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第四話 赤い伝説
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「燃える炎のような赤い髪……?」
「は、はい?」
真剣な表情で問われてフリオは狼狽えた。
少し考えて気づく。
この国の王族は燃える炎ほど激しく鮮やかではないけれど、赤みを帯びた金髪を代々受け継いでいる。国の守護神の加護を受けている証なのだと聞いている。
しかしアレハンドロの髪は赤みのない、色自体が抜け落ちたような金髪。
ほかの王族と並ぶと違和感を覚えるほどだ。
病弱なのも相まって、不義の子説が出ていたこともある。
もっともアレハンドロの髪に赤みがないのは、病気とその治療に使われた薬剤のせいだと公表されていた。
それをわざわざ当てこすったとあっては、王家と第三王子によほどの敵意を持っていると思われても仕方がない。
未来の妻であるセシリャに従うつもりは欠片もないフリオだったが、王家に反旗を翻す気は毛頭なかった。フリオは焦って声を上げた。
「で、殿下! 違うのです、殿下や王家に他意があっての発言では……」
「セペダ侯爵子息。君は我が国に伝わる聖女の伝説を知っているかい?」
「はい? ええ、もちろん」
いきなり変わった話題に戸惑いながら、フリオは記憶を紐解いていく。
「かつて、その……我が国の王子が浮気をして婚約者だった聖女を裏切り、彼女に冤罪を着せて処刑しようとした。けれど聖女を寵愛していた守護神が怒って王子を罰し、冤罪を晴らされた聖女は王子の弟と結ばれて末永く国を守り続けた、という……」
おとぎ話でしょう、などと言って、さらなる不敬を買いたくなかったので、フリオはそこで言葉を濁した。
「それは嘘ではないけれど真実とも言い難い。守護神は聖女を愛していた。愛し子としてだけではなく、女性として愛していたんだ。守護神が元婚約者の王子を罰したのは、彼が浮気をして聖女を裏切ったからだけではない」
そこでアレハンドロは間を置き、目の前のテーブルに置かれた茶で唇を湿らせた。
フリオは息を飲み、彼の言葉の続きを待つ。
ふたりの周囲は静まり返っている。
だれもいないわけではない。
第三王子と侯爵子息が会話をしているのだ。侍女や従者が何人もいる。
初めからこの話を知っているか、知っても沈黙を守ると信頼されている人間だけが存在を許されているのだ。
「王子に与えられた罰は惨たらしい死だった。聖女が心を寄せていたものを排除することで、守護神は彼女の心を独占しようとしたんだ。邪神となった守護神は聖女と弟王子に封じられた」
アレハンドロが色の抜けた自分の前髪を指先で摘まむ。
「王族の髪が赤みを帯びているのは、聖女以前は守護神の加護を得ていたため、聖女以降は封じた邪神から神力を奪ったため……神殿に祀られている赤い鳥の神像は仮の姿で、本当の神は、燃える炎のような赤い髪を持つ男性の姿をしているんだ」
「そんな、あの男はメンティロソの知り合いの……いえ、神などではありませんよ。セシリャだって聖女とは……」
アレハンドロの瞳に呆れの色が灯る。
「セペダ侯爵子息。我が国の王族は聖女の血筋だ。さっきも言っただろう? バスキス伯爵家には王女が降嫁したことがある、と。セシリャは聖女の血を引いているんだよ。……邪神が罰と称して排除したのは王子と浮気女だけじゃない。聖女の家族も彼女と関りのあった神殿の人間も、みんな、だ」
第三王子はそれからしばらくひとりで語り続けた後で、体調不良を理由に会話を終えた。
しかし、彼は帰路に就いたフリオの背後でキビキビと侍女や従者に指示を出している。とても体調不良とは思えない。
国王陛下に封印の確認を、という言葉がフリオの耳朶を打った。
「は、はい?」
真剣な表情で問われてフリオは狼狽えた。
少し考えて気づく。
この国の王族は燃える炎ほど激しく鮮やかではないけれど、赤みを帯びた金髪を代々受け継いでいる。国の守護神の加護を受けている証なのだと聞いている。
しかしアレハンドロの髪は赤みのない、色自体が抜け落ちたような金髪。
ほかの王族と並ぶと違和感を覚えるほどだ。
病弱なのも相まって、不義の子説が出ていたこともある。
もっともアレハンドロの髪に赤みがないのは、病気とその治療に使われた薬剤のせいだと公表されていた。
それをわざわざ当てこすったとあっては、王家と第三王子によほどの敵意を持っていると思われても仕方がない。
未来の妻であるセシリャに従うつもりは欠片もないフリオだったが、王家に反旗を翻す気は毛頭なかった。フリオは焦って声を上げた。
「で、殿下! 違うのです、殿下や王家に他意があっての発言では……」
「セペダ侯爵子息。君は我が国に伝わる聖女の伝説を知っているかい?」
「はい? ええ、もちろん」
いきなり変わった話題に戸惑いながら、フリオは記憶を紐解いていく。
「かつて、その……我が国の王子が浮気をして婚約者だった聖女を裏切り、彼女に冤罪を着せて処刑しようとした。けれど聖女を寵愛していた守護神が怒って王子を罰し、冤罪を晴らされた聖女は王子の弟と結ばれて末永く国を守り続けた、という……」
おとぎ話でしょう、などと言って、さらなる不敬を買いたくなかったので、フリオはそこで言葉を濁した。
「それは嘘ではないけれど真実とも言い難い。守護神は聖女を愛していた。愛し子としてだけではなく、女性として愛していたんだ。守護神が元婚約者の王子を罰したのは、彼が浮気をして聖女を裏切ったからだけではない」
そこでアレハンドロは間を置き、目の前のテーブルに置かれた茶で唇を湿らせた。
フリオは息を飲み、彼の言葉の続きを待つ。
ふたりの周囲は静まり返っている。
だれもいないわけではない。
第三王子と侯爵子息が会話をしているのだ。侍女や従者が何人もいる。
初めからこの話を知っているか、知っても沈黙を守ると信頼されている人間だけが存在を許されているのだ。
「王子に与えられた罰は惨たらしい死だった。聖女が心を寄せていたものを排除することで、守護神は彼女の心を独占しようとしたんだ。邪神となった守護神は聖女と弟王子に封じられた」
アレハンドロが色の抜けた自分の前髪を指先で摘まむ。
「王族の髪が赤みを帯びているのは、聖女以前は守護神の加護を得ていたため、聖女以降は封じた邪神から神力を奪ったため……神殿に祀られている赤い鳥の神像は仮の姿で、本当の神は、燃える炎のような赤い髪を持つ男性の姿をしているんだ」
「そんな、あの男はメンティロソの知り合いの……いえ、神などではありませんよ。セシリャだって聖女とは……」
アレハンドロの瞳に呆れの色が灯る。
「セペダ侯爵子息。我が国の王族は聖女の血筋だ。さっきも言っただろう? バスキス伯爵家には王女が降嫁したことがある、と。セシリャは聖女の血を引いているんだよ。……邪神が罰と称して排除したのは王子と浮気女だけじゃない。聖女の家族も彼女と関りのあった神殿の人間も、みんな、だ」
第三王子はそれからしばらくひとりで語り続けた後で、体調不良を理由に会話を終えた。
しかし、彼は帰路に就いたフリオの背後でキビキビと侍女や従者に指示を出している。とても体調不良とは思えない。
国王陛下に封印の確認を、という言葉がフリオの耳朶を打った。
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