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第二話 女神様の加護
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「まあ、そうでしたの。伯爵領と子爵領は近いので、おふたりが幼馴染で慕い合っていたから結ばれた婚約だと思っていましたわ」
私は顔色を曇らせてしまったのでしょう。父が案じるような表情になります。
「テナシテ嬢の傷はもう完治して痕も残っていないと聞く。もともと他家の領地に侵入した彼女が悪いんだ。我が家が婚約解消をゴリ押ししても、伯爵家に嫌がられるどころか感謝されるかもしれないよ?」
「ふふふ、お父様ったら悪人のお顔になっていますわ」
「公爵家の当主ともなると清濁併せ呑むことが出来なければ始まらないからね」
「王太子妃の父親としても、ですわね」
父が悲しそうな顔になりました。
だから真実は話せないのです。
早くに母を亡くした私と兄に過保護な父が望んでいるのは私の幸福ですが、私は……
「私はジョゼ王太子殿下をお慕いしています。殿下の御代を守るためにも、国内の混乱を収めたかっただけですわ。そういえば、マクシムはどうしましたの? お父様の馬しか庭にいませんでしたわ」
マクシムは私の幼馴染で公爵家の騎士団長の息子です。
彼は父と一緒に伯爵領へ行ったのです。
跡取りの兄はお留守番でした。当主と跡取りが同時に罹病したらいけませんからね。
「マクシムならファビアン君と一緒に、苦い豆の情報を伯爵領の周辺に伝えているよ。病が潜伏期間の裕福な商人達が、各地を移動しているかもしれないからね」
「そうですか。このまま疫病の流行が鎮静化したら、きっとジョゼ王太子殿下も喜んでくださいますわね」
ジョゼ王太子殿下は私のことを愛していません。
私という後ろ盾がいなければ王太子になれなかったことを恥辱に思い、私無しで自分の力を証明しようとなさっています。
ああ、でも……今回の伯爵領の疫病鎮静化には動かれませんでしたわね。私が早くに動き過ぎてしまったのでしょうか。
人間の心は不思議なもので、されたことよりもしたことを強く記憶します。
もしファビアン様が今回の疫病に罹患して後遺症に苦しむことになっていたら、婚約者として看病したテナシテ様の心には、彼の存在が深く刻まれたことでしょう。
私はそれを歓迎出来ませんでした。テナシテ様にはジョゼ王太子殿下を愛していただかなくては困るのです。
テナシテ様のジョゼ殿下への愛情は希薄なもので、殿下が王太子でなければ維持出来ません。
だから私との婚約を白紙撤回して、殿下を廃太子にするわけにはいかないのです。
どんな状況でも殿下のほうはテナシテ様を愛するようになるのですから。
先ほど私が顔色を曇らせてしまったのは、テナシテ様の婚約の経緯を聞いたからです。
自分が守り切れずに責任を取った、と思っていらっしゃるファビアン様にはテナシテ様の存在が深く刻まれているに違いありません。
彼の存在は邪魔ですが、殺して排除というわけにはいきません。そんなことをしたら、ファビアン様はテナシテ様の心で永遠に煌めき続ける存在になってしまいます。ええ、これまでがそうだったのですもの。
──私は時間を繰り返しています。十二歳から十年間、二十二歳までの時間を。
理由はわかりません。
いいえ、ジョゼ王太子殿下に巻き込まれているのかもしれません。
殿下はこの王国の守護女神様の加護を授かっていらっしゃるのですもの。
父はよくふざけて私のことを女神様の愛し子と呼びますが、それは間違いです。
私は女神様に厭われているのです。
真実の愛で結ばれた殿下とテナシテ様を引き裂いた罪で。
繰り返す時間の中で、何度テナシテ様を殺したか、何度彼女に殺されたか覚えていません。独り占めしたくて殿下を殺したことも、殿下に殺されたり処刑されたことも数え切れません。
今でさえ私を好いてはいらっしゃらない殿下は、三年後に入学する学園でテナシテ様と出会って恋に落ちます。
これまでの繰り返しでは、ファビアン様は学園に入学する前の年に今回の病による後遺症が原因でお亡くなりになっていました。
テナシテ様はその悲しみから逃れるために殿下の愛を受け入れるのですけれど、ファビアン様への想いを消すことは出来ませんでした。殿下が王太子としての強権を振るって愛妾として迎え入れなければ、テナシテ様は神殿に入って俗世を離れてしまいます。
私はきっとおふたりの真実の愛を成就させるという役目を与えられているのです。
何度目の繰り返しからか、そう考えて努力するようになりました。
少しだけ期待しているのもあります。おふたりの真実の愛が成就したら、私が殿下への愛から解放されるのではないかと。
辛いのです、苦しいのです、疲れ果てたのです。
愛してくれない方を愛し続けるのは。
なのに、どんなに諦めようとしても感情が勝手に荒れ狂うのです。
繰り返しの中、諦めたつもりで殿下と離れてほかの方と結ばれたこともありました。
だけど私は、こんな私を受け入れてくれた方を愛することが出来なかったのです。
それでもまだ殿下を愛し続けていたのです。女神様の加護を授かった王太子として、この王国のために必死で励んでいる殿下を。ファビアン様を想うテナシテ様ご自身に拒まれても、彼女を愛し続けている殿下を。
なんて不毛なのでしょう!
私が望むのは殿下の幸福、真実の愛の成就です。
もし、もしもそれで殿下への愛が潰えたなら、殿下を嫌いになれたなら、私は新しい人生と幸せを求めることが出来るようになる気がします。
そうなったら、これまで私を大切にしてくださった父や家族、友達に繰り返しの話をして、笑い話にしてしまいたいと思うのです。
私は顔色を曇らせてしまったのでしょう。父が案じるような表情になります。
「テナシテ嬢の傷はもう完治して痕も残っていないと聞く。もともと他家の領地に侵入した彼女が悪いんだ。我が家が婚約解消をゴリ押ししても、伯爵家に嫌がられるどころか感謝されるかもしれないよ?」
「ふふふ、お父様ったら悪人のお顔になっていますわ」
「公爵家の当主ともなると清濁併せ呑むことが出来なければ始まらないからね」
「王太子妃の父親としても、ですわね」
父が悲しそうな顔になりました。
だから真実は話せないのです。
早くに母を亡くした私と兄に過保護な父が望んでいるのは私の幸福ですが、私は……
「私はジョゼ王太子殿下をお慕いしています。殿下の御代を守るためにも、国内の混乱を収めたかっただけですわ。そういえば、マクシムはどうしましたの? お父様の馬しか庭にいませんでしたわ」
マクシムは私の幼馴染で公爵家の騎士団長の息子です。
彼は父と一緒に伯爵領へ行ったのです。
跡取りの兄はお留守番でした。当主と跡取りが同時に罹病したらいけませんからね。
「マクシムならファビアン君と一緒に、苦い豆の情報を伯爵領の周辺に伝えているよ。病が潜伏期間の裕福な商人達が、各地を移動しているかもしれないからね」
「そうですか。このまま疫病の流行が鎮静化したら、きっとジョゼ王太子殿下も喜んでくださいますわね」
ジョゼ王太子殿下は私のことを愛していません。
私という後ろ盾がいなければ王太子になれなかったことを恥辱に思い、私無しで自分の力を証明しようとなさっています。
ああ、でも……今回の伯爵領の疫病鎮静化には動かれませんでしたわね。私が早くに動き過ぎてしまったのでしょうか。
人間の心は不思議なもので、されたことよりもしたことを強く記憶します。
もしファビアン様が今回の疫病に罹患して後遺症に苦しむことになっていたら、婚約者として看病したテナシテ様の心には、彼の存在が深く刻まれたことでしょう。
私はそれを歓迎出来ませんでした。テナシテ様にはジョゼ王太子殿下を愛していただかなくては困るのです。
テナシテ様のジョゼ殿下への愛情は希薄なもので、殿下が王太子でなければ維持出来ません。
だから私との婚約を白紙撤回して、殿下を廃太子にするわけにはいかないのです。
どんな状況でも殿下のほうはテナシテ様を愛するようになるのですから。
先ほど私が顔色を曇らせてしまったのは、テナシテ様の婚約の経緯を聞いたからです。
自分が守り切れずに責任を取った、と思っていらっしゃるファビアン様にはテナシテ様の存在が深く刻まれているに違いありません。
彼の存在は邪魔ですが、殺して排除というわけにはいきません。そんなことをしたら、ファビアン様はテナシテ様の心で永遠に煌めき続ける存在になってしまいます。ええ、これまでがそうだったのですもの。
──私は時間を繰り返しています。十二歳から十年間、二十二歳までの時間を。
理由はわかりません。
いいえ、ジョゼ王太子殿下に巻き込まれているのかもしれません。
殿下はこの王国の守護女神様の加護を授かっていらっしゃるのですもの。
父はよくふざけて私のことを女神様の愛し子と呼びますが、それは間違いです。
私は女神様に厭われているのです。
真実の愛で結ばれた殿下とテナシテ様を引き裂いた罪で。
繰り返す時間の中で、何度テナシテ様を殺したか、何度彼女に殺されたか覚えていません。独り占めしたくて殿下を殺したことも、殿下に殺されたり処刑されたことも数え切れません。
今でさえ私を好いてはいらっしゃらない殿下は、三年後に入学する学園でテナシテ様と出会って恋に落ちます。
これまでの繰り返しでは、ファビアン様は学園に入学する前の年に今回の病による後遺症が原因でお亡くなりになっていました。
テナシテ様はその悲しみから逃れるために殿下の愛を受け入れるのですけれど、ファビアン様への想いを消すことは出来ませんでした。殿下が王太子としての強権を振るって愛妾として迎え入れなければ、テナシテ様は神殿に入って俗世を離れてしまいます。
私はきっとおふたりの真実の愛を成就させるという役目を与えられているのです。
何度目の繰り返しからか、そう考えて努力するようになりました。
少しだけ期待しているのもあります。おふたりの真実の愛が成就したら、私が殿下への愛から解放されるのではないかと。
辛いのです、苦しいのです、疲れ果てたのです。
愛してくれない方を愛し続けるのは。
なのに、どんなに諦めようとしても感情が勝手に荒れ狂うのです。
繰り返しの中、諦めたつもりで殿下と離れてほかの方と結ばれたこともありました。
だけど私は、こんな私を受け入れてくれた方を愛することが出来なかったのです。
それでもまだ殿下を愛し続けていたのです。女神様の加護を授かった王太子として、この王国のために必死で励んでいる殿下を。ファビアン様を想うテナシテ様ご自身に拒まれても、彼女を愛し続けている殿下を。
なんて不毛なのでしょう!
私が望むのは殿下の幸福、真実の愛の成就です。
もし、もしもそれで殿下への愛が潰えたなら、殿下を嫌いになれたなら、私は新しい人生と幸せを求めることが出来るようになる気がします。
そうなったら、これまで私を大切にしてくださった父や家族、友達に繰り返しの話をして、笑い話にしてしまいたいと思うのです。
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