この国に聖女はいない

豆狸

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「レベッカ殿。三年前、私達がそなたを追放したとき、どうしてなにも言わなかったのだ。王都でのスコンフィッタの手柄だと言われていた病人の回復はそなたの力によるものだった。伯爵家でそなたが妹を苛めていた事実はなかった。むしろそなたのほうが粗末に扱われていた。男を引き込んでいたのもスコンフィッタのほうだ」

 国王トンマーゾの質問に、レベッカは首を傾げた。
 今度のエドアルドは口を開かなかった。
 魔の森開拓の前線では一緒だったが、獣人傭兵だった彼は王都や伯爵邸でのレベッカを知らない。彼女は俯いている自分の両親を見て、不思議そうな表情で話し始める。

「だって、私は姉なのですもの。姉なのだから、妹を優先するのは当たり前のことですわ。私は聖女として認められていて、王太子殿下の婚約者に選ばれた幸せな娘なのだから、あの子のためにはなんでもしてあげなくてはいけないと言われて育ちましたのよ」

 言い終わって微笑むレベッカをエドアルドは悲しげな瞳で見つめた。
 それから、狼獣人は彼女の両親を睨みつけた。
 彼には匂いでわかる。この夫婦は聖女として活躍し、王太子の婚約者に選ばれた長女を自分達の娘だと実感出来なかったのだ。歪んだ劣等感すら抱いた。だから、自分達の腕の中にいる都合の良いお人形を常に優先するよう命じたのだ。

 氷のように白く色の消えた顔の伯爵夫婦は言葉を発しなかった。
 国王トンマーゾも彼らを見つめていたが、発言を要求することはなかった。
 彼はもう調査で知っていた。この夫婦がかつての自分の婚約者にしていた仕打ちを。側近やほかの貴族達と違って罪悪感もなかったのか、彼らは自分達の行為を隠そうともしていなかった。反省しているように見えるのは、スコンフィッタが捕らえられたことで自分達も罰を受けるのではないかと恐れているからだ。

 聖女だから、と生活のすべてで家族と引き離され、なにかに心動かすことがあればすぐそれを妹に奪われる生活──感情の薄い女だと思っていた。
 聖女としての力と引き換えに心を失ったのではないかと思っていた。
 なんのことはない。感情を奪われ心を壊されていたのだ、実の両親と妹に。

 トンマーゾも共犯者のひとりだ。
 魔物の森開発の前線で勇ましい獣人傭兵や精鋭の兵士達に認められ慕われている婚約者に嫉妬して、当てつけのように彼女の妹と関係を持った。
 こまめに送られてくる手紙に返信するどころか読みもしなかった。だから側近が情報を捻じ曲げていても気付かなかった。前線のことなど知るはずもない王都住まいの貴族達の言葉を鵜呑みにして、レベッカの力がなくても魔の森開拓は可能なのだと思い込んでいた。

あの子スコンフィッタを牢から出してください。トンマーゾ陛下があの子を愛さず守らないと言うのなら、この国から連れ出して私が守ります。だって、私はあの子の姉なのですから」
「それは出来ない。……この国には聖女が必要だ」
「聖女が必要なら、私が!」
「レベッカ!」
「あ……申し訳ありません、エドアルド様」

 レベッカは皇太子妃だ。
 テスタ王国でのトンマーゾの即位と時を同じくして、パリージ帝国でエドアルドと式を挙げたのである。どちらも近隣諸国に招待状を送ったが、出席者の数と格の違いは歴然としていた。
 スコンフィッタが投獄されていることは国内の人間しか知らない。聖女すらいなくなったと知られたら、ただでさえ魔の森開拓で疲弊したテスタ王国は近隣諸国の良い狩場となるだろう。

「トンマーゾ殿。俺の愛しいレベッカの妹は貴殿を愛していると聞く。貴殿が我が妃の妹を正当に扱うと誓うのならば、帝国は貴国の魔の森開拓に助力を惜しまないだろう」
「私はスコンフィッタを妃とし、生涯彼女ひとりを愛すると誓おう。エドアルド殿の、パリージ帝国の助力をお願いしたい」

 大広間の人間はだれも口を開かなかった。
 三年前自分達が追放した女性を呼び戻し、他国に自国の恥──国王の婚約者の不貞──を晒してでも欲しかったのが、この助力だった。
 実の両親によって刻まれたレベッカの妹に対する過剰な愛情を最初から利用するつもりだったのである。三年前の状況やその後の調査から予想されていたものの、実際に目にした彼女の言動は狂気を帯びていた。

 最後に牢にいるスコンフィッタと面会して、レベッカは彼女の状況を悲しみつつも国王の約束に満足して帝国へ戻っていった。
 トンマーゾは牢から出して会わせても良いと言ったのだが、自分の妹に対する妃の異常な愛情を知っているエドアルドがそれを拒んだのだ。
 実際、スコンフィッタはこれまでのように姉のもの、帝国の皇太子エドアルドを欲しがったので、それは正しい判断だったと言える。さすがにレベッカも夫であるエドアルドまでは譲ろうとしなかった。
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