貴方は私の

豆狸

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第一話 彼女の初恋

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 婚約を解消されて一年が過ぎました。
 私は実家に勘当されて送られた最果ての神殿から、初恋の人に手紙を出しました。
 ずっとずっと告げられなかったことを書き、ずっとずっと私を支え続けてくれていた想い出の品を同封しました。彼はあの手紙を受け取ってどう思うのでしょうか。

 ……いいえ、なにも思うはずがありません。彼の初恋の人は私ではないのですから。

★ ★ ★ ★ ★

 最果ての神殿から届いた手紙に王太子のニコロは戸惑っていた。
 差出人は一年前に婚約を解消した相手、元侯爵令嬢のコルミナ。
 貴族の子女が通う学園の卒業後に円満解消したつもりだったが、彼女はニコロとの婚約解消と同時に侯爵家から勘当されて神殿に入っていた。

 侯爵はコルミナの母の死後、後妻を娶りコルミナの異母妹を家に入れた。
 異母妹の年齢からいって、コルミナの母が生きていたころからの仲だったことは間違いない。
 ニコロの脳裏に、コルミナの寂しげな顔が蘇る。

 恨み辛みでも書いてきたのだろうと一度は考えたが、彼女はそんな人間ではなかったと思い直し、封を開けた。
 一枚だけの便せんにはたった一言──貴方は私の初恋でした。
 そして空になった封筒から、押し花を貼った栞が落ちた。

 その押し花はもう色褪せていたけれど、赤みを帯びた黄色い花だということがニコロにはわかった。
 大切な想い出の花だ。
 根っこに解毒の効果があって、貴族の家ではほかの花の彩りのようにして植えられ、いざというときに使われている。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「ベラドンナ」

 コルミナからの手紙を読んだニコロはベラドンナの部屋を訪ねた。
 新しい婚約者のベラドンナは教育のため王宮に部屋を与えられていた。
 幼いころからの婚約者だった侯爵令嬢のコルミナと違い、数年前に侯爵家に来たばかりのベラドンナには覚えなくてはいけないことがたくさんあった。三年間の学園生活で身に着いたものでは足りなかったのだ。

「ニコロ!」

 最近は互いに忙しく、顔を合わせるのは久しぶりだ。
 ベラドンナの顔に笑みが浮かぶ。
 彼女は白っぽい金髪に青い瞳、真っ赤な髪に緑の瞳のコルミナとは対照的な美しさの持ち主だった。清楚な見かけのベラドンナの性格は社交的で、派手に見えるコルミナは内向的だったのだ。

「ベラドンナ、私の初恋の人。初めて会ったときに私が君に捧げた花の色を覚えているかい?」
「え? どうしたの、いきなりそんな」

 ベラドンナはコルミナの異母妹だ。
 侯爵の正妻が亡くなって正式に引き取られ、貴族の子女が通う学園でニコロと会い恋に落ちたのである。
 まだベラドンナがただの愛人の娘だったころ、異母姉のコルミナの誕生パーティでふたりは会っていた、と彼女はニコロに言った。そして、そのとき花をもらったと告げたのだ。

 そこまで言ったのだから花の色も当然覚えているはずだ。
 なのになぜかベラドンナは狼狽えた表情になる。
 ニコロは優しく微笑んだ。

「覚えているよね? 君は私の初恋の人なんだから。君が初恋の人だから、私はコルミナとの婚約を解消してまで君を選んだのだよ?」
「ええ、もちろんよ」
「とはいえ昔のことだものね。手がかりを与えよう。……髪の色だ」

 ベラドンナの顔に笑みが戻った。

「わかった、白ね!」
「……いいや、赤だ。正確には赤みがかった黄色……幼いころのコルミナの髪の色だ」

 ふたりが婚約したのはコルミナの誕生パーティの数年後で、そのころのコルミナの髪は初めて会ったときより赤みを増していた。今では真っ赤だ。
 ニコロはコルミナが初恋の相手ではないと認識した。
 それでも婚約したのだから、いつか愛するとニコロは誓ったのだけれど、婚約したころのコルミナは母を亡くしたばかりで口数が少なく、ニコロとの仲を深めることなど出来なかった。母親を喪った悲しみから立ち直る前に義母と異母妹が現れて、侯爵家に居場所がなくなった彼女はどんどん心を閉ざしていった。

「……」

 花の色の違いを指摘されて黙りこくった彼女に、ニコロは告げた。

「私の初恋の人は、おとなしい貴族令嬢だった。そもそも当時の君は下町に囲われた母親と一緒に暮らしていた。異母姉の誕生パーティに出席していたはずがない」

 侯爵家はコルミナの母の実家に多大な援助を受けていた。
 彼女の生前は愛人のこともひた隠しにしていたのだ。
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