もしも嫌いになれたなら

豆狸

文字の大きさ
7 / 7

最終話 もしも

しおりを挟む
 ジョゼ殿下の幸せが望めなくなったこともあり、私は家族に繰り返しのことを打ち明けました。
 といっても、すべてではありません。
 一度だけ時間が戻ったことにしたのです。何度も繰り返していると話したら、心配されると思ったからです。

 前のとき、私は婚約破棄されても殿下に縋りついて王太子妃になったと話しました。
 ただし結末は変えました。
 べつの繰り返しで起こった、テナシテ様が亡きファビアン様に似た方と浮気をして、殿下が彼女と無理心中をしたときのことで締めくくりました。だって私がテナシテ様を害したと言われて処刑されたなんて伝えたら、父がなにを仕出かすかわかりませんもの。

 心中するほど殿下がテナシテ様を想っていらっしゃると知り、おふたりを結び付けてあげようとしていたのだということにしたのです。
 伯爵領を救ったのは、ファビアン様がお亡くなりになるとテナシテ様の心の中で永遠の存在になってしまうから、だということも。
 テナシテ様が浮気者だと思われないよう、ファビアン様を想うがゆえの行動だったのだと語ったつもりですが、ちゃんと伝わったでしょうか。

 そこまで話したのは、ファビアン様に求婚されたからです。
 彼は伯爵領を救った私、大学でマクシムが語った私に恋をしたのだそうです。
 お断りするのと、私がファビアン様を好きなわけではないということを伝えるためには事情を説明せずにはいられなかったのです。

 学園を卒業してしばらくして、王宮の自室で幽閉状態だったジョゼ殿下の訃報が届きました。

 殿下の父君はすでに退位していて、学園在学中の身ながらも第二王子殿下が即位されています。
 王妃様の派閥は第二王子殿下が成長なさるのを待っていたのです。
 隣国の王女である王妃様にこの王国の全権を預けるのは、あまり良いこととは言えませんからね。それに……ジョゼ殿下が王太子として頑張っていらっしゃることは、だれもが認めていたのです。

 殿下の訃報から一年後、私はマクシムと結婚いたしました。
 公爵家は兄が継ぐ予定ですが、我が家の騎士団の専属医師ということでマクシムは公爵邸で暮らしています。
 もちろん妻の私も一緒です。出ていかないでくれと、父に泣きつかれたからでもあります。

「お父様や貴方が、私がファビアン様を好きだと思い込んでいるから困りましたわ」
「そりゃなあ。お嬢は全然ジョゼ殿下に気がなさそうなのに、婚約の白紙撤回だけは拒むんだもの。なにかあると思うだろ? まあ時間が巻き戻ってるだなんて想像も出来ないから、ファビアン殿がテナシテ嬢と結ばれるのを望んでたのかと思ってたけど」

 領地の公爵邸の庭を歩きながら、マクシムに言われて私は首を傾げました。

「ジョゼ殿下に気がないように見えましたか?」
「ああ。前のときは知らないが、慕っているとは思えなかった」
「じゃあ私、もうジョゼ殿下を愛していないのかしら。でも……」
「でも?」
「まだマクシムのことを愛せないでいるのです」
「っ」

 マクシムは溜息をついて、それから尋ねてきました。

「……お嬢、俺と結婚するの嫌だったのか?」
「いいえ、結婚するのはマクシムが良いと思っていました。だからファビアン様の求婚はどうしても受け入れられなかったのです。マクシムのことは好きだし、一緒にいると幸せな気持ちになります。不安なときに力づけてくれるのは……いつも貴方でした。殿下への愛が消えたら、貴方を愛せるようになれると思ったのですけれど……」

 私は俯きました。
 もう何回だったかも思い出せない繰り返しの中で、私は幾度かマクシムと結ばれました。
 早々に殿下との婚約を白紙撤回して、彼と婚約したこともあるのです。でも私はマクシムを愛せませんでした。好きなのに、それは殿下に対するのとは違う感情だったのです。

 マクシムはもう一度溜息をついて、自分の頭をかきました。

「一応確認しとくけど、お嬢の言う愛ってどんなの?」
「……殺してでも独り占めしたいと思うほど、強くて激しい感情です。前のとき、テナシテ様と一緒にいる殿下を見ると、いつもそんな感情に支配されたのです」
「は!」

 マクシムは吹き出しました。

「お嬢が俺にそんな感情を抱くことは永遠にねぇよ。だって俺、浮気しねぇもん」
「え?」
「それは嫉妬だろ? 愛の一部だけどすべてじゃない。……お嬢は俺を愛してるんだよ。あの美男子のファビアン殿より俺を選んだくらいなんだから」

 満面に笑みを浮かべて、マクシムが私を抱き締めます。
 そうなのでしょうか?
 繰り返しの中で幾度か彼と結ばれたとき、いつも申し訳ないと思っていました。愛されて幸せなのに、私は愛を返せていないと思っていたから。いつか殿下の真実の愛を成就させて私が殿下への愛から解放されたら、心からマクシムを愛せるようになるのではないかと夢見ていたのです。

「マクシムはファビアン様よりも素敵だと思いますよ?」
「あーもう、それが愛してるってことだろ? お嬢は俺にとって世界一の女性だよ」

 そうなのでしょうか。
 私はマクシムを愛せているのでしょうか。
 もし、もしも彼を愛せているのなら……私はマクシムの背中に腕を回しました。私の耳元で彼が囁きます。

「……お嬢にだったら嫉妬されて殺されんのも悪かねぇけどな」

 温もりの中、私はもう二度と繰り返しが起こらなければ良いのにと願いました。そして、その願いは叶えられたのです。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

初恋の相手と結ばれて幸せですか?

豆狸
恋愛
その日、学園に現れた転校生は私の婚約者の幼馴染で──初恋の相手でした。

愛してもいないのに

豆狸
恋愛
どうして前と違うのでしょう。 この記憶は本当のことではないのかもしれません。 ……本当のことでなかったなら良いのに。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

【完結】愛されない令嬢は全てを諦めた

ツカノ
恋愛
繰り返し夢を見る。それは男爵令嬢と真実の愛を見つけた婚約者に婚約破棄された挙げ句に処刑される夢。 夢を見る度に、婚約者との顔合わせの当日に巻き戻ってしまう。 令嬢が諦めの境地に至った時、いつもとは違う展開になったのだった。 三話完結予定。

婚約解消は君の方から

みなせ
恋愛
私、リオンは“真実の愛”を見つけてしまった。 しかし、私には産まれた時からの婚約者・ミアがいる。 私が愛するカレンに嫌がらせをするミアに、 嫌がらせをやめるよう呼び出したのに…… どうしてこうなったんだろう? 2020.2.17より、カレンの話を始めました。 小説家になろうさんにも掲載しています。

あなたへの恋心を消し去りました

恋愛
 私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。  私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。  だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。  今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。  彼は心は自由でいたい言っていた。  その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。  友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。  だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。 ※このお話はハッピーエンドではありません。 ※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

真実の愛だった、運命の恋だった。

豆狸
恋愛
だけど不幸で間違っていた。

さよなら 大好きな人

小夏 礼
恋愛
女神の娘かもしれない紫の瞳を持つアーリアは、第2王子の婚約者だった。 政略結婚だが、それでもアーリアは第2王子のことが好きだった。 彼にふさわしい女性になるために努力するほど。 しかし、アーリアのそんな気持ちは、 ある日、第2王子によって踏み躙られることになる…… ※本編は悲恋です。 ※裏話や番外編を読むと本編のイメージが変わりますので、悲恋のままが良い方はご注意ください。 ※本編2(+0.5)、裏話1、番外編2の計5(+0.5)話です。

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

処理中です...