この国に聖女はいない

豆狸

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「どうして! どうしてでございますか! あの子がなにをしたとおっしゃるのです? トンマーゾ陛下はあの子を、スコンフィッタを愛していらしたのではないのですか?」
「……不貞の罪だ。スコンフィッタは私の婚約者となったにもかかわらず、若い兵士達と関係を持っていた」
「そんな……そんなわけありません! スコンフィッタは陛下のことを心から愛していました。あの子が陛下の婚約者になったことを妬むだれかの仕業ではないのですか? 私も……何度か危険なことがございました」

 レベッカはテスタ王国の大広間に集まった貴族達を見た。
 年ごろの娘を持ち、自分の血を王家に入れたいと望んでいる連中だ。
 彼女の隣に立つエドアルドが鼻を鳴らす。彼は魔の森開拓の最前線でレベッカとともにいた。安全な王宮から身勝手な指示を飛ばしていただけのトンマーゾよりも多くの時間を彼女と過ごしていた。レベッカを襲おうとした男達に残っていた雇用主の匂いも覚えている。

「そうだったのか? なぜ私に言わなかった!」

 トンマーゾの言葉に、レベッカは不思議そうに首を傾げる。
 彼女の代わりにエドアルドが口を開いた。

「レベッカはトンマーゾ殿に手紙を書いていた。俺達獣人は耳が良いのでな、風が運んできた彼女の手紙に対するそちらの側近殿の口上を覚えている。──生死を賭けた戦場で男が荒ぶるのは当然のこと。清らかであるべき聖女でありながら男の劣情を煽る自分を恥じよ。それが、トンマーゾ殿からレベッカへの返答ではなかったのかな?」
「私はそんなこと言っていない! レベッカ殿がそんな手紙を送って来ていたことも知らなかったぞ!」

 トンマーゾは顔色を青くして縮み上がった側近と貴族達を睨みつけた。
 喜々としてレベッカの悪口を彼の耳に注ぎ込み、彼女の追放を先導した者達だ。
 追放されたときも冷静だったレベッカが、激しい怒りを込めて叫ぶ。

「そんなことどうでも良いではありませんか! 今大事なのはスコンフィッタのことです! ああ、可哀相な妹。トンマーゾ陛下はあの子を愛していたのではないのですか? 腕力で勝てない相手に穢されたことがあの子の罪だと? 同じ国の人間相手に聖女の力で攻撃出来るはずがないではありませんか!」
「スコンフィッタはそなたのように魔の森開拓の前線には出向いていなかった。この王宮で兵士と戯れているところを見つかったのだ。自分の意思で関係を持っていたのだ」
あの子スコンフィッタは優しい子です。その兵士はどこかの貴族に脅されていたのでしょう。家族を人質に取られていたのかもしれません。だから襲われたのに相手を庇って、自分が悪者であるという振りをしたのですわ!」
「スコンフィッタは兵士を庇ったりしなかった。自分は悪くないと叫んだが、調査の末事実がわかった。彼女は男と交わって、相手の魔力を奪おうとしていたのだ」
あの子スコンフィッタをどれだけ貶めれば気が済むのです」

 大広間に冷たい空気が張り詰めた。
 それはレベッカからあふれ出している。
 聖女の持つ浄化の力だ。清らか過ぎる純粋な力は、そうではない存在を傷つける。一番損傷を受けるのは邪悪な魔物だが、聖女自身に祝福を受けて許されていなければ人間であっても無傷ではいられない。

「レベッカ」

 エドアルドに名前を呼ばれて、レベッカは我に返ったようだった。
 その瞳から、ホロホロと涙が零れ落ちる。透き通り光り輝く、宝石のような涙が。
 先ほどの浄化の力を考えても、彼女は神に選ばれた聖女以外のなにものでもない。どうして三年前は彼女を聖女でないと見做して追放してしまったのだろう。大広間の人間は、自分達の過去の行動が信じられないでいた。

「もしあの子スコンフィッタが自分の意思で、魔力を求めて殿方と交わったのだとしたら、それはトンマーゾ陛下のためではありませんか。少しでも魔力を高めて、陛下のために聖女として力を振るおうとしていたのではありませんか。それを……牢になど!」

 トンマーゾは、スコンフィッタの不貞をきっかけに過去のことを調査し、真実を知ってからずっと疑問に思っていたことを口にした。
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