこうやって、異母姉の名前で買い物をしていたのだ。
それを怒られたのを虐められたと言って、僕に泣きついていたのだ。
アレンスキー伯爵家の直系に代々伝わる女神に授けられた腐敗の恩恵は、少ない材料で実験を繰り返すのに向いていた。
毎年変わる葡萄の出来に関係なく、常に上質なものを作り出す方法を見つけ出せた。
もし本当にあの死体がレーナだとしたら、アレンスキー伯爵家の恩恵を持つものはこの世にいなくなった。今後葡萄酒自体は作れても、上質なものを失敗なく作り出すのは難しくなるだろう。
僕は招待客の中にいる父の様子を窺った。
亡き妻の親友の忘れ形見の力を借りて作るバターとチーズももう作れなくなる。
それだけでなく、僕が今レーナとでなくプィートカと並んでいることを知ったら、父はなんと言うのだろうか。学園に通っていたころ、プィートカとの関係について何度も何度も叱責された。それでもレーナの恩恵目当てに、彼女からの婚約解消の申し出を無視していた父は。
「最後に誓いの口付けを」
大神官が言ったとき、神殿の扉が開いた。
招かざる客が神殿の中へと入ってくる。花嫁ではないけれど、神殿へ入るときの礼儀としてベールを被った侍女や護衛騎士達と一緒に。
彼女は、朗々と響く声で告げた。
「結婚おめでとう、レーナ! あなたの親友であるこの私に連絡がないだなんて酷いじゃない? これでも私ターニャはこの国の王女なのよ? 学園を卒業して国外で外交の勉強中と言っても、親友の結婚式に出席する時間くらい作れるわ」
式の途中で乱入するなんて失礼な行為だが、大神官もこの国の王女には注意出来ない。
国王の愛妾が産んだ弟王子のほうが有力な王太子候補とはいえ、正統なのは正妃の娘である彼女のほうだ。
侍女や護衛騎士を引き連れて、ターニャ王女が僕達に近づいてくる。
学園では同級生だったけれど、レーナと違って僕は王女と親しくなかった。
プィートカといる姿を睨まれていた記憶しかない。
すぐ近くで足を止め、彼女は微笑んだ。
「結婚式を邪魔しに来たわけじゃないわ。さあ、続けて。花嫁のベールを上げて、誓いのキスをするところだったんでしょう?」
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