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第六話 真実の愛
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「貴族の政略結婚なんかで真実の愛が生まれることはないのよ」
それがジョゼの母親、側妃の口癖だった。
「真実の愛は身分の高い男性と身分の低い女の間にだけ生まれるの」
ジョゼの父親である国王は、いつまで経っても『男』だった。
王や父親になることから逃げて、女性と恋愛遊戯を楽しむことしか頭に無かったのだ。
彼が側妃を溺愛していたのは事実だが、その愛は最初から薄っぺらいものだった。国王は自分をチヤホヤしてくれる女性ならだれでも良かったし、側妃も金持ちの男性ならだれでも良かった。身分が高くて優越感を満たしてくれるのなら、さらに良し、と言ったところだろう。
「身分の高い女は真実の愛を穢す邪魔者なのよ」
そもそも身分の低い男性を数に入れていない時点で、側妃にとってだけ都合の良い理屈なのがわかる。
とはいえジョゼにとっては母親である。
彼女の言葉はジョゼの心に深く刻まれた。
公爵令嬢のシャルロットと初めて出会ったとき、ジョゼの胸に浮かんだのは嫌悪だった。
だって母親の言っていた真実の愛を穢す邪魔者なのだから。
それに彼女の母は王妃と同じ隣国の出身で、ふたりはよく似ていた。
まだ子どもだったジョゼに婚約の政治的な理由を考える余裕はなかった。
ただただ公爵令嬢が嫌いだと思った。
都合の良いときだけ子どもの自分を可愛がる振りをする両親と違い、第二王子を心の底から愛しているように見える王妃に似た彼女が。
母親の側妃が亡くなって、父親の国王はジョゼへの関心を失った。
新しい愛妾が出来ていたせいもある。
ジョゼのような存在を生み出さないように、新しい愛妾は厳しく管理されていた。
それでもジョゼは王太子のままだった。
公爵令嬢が婚約者だし、生まれたときにこの王国の守護女神の加護も授かっている。
ジョゼは周囲に、自分が王太子に相応しい人間だと認められたかった。だから努力した。
なのに結果はついて来なかった。
伯爵領の疫病の流行に立ち向かっても結果は出なかった。伯爵家の人間の多くが亡くなり、跡取りのファビアンには後遺症が残ってしまった。
それ以外のこともどんなに頑張っても空回りするだけで、婚約者に支えられ助けられる日々だった。
ジョゼは婚約者が憎かった。
彼女の行動のすべてが自分を見下し貶めるためのもののように思えた。
学園に入学して、子爵令嬢のテナシテと出会ったのはジョゼが一番煮詰まっていたときだった。
その少し前に伯爵家のファビアンが亡くなっていたからだ。
ジョゼは自分の努力はすべて泡沫のようなものだと思い始めていた。
しかし奇しくもテナシテは亡きファビアンの婚約者だった。
ひと目で惹かれた、母親の言っていた真実の愛が生まれるかもしれない身分の低い娘──婚約者を喪った悲しみから彼女を癒せたら、救えなかったファビアンにも許されるような気がした。
婚約者である公爵令嬢シャルロットのことなど、ジョゼの頭には少しも浮かんでこなかった。
彼女は最初から、いずれ出会う真実の愛にとっての邪魔者でしかなかったのだから。
ジョゼにとってこの人生は二度目だ。
前のときはシャルロットに縋りつかれて婚約破棄はしなかった。
公爵令嬢を王太子妃にして、亡き婚約者を弔うために神殿へ入りたいというテナシテを強引に愛妾として王宮に迎えたのだ。
しばらくして、ジョゼはテナシテと示し合わせてシャルロットを罪に落とした。テナシテを害そうとしたと決めつけて処刑したのだ。
(それから……)
二度目の人生でファビアンを暗殺しようとしたジョゼは、子爵令嬢の思わせぶりな態度に惑わされた面もあるとされて、死刑にまではならなかった。
それでも王太子ではなくなったし、最愛のテナシテは監視付きで神殿に入れられてしまった。
王宮の自室で、ジョゼはぼんやりと前の最後を思い出す。
(シャルロットのことで公爵が反旗を翻してきて……いや、その前に)
テナシテが浮気をした。亡き婚約者によく似た優男と抱き合っていたのだ。
(だから、殺して……)
公爵とその騎士団が王宮に攻め入ってきたとき、ジョゼは廃人と化していた。
テナシテとの幸せな生活のために幽閉していた父王と王妃が解放されて、密かに殺そうとしたが逃げられていた第二王子が戻って来て、ジョゼは処刑された。
今回と同じく王太子の器なし、と見做されたのだ。
そして、気がつくと二度目の十二歳が始まっていた。
(伯爵領を放っておいてファビアンを殺しておけば、テナシテは私のものだったのに。あの女が余計なことを……)
どんなに婚約者を諸悪の根源にしようとしても、ジョゼは覚えている。
卒業パーティで、ファビアンを求めるテナシテに手を振りほどかれたことを。
前の人生で浮気相手と抱き合っていたテナシテの幸せそうな表情を。
ジョゼは懐から毒薬の瓶を取り出した。母親の側妃から受け継いだものだ。
側妃はいつか王妃を殺そうと企んで、この毒薬を入手した。
だがその前に、新しい愛妾から国王の心を取り戻すために自殺未遂を偽装しようとして飲んで亡くなったのだった。
(もう一度時間が戻ったら、今度はもっと上手くやる。もっと……)
そう思いながら毒薬の蓋を取り、ジョゼは瓶を口へと運ぶ。
中身を飲み込むと、意識が薄れていった。
朦朧とした意識の中で、自分を裏切ったときのテナシテの姿が浮かんでは消える。彼女を手に入れても自分は幸せにはなれないのではないかと気づいたのは、意識が消える瞬間だった。ジョゼは前のときのように、記憶を持ったまま過去に戻って幸せになりたいとは願えなかった。
それがジョゼの母親、側妃の口癖だった。
「真実の愛は身分の高い男性と身分の低い女の間にだけ生まれるの」
ジョゼの父親である国王は、いつまで経っても『男』だった。
王や父親になることから逃げて、女性と恋愛遊戯を楽しむことしか頭に無かったのだ。
彼が側妃を溺愛していたのは事実だが、その愛は最初から薄っぺらいものだった。国王は自分をチヤホヤしてくれる女性ならだれでも良かったし、側妃も金持ちの男性ならだれでも良かった。身分が高くて優越感を満たしてくれるのなら、さらに良し、と言ったところだろう。
「身分の高い女は真実の愛を穢す邪魔者なのよ」
そもそも身分の低い男性を数に入れていない時点で、側妃にとってだけ都合の良い理屈なのがわかる。
とはいえジョゼにとっては母親である。
彼女の言葉はジョゼの心に深く刻まれた。
公爵令嬢のシャルロットと初めて出会ったとき、ジョゼの胸に浮かんだのは嫌悪だった。
だって母親の言っていた真実の愛を穢す邪魔者なのだから。
それに彼女の母は王妃と同じ隣国の出身で、ふたりはよく似ていた。
まだ子どもだったジョゼに婚約の政治的な理由を考える余裕はなかった。
ただただ公爵令嬢が嫌いだと思った。
都合の良いときだけ子どもの自分を可愛がる振りをする両親と違い、第二王子を心の底から愛しているように見える王妃に似た彼女が。
母親の側妃が亡くなって、父親の国王はジョゼへの関心を失った。
新しい愛妾が出来ていたせいもある。
ジョゼのような存在を生み出さないように、新しい愛妾は厳しく管理されていた。
それでもジョゼは王太子のままだった。
公爵令嬢が婚約者だし、生まれたときにこの王国の守護女神の加護も授かっている。
ジョゼは周囲に、自分が王太子に相応しい人間だと認められたかった。だから努力した。
なのに結果はついて来なかった。
伯爵領の疫病の流行に立ち向かっても結果は出なかった。伯爵家の人間の多くが亡くなり、跡取りのファビアンには後遺症が残ってしまった。
それ以外のこともどんなに頑張っても空回りするだけで、婚約者に支えられ助けられる日々だった。
ジョゼは婚約者が憎かった。
彼女の行動のすべてが自分を見下し貶めるためのもののように思えた。
学園に入学して、子爵令嬢のテナシテと出会ったのはジョゼが一番煮詰まっていたときだった。
その少し前に伯爵家のファビアンが亡くなっていたからだ。
ジョゼは自分の努力はすべて泡沫のようなものだと思い始めていた。
しかし奇しくもテナシテは亡きファビアンの婚約者だった。
ひと目で惹かれた、母親の言っていた真実の愛が生まれるかもしれない身分の低い娘──婚約者を喪った悲しみから彼女を癒せたら、救えなかったファビアンにも許されるような気がした。
婚約者である公爵令嬢シャルロットのことなど、ジョゼの頭には少しも浮かんでこなかった。
彼女は最初から、いずれ出会う真実の愛にとっての邪魔者でしかなかったのだから。
ジョゼにとってこの人生は二度目だ。
前のときはシャルロットに縋りつかれて婚約破棄はしなかった。
公爵令嬢を王太子妃にして、亡き婚約者を弔うために神殿へ入りたいというテナシテを強引に愛妾として王宮に迎えたのだ。
しばらくして、ジョゼはテナシテと示し合わせてシャルロットを罪に落とした。テナシテを害そうとしたと決めつけて処刑したのだ。
(それから……)
二度目の人生でファビアンを暗殺しようとしたジョゼは、子爵令嬢の思わせぶりな態度に惑わされた面もあるとされて、死刑にまではならなかった。
それでも王太子ではなくなったし、最愛のテナシテは監視付きで神殿に入れられてしまった。
王宮の自室で、ジョゼはぼんやりと前の最後を思い出す。
(シャルロットのことで公爵が反旗を翻してきて……いや、その前に)
テナシテが浮気をした。亡き婚約者によく似た優男と抱き合っていたのだ。
(だから、殺して……)
公爵とその騎士団が王宮に攻め入ってきたとき、ジョゼは廃人と化していた。
テナシテとの幸せな生活のために幽閉していた父王と王妃が解放されて、密かに殺そうとしたが逃げられていた第二王子が戻って来て、ジョゼは処刑された。
今回と同じく王太子の器なし、と見做されたのだ。
そして、気がつくと二度目の十二歳が始まっていた。
(伯爵領を放っておいてファビアンを殺しておけば、テナシテは私のものだったのに。あの女が余計なことを……)
どんなに婚約者を諸悪の根源にしようとしても、ジョゼは覚えている。
卒業パーティで、ファビアンを求めるテナシテに手を振りほどかれたことを。
前の人生で浮気相手と抱き合っていたテナシテの幸せそうな表情を。
ジョゼは懐から毒薬の瓶を取り出した。母親の側妃から受け継いだものだ。
側妃はいつか王妃を殺そうと企んで、この毒薬を入手した。
だがその前に、新しい愛妾から国王の心を取り戻すために自殺未遂を偽装しようとして飲んで亡くなったのだった。
(もう一度時間が戻ったら、今度はもっと上手くやる。もっと……)
そう思いながら毒薬の蓋を取り、ジョゼは瓶を口へと運ぶ。
中身を飲み込むと、意識が薄れていった。
朦朧とした意識の中で、自分を裏切ったときのテナシテの姿が浮かんでは消える。彼女を手に入れても自分は幸せにはなれないのではないかと気づいたのは、意識が消える瞬間だった。ジョゼは前のときのように、記憶を持ったまま過去に戻って幸せになりたいとは願えなかった。
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