三度目の嘘つき

豆狸

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第一話 三度目のアレクセイ①

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「ユロフスキー公爵令嬢エカテリナ! 王太子である私アレクセイは、君との婚約を破棄する!」

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 学園の中庭、衆人環視の中で婚約を破棄してから一ヶ月が経つ。
 卒業パーティまで、あと一週間だ。
 身重のレーヴナスチナは出席出来ないので、私はだれをパートナーにするかで悩んでいた。口うるさい姉のアリーナに頼んだら了承してくれるだろうか。彼女はいまだに汚物を見るような目で私を見る。

 側近達にはレーヴナスチナの世話を頼んでいるので、離れたところで護衛が見守っている以外では私はひとりだ。
 中庭の喧騒を離れて裏庭へ向かうと、ベンチでひとり昼食を摂っているエカテリナの姿があった。
 エカテリナがレーヴナスチナを苛めていたというのは冤罪だと証明されたが、彼女の女友達はほとんどが私の側近達の婚約者だ。お互いに付き合い辛くなってしまったのだろう。最近のエカテリナはいつもひとりだ。

 いや……学園に入学してからずっと、彼女は他人から距離を置いていた気がする。
 美しい氷青アイスブルーの瞳には光がなく、顔色は死人のように青白い。
 私が婚約者だった彼女よりもレーヴナスチナを愛してしまったせいなのかもしれない。人の気配に気づいたのか、エカテリナが顔を上げた。虚ろな瞳が私を映す。

「これはアレクセイ王太子殿下……」

 立ち上がってカーテシーをしようとする彼女を止める。
 昼食の邪魔をしたいわけではなかった。

「気にするな、通りかかっただけだ。……先日はすまなかったな」
「……いいえ」
「……」

 ふたりして沈黙に沈む。
 婚約を破棄した男と婚約を破棄された女の間で会話が弾むはずがない。
 卒業パーティのパートナーをエカテリナに頼むなんて外道な真似は、さすがの私も不可能だった。立ち去ろうとしたとき、中庭と裏庭をつなぐ細道からひとりの男が現れた。

「アレクセイか、久しぶり」

 黒い髪に琥珀の瞳、王太子の私を呼び捨てにするこの大柄な逞しい男は、ガチンスキー大公家の次男で私の従弟イヴゲーニイだ。同い年で学園の同級生、幼なじみでもあった。
 彼の兄にして大公家の長男フリストフォールは我が姉アリーナの婚約者で、姉は大公家に降嫁する予定になっている。
 私の返答も待たずイヴの琥珀の瞳がエカテリナを映した。令嬢達に熊のような、と評されている厳つい強面が緩む。

「エカテリナ! 婚約破棄されたって本当かい?」
「そうよ、イヴ! アレクセイ王太子殿下に確認して!」
「エカテリナとの婚約を破棄したというのは本当か、アレクセイ!」
「あ、ああ……」

 なにを今さらと思ったが、考えてみれば一ヶ月前イヴは学園にいなかった。
 彼の母親は隣国の王女だ。
 魔道士としての才を買われて、イヴは卒業を目前にして魔道大国である隣国へ留学していたのである。もちろん彼は学園の卒業に必要な単位はすべて履修していた。元々無口でおとなしい男なので、不在を気にすることもなかったのだ。

「良かったな、エカテリナ!」
「嬉しいわ、イヴ!……あ、駄目よ……」

 私に婚約破棄の事実を確認した熊男イヴは、ベンチからエカテリナを抱き上げて拒む彼女の唇を奪った。

「……え? 君達はそういう関係だったのか?」
「お前を裏切るような真似はしていないぞ、アレクセイ」
「ずっと心の中で想っていただけです。想いを伝えたのも、留学中のイヴに送った婚約破棄を告げる手紙の中が初めてですわ」
「嬉しかったよ、エカテリナ。俺もずっと君を想っていた」
「イヴ……」

 それは裏切りではないのかと、叫びたくなる気持ちを抑える。
 心の中で不貞を続ける女を妃にせずに済んだことを喜ぶべきだ。
 ふたりから、まだここにいるの? という目で見られて、私は彼らの未来を祝福して立ち去った。腹の中には呪いの言葉しかなかったけれど。

「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」
「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢レーヴナスチナ様の仲を認めずにはいられなくなるわ」

 ふたりはなにかを囁き合っていたが、私の耳には届かなかった。
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