貴方でなくても良いのです。

豆狸

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第五話 訪問者

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 男爵令嬢ペサディリャは窓辺にいた。
 ここは学院の近くにある屋敷二階の一室だ。
 ペサディリャは、この部屋を借りて暮らしている。留学生の本分は学業ということで、家事は大家がしてくれている。祖国の貧乏な実家にいたときよりも優雅な暮らしをしているかもしれない。

(生真面目な男は扱いやすいわねえ。騎士扱いして頼ってやると、こっちの言いなりになるんだから)

 ペサディリャは明日が誕生日だ。
 十日ほど前の学院中庭での王太子カルロスの婚約破棄は、ペサディリャにとってはひと足早い誕生日祝いのようなものだった。
 カルロスは、ペサディリャが祖国の公爵との件でこちらへ留学させられたと最初から知っている。ただ、カルロスはペサディリャが身分の高い公爵に見初められて付き纏われ、相手の婚約者に命まで狙われた挙句、王家に他国へと厄介払いされた可哀相な令嬢だと思っているだけだ。

(実際、アントニオに好かれても意味なかったのよね。公爵家はあの女の実家の援助なしじゃ立て直せない状態だったんだもん)

 ペサディリャは金が好きだ。贅沢が好きだ。
 実家が貧しく借金まみれだったので、余計にその気持ちが強くなった。
 平民豪商は親に言われたわけでもなく、ペサディリャが自主的に口説き落とした。彼と婚約していなかったら、きっと学園に入学することも出来なかっただろう。

(でも学園には、あんなオッサンよりも若くて金も身分も持ってるオトコがいっぱいいたのよねえ。ってか男爵令嬢のアタシが平民と婚約していたこと自体が間違いだったんだけど)

 少しの間だけでも婚約者でいてあげたのだから、平民豪商は自分に感謝すべきだとペサディリャは思う。
 思いながら、窓辺から離れた。
 この辺りは住宅街だ。お忍びで来ていたカルロスが、家々の間の路地へ入っていって見えなくなったのである。

 侯爵令嬢パトリシアとの婚約を破棄してからのカルロスは、学院へは通っていたものの、それ以外は王宮で軟禁状態だった。
 一方婚約破棄された侯爵令嬢は学院に来ていない。
 傷心旅行をしているという噂もあるものの、真偽は不明だ。

 ペサディリャには面白い状況ではない。
 放課後や休日にペサディリャと町へ繰り出したカルロスは、可哀相な男爵令嬢を慰めるために贅を尽くした贈り物をしてくれていたのに、それがなくなったのだ。
 今日の学院でペサディリャは、王太子を監視する護衛騎士達の目を盗んで彼に泣きついた。

「離れているのが寂しい、なにかアナタを思い出せるものが欲しい、って言っただけなんだけどなぁー」

 ペサディリャは笑いながら机の上のものを手に取る。
 そこには、護衛騎士の目を盗んで来てくれたカルロスが贈ってくれた装身具がところ狭しと置かれている。
 彼の緑色の瞳と同じ色をした宝石が使われた装身具だ。婚約者の侯爵令嬢へ贈る予定だったものだという。もう彼女とは婚約破棄をしたのだから、これは未来の婚約者であるペサディリャのものだとカルロスは言った。

 ペサディリャ自身は侯爵令嬢に対して思わせぶりな態度を取っていたのだが、これまで生真面目なカルロスとの関係は仲の良い友達止まりだった。
 友達は肩を抱かないし、婚約者よりも優先されたりもしないけれど、カルロスにはペサディリャとの関係ではそれが自然なのだと思わせていた。
 装身具を持ってきたカルロスに告白されてキスをして、ふたりは今日初めて恋人同士になったのだ。

(アントニオが王命で婚約してて良かったわ。貧乏な公爵よりお金持ちの王太子よね)

 身分も財力もカルロスが上だ。

(アイツ、アタシの手紙に従って、明日ちゃんと死んでくれるかなあ? ふふ、アントニオがアタシの言うことに逆らうわけないか)

 アントニオもカルロスのように生真面目な男だった。
 男爵家の窮乏を語って泣きついたら、騎士気取りで言いなりになってくれた。
 本人と同じように真面目だが地味な婚約者よりも、甘え上手なペサディリャの言葉を信じてくれた。でも金はなかった。

(手紙も全部灰にしてくれるわよね。遺書も残さないように言っておけば良かったな。アイツの死ぬ理由がわからなかったら、あの女が毒殺したって疑われるかも!)

 ペサディリャにとって、それは楽しい思いつきだった。
 べつにアントニオの妻に恨みがあるわけではない。なにもされていない上に顔も覚えてないのだから。
 それでもペサディリャは自分以外の女が不幸になりそうなのが嬉しかった。

「……ん?」

 窓辺で音がした気がして、ペサディリャは振り返った。
 今日のカルロスは窓の外の庭木を伝って訪ねてきた。
 なにか忘れていたことを思い出して戻ってきたのかもしれない。

(聞かれてマズそうなこと呟いてないわよね)

 などと思いながら、ペサディリャは窓に近づいた。
 庭木を伝って二階の部屋まで訪れたのは、青い──
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