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第四話 伯爵令嬢
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「ふふふ」
王太子や男爵令嬢と同じ教室で学んでいた伯爵令嬢は、上機嫌で帰宅していた。
学園にいたときは周囲の雰囲気にのまれて暗い気分になっていたが、帰路に就けばなんということはない。
(疑われているのは嫌だけど、どうせすぐに無実が証明されるわ。アタクシはあの男と関係を持ったりしていないのだもの!)
伯爵令嬢が上機嫌なのは、幼いころから知っている騎士爵家の令嬢が青い顔をしていたからだ。
彼女は担任教師と関係を持っていたに違いない。
(自分があの男に気に入られていることを散々自慢されたものね)
騎士爵令嬢は伯爵令嬢の婚約者である侯爵令息のことをいつも莫迦にしていた。
侯爵令息は伯爵令嬢とかなり年が離れていて、家は金持ちで身分も高いものの、若い女性を虜にするようなご面相ではなかったからだ。
一方担任教師は裏でやっていたことはともかくとして見かけは良かった。それに教室という限られた空間では、身分の違いに関係なく教師である彼が支配者だった。
(ああ、良い気味! たかが騎士爵令嬢のくせに伯爵令嬢のアタクシを莫迦にするからよ!)
そう思う伯爵令嬢だが、自分より身分の低い騎士爵令嬢を莫迦にしているからといって自分より身分の高い人間を敬っているわけではない。
自家の借金を代わりに支払って、今も支援してくれている侯爵令息は年齢と顔のことで見下していたし、同じ教室で学ぶ公爵令嬢のことも愛されない女だといつも嘲笑していた。
公爵令嬢が子爵令息に攻撃された日も、王太子と男爵令嬢を窘めようとしていた彼女を図々しいと罵った。
「……」
そのことを思い出して、伯爵令嬢の気分が少しだけ翳った。
公爵令嬢の兄は氷の公爵と呼ばれている。
若くして家を継いだ彼は、公爵家を食いものにしようとする周囲を見事に打倒し、冷徹な性格と優れた頭脳で先代以上に家を盛り立てている。一時は先代の死により滅びると思われていた公爵派は、今もなお王国の最大派閥である。
伯爵令嬢の家は先代の死亡時に見切りをつけて公爵派を離れた。
そして王太子の母である愛妾の実家の派閥に入ったのだが──愛妾の死によって派閥は瓦解していた。愛妾の派閥に入った伯爵家が得たものはない。愛妾のために貢がされて借金が残っただけだ。
婚約者の侯爵令息の家は公爵派で、彼と伯爵令嬢の結婚によって伯爵家は公爵派にもう一度迎え入れてもらえる予定なのだ。
(……大丈夫よね? 公爵令嬢を罵ってたのはアタクシだけじゃない。みんながやっていたんだからアタクシだけ怒られたりしないはず。なにか言われても王太子殿下と男爵令嬢が怖かったからって言っておけば大丈夫よね)
そんなことを思いながら王都の伯爵邸へ戻った令嬢は、父から侯爵令息との婚約解消を伝えられたのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ど、どうしてですか、お父様? どうしてアタクシが知らない間に婚約解消だなんて……アタクシが疑われているからですか? そんなの誤解です! ちゃんと調べてもらえばわかります!」
「……お前が王太子殿下と男爵令嬢の関係を持て囃し、正当な婚約者である公爵令嬢を貶めていたということは誤解なのか?」
「え? あ、それは、その、王太子殿下と男爵令嬢が怖かったからです。それにみんなも言っていたし」
伯爵令嬢の返答に、父である伯爵は溜息をついた。
「侯爵令息は不貞を称賛するような人間とは結婚出来ないと言って、かなり前から婚約解消を要求していた。お前はまだ子どもだから長い目で見てくれと頼んで解消を拒んでいたのだが……公爵令嬢の事件で完全に見切りをつけられたのだ」
「そ、そんな……あの事件はアタクシとは関係ありませんわ!」
「その場にいなかったのか?」
「……いいえ」
「公爵令嬢のことを図々しいと罵ったのはお前ではないのか?」
「……」
「今日婚約解消のことを伝えたのは、手続きがすべて終わったのが今日だったからだ」
侯爵令息との婚約が解消された今、伯爵家に起死回生の一手はない。
もちろん公爵派に戻れるはずもない。
氷の伯爵は冷徹だが、自分の派閥にいる貴族家を見捨てることはない。適切な忠告をくれるし、期待が持てる事業だと思えば投資もしてくれる。
「ごめんなさい、お父様……」
「私に謝っても仕方がない。お前が国家反逆罪の共犯と見做されれば縁を切るし、そうでなくてもこの家には置いておけない。尋問が終わった後でどうするか、自分で考えておけ」
伯爵の声に取りつく島はなかった。
王太子や男爵令嬢と同じ教室で学んでいた伯爵令嬢は、上機嫌で帰宅していた。
学園にいたときは周囲の雰囲気にのまれて暗い気分になっていたが、帰路に就けばなんということはない。
(疑われているのは嫌だけど、どうせすぐに無実が証明されるわ。アタクシはあの男と関係を持ったりしていないのだもの!)
伯爵令嬢が上機嫌なのは、幼いころから知っている騎士爵家の令嬢が青い顔をしていたからだ。
彼女は担任教師と関係を持っていたに違いない。
(自分があの男に気に入られていることを散々自慢されたものね)
騎士爵令嬢は伯爵令嬢の婚約者である侯爵令息のことをいつも莫迦にしていた。
侯爵令息は伯爵令嬢とかなり年が離れていて、家は金持ちで身分も高いものの、若い女性を虜にするようなご面相ではなかったからだ。
一方担任教師は裏でやっていたことはともかくとして見かけは良かった。それに教室という限られた空間では、身分の違いに関係なく教師である彼が支配者だった。
(ああ、良い気味! たかが騎士爵令嬢のくせに伯爵令嬢のアタクシを莫迦にするからよ!)
そう思う伯爵令嬢だが、自分より身分の低い騎士爵令嬢を莫迦にしているからといって自分より身分の高い人間を敬っているわけではない。
自家の借金を代わりに支払って、今も支援してくれている侯爵令息は年齢と顔のことで見下していたし、同じ教室で学ぶ公爵令嬢のことも愛されない女だといつも嘲笑していた。
公爵令嬢が子爵令息に攻撃された日も、王太子と男爵令嬢を窘めようとしていた彼女を図々しいと罵った。
「……」
そのことを思い出して、伯爵令嬢の気分が少しだけ翳った。
公爵令嬢の兄は氷の公爵と呼ばれている。
若くして家を継いだ彼は、公爵家を食いものにしようとする周囲を見事に打倒し、冷徹な性格と優れた頭脳で先代以上に家を盛り立てている。一時は先代の死により滅びると思われていた公爵派は、今もなお王国の最大派閥である。
伯爵令嬢の家は先代の死亡時に見切りをつけて公爵派を離れた。
そして王太子の母である愛妾の実家の派閥に入ったのだが──愛妾の死によって派閥は瓦解していた。愛妾の派閥に入った伯爵家が得たものはない。愛妾のために貢がされて借金が残っただけだ。
婚約者の侯爵令息の家は公爵派で、彼と伯爵令嬢の結婚によって伯爵家は公爵派にもう一度迎え入れてもらえる予定なのだ。
(……大丈夫よね? 公爵令嬢を罵ってたのはアタクシだけじゃない。みんながやっていたんだからアタクシだけ怒られたりしないはず。なにか言われても王太子殿下と男爵令嬢が怖かったからって言っておけば大丈夫よね)
そんなことを思いながら王都の伯爵邸へ戻った令嬢は、父から侯爵令息との婚約解消を伝えられたのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ど、どうしてですか、お父様? どうしてアタクシが知らない間に婚約解消だなんて……アタクシが疑われているからですか? そんなの誤解です! ちゃんと調べてもらえばわかります!」
「……お前が王太子殿下と男爵令嬢の関係を持て囃し、正当な婚約者である公爵令嬢を貶めていたということは誤解なのか?」
「え? あ、それは、その、王太子殿下と男爵令嬢が怖かったからです。それにみんなも言っていたし」
伯爵令嬢の返答に、父である伯爵は溜息をついた。
「侯爵令息は不貞を称賛するような人間とは結婚出来ないと言って、かなり前から婚約解消を要求していた。お前はまだ子どもだから長い目で見てくれと頼んで解消を拒んでいたのだが……公爵令嬢の事件で完全に見切りをつけられたのだ」
「そ、そんな……あの事件はアタクシとは関係ありませんわ!」
「その場にいなかったのか?」
「……いいえ」
「公爵令嬢のことを図々しいと罵ったのはお前ではないのか?」
「……」
「今日婚約解消のことを伝えたのは、手続きがすべて終わったのが今日だったからだ」
侯爵令息との婚約が解消された今、伯爵家に起死回生の一手はない。
もちろん公爵派に戻れるはずもない。
氷の伯爵は冷徹だが、自分の派閥にいる貴族家を見捨てることはない。適切な忠告をくれるし、期待が持てる事業だと思えば投資もしてくれる。
「ごめんなさい、お父様……」
「私に謝っても仕方がない。お前が国家反逆罪の共犯と見做されれば縁を切るし、そうでなくてもこの家には置いておけない。尋問が終わった後でどうするか、自分で考えておけ」
伯爵の声に取りつく島はなかった。
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