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第一話 裏切り
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亡くなられたお母様はカードゲームがお好きでした。
この王国で好まれている五枚のカードで作った役の強弱で勝敗を決めるゲームをしながら、よくおっしゃっていたものです。
──人生とはカードゲームのようなもの。
最初に配られたカードを捨てて新しいカードを求めなくては、良い役を作ることは出来ないわ。
でも手札をすべて捨てたからといって、良いカードが来るとは限らないのよ。大切なカードは残しておきなさい。素敵な役を呼び込めるように。
三年ほど前にお亡くなりになったお母様の人生には、良い役が出来ていたのでしょうか。
入り婿だったお父様は、お母様が亡くなってすぐに愛人とその娘を家に入れました。
お父様は、男爵令嬢だったという愛人をこの王国の貴族子女が通う学園にいたころから愛していたのだと言います。
愛人を家に連れ込んだお父様は、彼女との間にあるのが真実の愛なのだと言いました。お母様との関係は偽りの愛だったのだと、金のために結婚したのだと。
その偽りの愛で生まれた私がどんな気持ちになるかなど考えもせずに。
愛人の娘、私と同い年の異母妹は、とてもとても美しい少女でした。
今の私に与えられた五枚のカードが作る役は、最悪のものです。
それでも……それでも大切なカードを残していたら、いつか良いカードが回ってくるのでしょうか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「愛しているよ、ピヤージュ」
そう囁くのはダンビエ侯爵家の次男坊マティス様。
デュフール伯爵家長女の婚約者で数ヶ月後に婿入りする予定です。
ちなみにデュフール伯爵家の長女は私で、名前はジョゼフィン。ピヤージュというのは私の異母妹の名前です。地味な外見の私とは母親が違うせいか、同じ父親を持つとは思えないほど、彼女は美しい少女です。
「はぁ、はぁ……私もです。私も愛しています、マティス様」
荒い息を漏らしながら、ピヤージュが答えます。
息が荒いのは、ふたりが半裸で睦み合っているからです。
ふたりがこんな関係だっただなんて、私は知りませんでした。マティス様がピヤージュに優しいのは、私の異母妹だからだと思っていました。
「早くお義姉様がいなくなって、だれ憚ることなくマティス様と愛し合えるようになったら良いのに」
「すぐだよ、ピヤージュ。一ヶ月後に迫った、ジョゼフィンが成人として認められる十八歳の誕生パーティで君の父君が『最後のカード』を……」
少し踏み込み過ぎたようです。
ふたりが隠れて睦み合っている低木の茂み近くの草を踏んでしまいました。
音が聞こえたのか、マティス様が会話をやめます。
私はこっそりとその場を離れました。
今は頭が混乱しています。ふたりを問い詰めようとしても言いくるめられてしまいそうです。
それに……ふたりの不貞を明らかにしたとしても、お父様は私の味方はしてくれないでしょう。むしろすべてを私のせいにして責めるだけです。
★ ★ ★ ★ ★
「急にどうしたんですか、マティス様」
肌も露わな美少女に後ろから抱き着かれて、マティスは首を振って見せた。
「いや、なんでもない。だれかが来たように感じたのだが、気のせいだったみたいだよ」
「そうですか。……ふふふ」
「どうしたんだい?」
「こんな近くにいるのに、お義姉様ったら気づかないんですもの。お可哀相」
王都にあるデュフール伯爵邸の中庭で東屋を囲む低木の陰に隠れて戯れるのが、最近のマティスとピヤージュの楽しみだった。
同じ家の中にいながら気づかないマティスの婚約者のことを考えると、背徳の喜びで悦楽が増す。
マティスは邪悪な、しかし、たとえようもないほど美しい笑みを浮かべたピヤージュの巻き毛に指を絡めながら彼女に言う。
「ああ、そうだ。ジョゼフィンは可哀相なのだから、最後まで騙し通してあげなくてはいけないよ」
「わかっていますわ」
さっきの気配はジョゼフィンだったのかもしれないと、マティスは思う。
デュフール伯爵邸の二階にある執務室の窓から、ピヤージュと待ち合わせていた茂みへと向かって中庭を歩くマティスの姿を見て探しに来たのかもしれない。
幼いころからの婚約者なので、マティスは訪問する前の先触れを出さないし、ジョゼフィンの仕事を邪魔したくないという口実で家に着いても使用人達に報告させない。だから彼女はいつもマティスの姿を探している。
(幼いころからデュフール伯爵家の運営に関わっているといっても、ジョゼフィンは学園を卒業したばかりの世間知らずな貴族令嬢だ。『最後のカード』の意味などわかりはすまい。それに、もしわかったとしても……)
美しい金の巻き毛が張り付いたピヤージュの汗ばんだ体にのしかかりながら、マティスは思う。
(ジョゼフィンが切り捨てるのは父親と愛人親娘だけだ。最愛の僕のことだけは、絶対に捨てられない)
ジョゼフィンの父親達の計画が上手く行ったとしても、失敗して彼女だけが残ったとしても、デュフール伯爵家の婿となる自分の未来が翳ることはない。
当主としての教育を受けていても、ジョゼフィンの本質はその地味な外見に相応しく臆病な小心者だ。
幼いころから想いを寄せて来た美しい婚約者を手放すはずがない。
そんな身勝手な思いを胸にマティアスはピヤージュとの戯れを再開した。
彼にとっては残念なことに、彼女にとっては幸運なことに、ジョゼフィンは『最後のカード』の意味を知っていた。
そして『最愛の婚約者マティス』のカードを切り捨てて、新しいカード『裏切り』を手にしていた。
今のジョゼフィンが持っている人生のカードは『最悪の父親』『最悪の義母』『最悪の異母妹ピヤージュ』『最愛の母(故人)』『裏切り』──『最悪の家族』という役はまだ崩れてはいない。
この王国で好まれている五枚のカードで作った役の強弱で勝敗を決めるゲームをしながら、よくおっしゃっていたものです。
──人生とはカードゲームのようなもの。
最初に配られたカードを捨てて新しいカードを求めなくては、良い役を作ることは出来ないわ。
でも手札をすべて捨てたからといって、良いカードが来るとは限らないのよ。大切なカードは残しておきなさい。素敵な役を呼び込めるように。
三年ほど前にお亡くなりになったお母様の人生には、良い役が出来ていたのでしょうか。
入り婿だったお父様は、お母様が亡くなってすぐに愛人とその娘を家に入れました。
お父様は、男爵令嬢だったという愛人をこの王国の貴族子女が通う学園にいたころから愛していたのだと言います。
愛人を家に連れ込んだお父様は、彼女との間にあるのが真実の愛なのだと言いました。お母様との関係は偽りの愛だったのだと、金のために結婚したのだと。
その偽りの愛で生まれた私がどんな気持ちになるかなど考えもせずに。
愛人の娘、私と同い年の異母妹は、とてもとても美しい少女でした。
今の私に与えられた五枚のカードが作る役は、最悪のものです。
それでも……それでも大切なカードを残していたら、いつか良いカードが回ってくるのでしょうか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「愛しているよ、ピヤージュ」
そう囁くのはダンビエ侯爵家の次男坊マティス様。
デュフール伯爵家長女の婚約者で数ヶ月後に婿入りする予定です。
ちなみにデュフール伯爵家の長女は私で、名前はジョゼフィン。ピヤージュというのは私の異母妹の名前です。地味な外見の私とは母親が違うせいか、同じ父親を持つとは思えないほど、彼女は美しい少女です。
「はぁ、はぁ……私もです。私も愛しています、マティス様」
荒い息を漏らしながら、ピヤージュが答えます。
息が荒いのは、ふたりが半裸で睦み合っているからです。
ふたりがこんな関係だっただなんて、私は知りませんでした。マティス様がピヤージュに優しいのは、私の異母妹だからだと思っていました。
「早くお義姉様がいなくなって、だれ憚ることなくマティス様と愛し合えるようになったら良いのに」
「すぐだよ、ピヤージュ。一ヶ月後に迫った、ジョゼフィンが成人として認められる十八歳の誕生パーティで君の父君が『最後のカード』を……」
少し踏み込み過ぎたようです。
ふたりが隠れて睦み合っている低木の茂み近くの草を踏んでしまいました。
音が聞こえたのか、マティス様が会話をやめます。
私はこっそりとその場を離れました。
今は頭が混乱しています。ふたりを問い詰めようとしても言いくるめられてしまいそうです。
それに……ふたりの不貞を明らかにしたとしても、お父様は私の味方はしてくれないでしょう。むしろすべてを私のせいにして責めるだけです。
★ ★ ★ ★ ★
「急にどうしたんですか、マティス様」
肌も露わな美少女に後ろから抱き着かれて、マティスは首を振って見せた。
「いや、なんでもない。だれかが来たように感じたのだが、気のせいだったみたいだよ」
「そうですか。……ふふふ」
「どうしたんだい?」
「こんな近くにいるのに、お義姉様ったら気づかないんですもの。お可哀相」
王都にあるデュフール伯爵邸の中庭で東屋を囲む低木の陰に隠れて戯れるのが、最近のマティスとピヤージュの楽しみだった。
同じ家の中にいながら気づかないマティスの婚約者のことを考えると、背徳の喜びで悦楽が増す。
マティスは邪悪な、しかし、たとえようもないほど美しい笑みを浮かべたピヤージュの巻き毛に指を絡めながら彼女に言う。
「ああ、そうだ。ジョゼフィンは可哀相なのだから、最後まで騙し通してあげなくてはいけないよ」
「わかっていますわ」
さっきの気配はジョゼフィンだったのかもしれないと、マティスは思う。
デュフール伯爵邸の二階にある執務室の窓から、ピヤージュと待ち合わせていた茂みへと向かって中庭を歩くマティスの姿を見て探しに来たのかもしれない。
幼いころからの婚約者なので、マティスは訪問する前の先触れを出さないし、ジョゼフィンの仕事を邪魔したくないという口実で家に着いても使用人達に報告させない。だから彼女はいつもマティスの姿を探している。
(幼いころからデュフール伯爵家の運営に関わっているといっても、ジョゼフィンは学園を卒業したばかりの世間知らずな貴族令嬢だ。『最後のカード』の意味などわかりはすまい。それに、もしわかったとしても……)
美しい金の巻き毛が張り付いたピヤージュの汗ばんだ体にのしかかりながら、マティスは思う。
(ジョゼフィンが切り捨てるのは父親と愛人親娘だけだ。最愛の僕のことだけは、絶対に捨てられない)
ジョゼフィンの父親達の計画が上手く行ったとしても、失敗して彼女だけが残ったとしても、デュフール伯爵家の婿となる自分の未来が翳ることはない。
当主としての教育を受けていても、ジョゼフィンの本質はその地味な外見に相応しく臆病な小心者だ。
幼いころから想いを寄せて来た美しい婚約者を手放すはずがない。
そんな身勝手な思いを胸にマティアスはピヤージュとの戯れを再開した。
彼にとっては残念なことに、彼女にとっては幸運なことに、ジョゼフィンは『最後のカード』の意味を知っていた。
そして『最愛の婚約者マティス』のカードを切り捨てて、新しいカード『裏切り』を手にしていた。
今のジョゼフィンが持っている人生のカードは『最悪の父親』『最悪の義母』『最悪の異母妹ピヤージュ』『最愛の母(故人)』『裏切り』──『最悪の家族』という役はまだ崩れてはいない。
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