今日は私の結婚式

豆狸

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最終話 その日は私の誕生日でした。

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 血がつながっているだけの他人とその家族が、ターニャ王女殿下の連れて来た護衛騎士に引き立てられていきます。
 開いたままの神殿の扉の向こうには、裕福なアレンスキー伯爵家の婚礼にあやかろうと集まった人々の姿が見えました。

「なにがあったんだい?」
「ほら、アレンスキー伯爵家の莫迦婿が家を乗っ取ろうとしたらしい。跡取り娘と愛人の子を入れ替えてさ」
「そりゃ莫迦にもほどがあるな」

 神殿内に響くほど声高にしゃべっているのは、たぶん昔父に解雇されたアレンスキー伯爵邸の使用人です。
 再就職先の商会でかなり出世したと聞いているのに、こんなところでなにをやっているのでしょうか。
 屈辱に顔を歪め、父が私を睨んできます。

「この親不孝者め!」
「その言葉、そっくりお返しいたしますわ。地面に額を擦り付けてまで婿にしていただいたのに、貴方はお爺様に孝行なさいました?」
「……くそっくそっくそっ!」
「助けて、レーナ! アタクシは彼に騙されただけよ。プィートカみたいな酷いことはしなかったでしょう?」
「そうですね。雇ったならず者を私の部屋へ差し向けようとしたくらいですね」
「なによなによなによっ! アタシにトーマを取られたからって妬んじゃってさ!」
「妬む? 処刑場でふたり並んで風に揺られる貴女方を?」

 父の愛人とその娘の言葉を聞き流し、護衛兵士に引きずられていく彼らを見送ります。
 もう二度と会うことはありません。
 最後の瞬間に、お誕生日おめでとう、なんて言ったトーマ様は莫迦です。

 ──俯いて涙を隠す私も、同じくらいの莫迦です。

 ねえ、貴方のことが大好きでした。
 貴方のことを思うと幸せな気持ちになれました。
 でも領地にいた私が貴方の母君の訃報を聞いて、領地から王都へと馬車を飛ばして戻ったとき、貴方の隣には愛人の娘がいました。

 それから貴方の瞳が私を映すことは無くなりましたね。
 次期アレンスキー伯爵としての仕事に夢中だった私が悪かったとおっしゃるのでしょうか?
 領地でおこなっていた私の恩恵ギフトを使ったさまざまな研究は、貴方のご実家ウスペンスキー伯爵家のためのものもあったのですけれどね。

『結婚したら、トーマ様には秘密の抜け道の場所をお教えしますね。なにがあってもトーマ様には生きていてほしいのです。だって、大好きだから!』

 そう言った私の言葉を覚えていてくださったなら、愛人の娘に騙されて私の大切なペンダントを奪うなんて真似はなさらなかったのでしょうか。
 でも欲に溺れる彼を信じてペンダントの偽物を作らないでいたなら、今ごろ私はここにいないでしょう。
 秘密の抜け道から逃げ出すことが出来ず、それでも彼らに一矢報いたくて自死を選んでいたかもしれません。私がトーマ様と結婚せずに死んだら、結局彼らはアレンスキー伯爵家に留まれないのですもの。

 これまで守って来てくれた使用人達とアレンスキー伯爵領の領民を置いて自死?

 そんなのは嫌です。
 だから私は、愛人の娘がトーマ様にペンダントのことで嘘をついていたことを教えてくださった王女殿下に感謝して、涙を飲み込んだのでした。
 まあ、王女殿下が学園内で盗み聞きをしていたのは、あまり褒められることではありませんけれど。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「アレンスキー女伯爵に新しい縁談はないの?」

 誕生日から一ヶ月ほど過ぎました。
 葡萄を収穫する季節でも牛達が繁殖して乳を出す季節でもないので、私は王都でアレンスキー伯爵家の新体制を整えつつ、空いた時間で王宮へ上がりターニャ王女殿下のお手伝いをさせていただいています。
 あの血のつながった他人とその家族が雇ったならず者は連座で処刑されました。代わりにというわけではないものの取り引きのある商会から数人が出戻りました。商会には少し申し訳ないです。

「釣り書きがいくつか寄せられています。とりあえず今日は、こちらの仕事が終わったら大神官様とお食事に行く予定です」

 書類の山を前にした王女殿下に答えます。
 優秀な姿を見せて納得させたとはいえ、外交の勉強を早目に切り上げて帰国したりしたら、どこかに皺寄せが来ますよね。

「えー?」
「我が国の神殿は大神官の妻帯を許していますよ? もっとも大神官様がそういうおつもりかどうかはわかりませんが」
「そういうつもりに決まってるわよ! あの男、虫も殺さないような顔をして結構やり手なんだから! 自分では捻くれ者のつもりでも、本当はお人好しで心優しいレーナなんか赤子の手を捻るより簡単に口説き落とされちゃうわよ!」
「赤子の手を捻るような人は嫌ですね」
「わかってて言ってるでしょ。比喩よ、比喩!」
「捻くれ者ですので」

 お人好しなんて言われるのは心外です。
 ですが、それにしても──

「神殿で息の合った小芝居を見せていらっしゃったのに、王女殿下は大神官様をあまりお好きではないのですか?」
「好きじゃないというか……自分に似てて嫌になるのよ。こう、好きなようにしてるみたいに見せて、実は周りの空気を読んで行動しているところとかが、さ」
「空気を読んでいらしたんですね」
「意外そうに言わないでよ。とにかく! その食事会には私も行くわ! レーナの夫は私が選ぶ!」
「お断りします」

 心配してくださる気持ちは嬉しいですけれどね。
 終わった初恋は、今ごろ風に揺られています。
 女神様から恩恵ギフトを授かったアレンスキー伯爵家はかなりの名家なので、その家の簒奪未遂事件は国内に混乱を巻き起こさないよう早急に片付けられました。

 名家なのに私の家庭環境が放置されていたのは、母や祖父、そして私自身が正妃様と王女殿下派を公言していたからでしょう。
 愛妾派の方々は、私を傀儡にして恩恵ギフトだけを利用したかったのです。
 ……うふふ。自分達がなにをしたのかは忘れないでいてくださいね、愛妾派の方々。もちろん忘れても思い出させてあげますけれど。

「王女殿下、もし女王陛下になられたら、近隣諸国と交渉して我が家の葡萄酒の関税を下げさせてもらってくださいませね」
「善処するわ」

 そんなわけで、恋は失ったものの友情には支えられ続けている私なのです。
 大神官様とのことは──涙目で捨て台詞を残して去っていったときの記憶が消えたら、真剣に考えてみようと思います。
 もし彼が本当に私に対してそんな気持ちをお持ちなら、ですが。
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