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第三話 老人の悔恨
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……もっと体が動けば!
辺境伯領本宅のベッドの上で、何度思ったことだろう。
証拠固めだなんてのん気なことを考えず、あの妾の娘がシュタインボック辺境伯代行(元)の種でないことだけでもさっさと教えてやれば良かった。
まさかベティーナがあんなに早く亡くなるとは考えてもいなかったのだ。
ベティーナの死は、元代行やその妾親子の関与によるものではない。
過労死だ。
シュタインボック辺境伯家の男は領地で大魔林から襲い来る魔獣と戦い、女は王都で食糧・人員・武器防具を調達する。八人兄弟の末っ子だったベティーナしか残らないほど激しかった百年に一度の特大暴走の後では、領地にも王都にも人が足りなかった。
……感情に任せて放逐してしまったが、ゲルトルーデの心がこの体に戻ってきたら、父親がいなくなったことを嘆くかもしれない。
こんなことでは、さっさと消せば良いのですよ、といつも言っていたジェームズを笑えないな。
そう思いながらわし、孫娘のシュタインボック辺境伯令嬢ゲルトルーデの肉体に宿った先代辺境伯ダニエルは、執事のジェームズと馬車に乗り王都にあるクレープス伯爵邸へと向かっていた。
ジェームズはゲルトルーデの体を動かしているのはわしだと気づいているから、無理に口調を改めるのはやめている。
「生きているうちになんとかしておけば良かったのう」
「ベティーナ様がご存命のときは莫迦なりに役立っておりましたからね。まさかベティーナ様ご逝去の直後に閣下があのようなことになるとは、だれも予想しておりませんでした」
「婆さんを王都へ送って、ベティーナの補佐をさせておけば良かったのかのう」
「……奥方様は閣下やベティーナ様より早くお亡くなりになられましたよ」
「ああ、そうだったな……」
どうしようもなかったとわかっていても、悔恨の念は次から次へと湧いてくる。
婆さんが生きていればベティーナが過労死するようなことはなかっただろうし、わしも無茶をして魔獣の呪いを受けることはなかった。
むしろこの五年間大きな大暴走が起こらなかったことこそが婆さんの加護だったのかもしれない。どんなに我が辺境伯家の騎士団が優秀でも、お漏らし男に率いられたのでは全滅する。領民も巻き添えだ。
「天国とやらで奥方様やベティーナ様とはお会いになられなかったのですか?」
「死んでから、ゲルトルーデの体で意識が目覚めるまでの記憶はないんじゃ。まあ、わしのような根っからの傭兵が善人の行くという天国になど行けるわけがあるまい? ジェームズ、貴様も覚悟しておけよ」
「嫌ですよ、閣下。私は天国へ参るつもりでございます。天国の番人の目を盗むなど、ドラゴンの番から卵を盗むことと比べたら、赤子の手を捻るよりも容易いことでございます」
「……あのときは貴様のせいでドラゴンと戦う羽目になったのじゃったな」
「そのおかげで辺境伯令嬢だった奥方様にお目通り出来たのですから、感謝されても良いと思うのですが。団員千名を越える大陸一の傭兵団の団長が、シュタインボック辺境伯家のご令嬢にひと目惚れして魔獣の大暴走制圧に毎回参加していたくせに、私的な会話は一切出来ずに隠れて見守るだけで……正直見ているほうが恥ずかしかったです」
「うるさいわっ!」
そうこうしているうちに、馬車はクレープス伯爵邸に着いた。
クレープス伯爵との面会についての先触れは出している。
今日はゲルトルーデの父親を追い出した当日だ。明日以降の都合の良い日で良かったのに、時間さえあるのならすぐに来てくれと返事が返って来た。
わしの意識がいつまであるかもわからんし、ありがたいと言えばありがたいのだけれど……ジェームズは直接ゲルトルーデの体の変化を見ているからわかってもおかしくないのじゃが、ヘルベルトのヤツ、もしや先触れの手紙だけでわしの存在に気づいておるのではあるまいな?
クレープス伯爵邸の門が開く音を聞きながら、わしは溜息を漏らした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
クレープス伯爵ヘルベルトは応接室で待っていて、家令に案内されて訪れたわしを見ると歓声を上げた。
「ああ、愛しき御大! 僕のために天国から戻って来てくださったのですね!」
「違うわっ!」
隣のジェームズが笑いを噛み殺している。
音も無く近づき気づかれる前に命を奪うこの男は、大変な笑い上戸だ。
他人の話で笑うだけでなく本人も下手な冗談が好きで、ドラゴンの番から卵を奪ったのも酒の席で笑いを取りたかったからである。
クレープス伯爵ヘルベルトは年若い二十五歳の青年だ。まだ独身の彼は、華やかな艶聞が絶えない男として知られている。
シュタインボック辺境伯領の隣にあるクレープス伯爵領は、大魔林に直接接している我が領ほどではないものの、魔獣の被害が多い土地である。
彼の両親も魔獣によって早くに亡くなっていた。
ヘルベルトには年の離れた姉がいて、先代伯爵夫婦が亡くなったときはすでに公爵家へ嫁いでいた。
婚家と実家を行き来しながら、彼女はふたりの息子を産み弟を育て上げた。
最後の仕上げにと十年前、十五歳のヘルベルトが我が家に預けられた。魔獣との戦い方や騎士団への指揮を学ぶためだ。
それが、なんで──
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ジェームズ「ドラゴンの卵は、私達傭兵団と辺境伯家の騎士団で美味しくいただきました」
辺境伯領本宅のベッドの上で、何度思ったことだろう。
証拠固めだなんてのん気なことを考えず、あの妾の娘がシュタインボック辺境伯代行(元)の種でないことだけでもさっさと教えてやれば良かった。
まさかベティーナがあんなに早く亡くなるとは考えてもいなかったのだ。
ベティーナの死は、元代行やその妾親子の関与によるものではない。
過労死だ。
シュタインボック辺境伯家の男は領地で大魔林から襲い来る魔獣と戦い、女は王都で食糧・人員・武器防具を調達する。八人兄弟の末っ子だったベティーナしか残らないほど激しかった百年に一度の特大暴走の後では、領地にも王都にも人が足りなかった。
……感情に任せて放逐してしまったが、ゲルトルーデの心がこの体に戻ってきたら、父親がいなくなったことを嘆くかもしれない。
こんなことでは、さっさと消せば良いのですよ、といつも言っていたジェームズを笑えないな。
そう思いながらわし、孫娘のシュタインボック辺境伯令嬢ゲルトルーデの肉体に宿った先代辺境伯ダニエルは、執事のジェームズと馬車に乗り王都にあるクレープス伯爵邸へと向かっていた。
ジェームズはゲルトルーデの体を動かしているのはわしだと気づいているから、無理に口調を改めるのはやめている。
「生きているうちになんとかしておけば良かったのう」
「ベティーナ様がご存命のときは莫迦なりに役立っておりましたからね。まさかベティーナ様ご逝去の直後に閣下があのようなことになるとは、だれも予想しておりませんでした」
「婆さんを王都へ送って、ベティーナの補佐をさせておけば良かったのかのう」
「……奥方様は閣下やベティーナ様より早くお亡くなりになられましたよ」
「ああ、そうだったな……」
どうしようもなかったとわかっていても、悔恨の念は次から次へと湧いてくる。
婆さんが生きていればベティーナが過労死するようなことはなかっただろうし、わしも無茶をして魔獣の呪いを受けることはなかった。
むしろこの五年間大きな大暴走が起こらなかったことこそが婆さんの加護だったのかもしれない。どんなに我が辺境伯家の騎士団が優秀でも、お漏らし男に率いられたのでは全滅する。領民も巻き添えだ。
「天国とやらで奥方様やベティーナ様とはお会いになられなかったのですか?」
「死んでから、ゲルトルーデの体で意識が目覚めるまでの記憶はないんじゃ。まあ、わしのような根っからの傭兵が善人の行くという天国になど行けるわけがあるまい? ジェームズ、貴様も覚悟しておけよ」
「嫌ですよ、閣下。私は天国へ参るつもりでございます。天国の番人の目を盗むなど、ドラゴンの番から卵を盗むことと比べたら、赤子の手を捻るよりも容易いことでございます」
「……あのときは貴様のせいでドラゴンと戦う羽目になったのじゃったな」
「そのおかげで辺境伯令嬢だった奥方様にお目通り出来たのですから、感謝されても良いと思うのですが。団員千名を越える大陸一の傭兵団の団長が、シュタインボック辺境伯家のご令嬢にひと目惚れして魔獣の大暴走制圧に毎回参加していたくせに、私的な会話は一切出来ずに隠れて見守るだけで……正直見ているほうが恥ずかしかったです」
「うるさいわっ!」
そうこうしているうちに、馬車はクレープス伯爵邸に着いた。
クレープス伯爵との面会についての先触れは出している。
今日はゲルトルーデの父親を追い出した当日だ。明日以降の都合の良い日で良かったのに、時間さえあるのならすぐに来てくれと返事が返って来た。
わしの意識がいつまであるかもわからんし、ありがたいと言えばありがたいのだけれど……ジェームズは直接ゲルトルーデの体の変化を見ているからわかってもおかしくないのじゃが、ヘルベルトのヤツ、もしや先触れの手紙だけでわしの存在に気づいておるのではあるまいな?
クレープス伯爵邸の門が開く音を聞きながら、わしは溜息を漏らした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
クレープス伯爵ヘルベルトは応接室で待っていて、家令に案内されて訪れたわしを見ると歓声を上げた。
「ああ、愛しき御大! 僕のために天国から戻って来てくださったのですね!」
「違うわっ!」
隣のジェームズが笑いを噛み殺している。
音も無く近づき気づかれる前に命を奪うこの男は、大変な笑い上戸だ。
他人の話で笑うだけでなく本人も下手な冗談が好きで、ドラゴンの番から卵を奪ったのも酒の席で笑いを取りたかったからである。
クレープス伯爵ヘルベルトは年若い二十五歳の青年だ。まだ独身の彼は、華やかな艶聞が絶えない男として知られている。
シュタインボック辺境伯領の隣にあるクレープス伯爵領は、大魔林に直接接している我が領ほどではないものの、魔獣の被害が多い土地である。
彼の両親も魔獣によって早くに亡くなっていた。
ヘルベルトには年の離れた姉がいて、先代伯爵夫婦が亡くなったときはすでに公爵家へ嫁いでいた。
婚家と実家を行き来しながら、彼女はふたりの息子を産み弟を育て上げた。
最後の仕上げにと十年前、十五歳のヘルベルトが我が家に預けられた。魔獣との戦い方や騎士団への指揮を学ぶためだ。
それが、なんで──
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ジェームズ「ドラゴンの卵は、私達傭兵団と辺境伯家の騎士団で美味しくいただきました」
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