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第五話 デスグラーサという娘
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王太子バスコはもうすぐ父親になる。妃であるデスグラーサが出産するのだ。
デスグラーサとの婚姻には、いろいろな障害があった。
そもそも彼女は最初、バスコの婚約者であるロバト侯爵令嬢コンスタンサの異母妹でしかなかった。
それも庶子で、侯爵家の継承権すら持っていなかった。
バスコがコンスタンサとの婚約を破棄したのを機に、ロバト侯爵が嫡子のコンスタンサを勘当したことで、デスグラーサは初めて侯爵家の継承権を得た。
ほかに継承者がいなくなるからだ。
ロバト侯爵家の分家とされているロバト子爵家からの物言いも入らなかったので、そのままデスグラーサはロバト侯爵令嬢としてバスコに嫁ぐこととなった。
コンスタンサを引き取った子爵家は、勘当の際にロバト侯爵が言ったコンスタンサによるデスグラーサとその母への苛めは冤罪だったと証明したものの、勘当の撤回までは求めなかった。
デスグラーサはバスコにもコンスタンサのおこないについて愚痴を言っていたが、バスコはそれを苛めとは認識していなかった。
義母と異母妹とその配下によって離れに押し込められたコンスタンサにそんなことが出来るわけないし、デスグラーサがコンスタンサに言われたという言葉は嫌味でも悪口でもなく注意だとわかっていた。
わかっていたのにデスグラーサのほうを選んだのは、バスコがデスグラーサを愛しているからだ。
そしてデスグラーサがバスコを愛しているからだ。
バスコは、コンスタンサが自分のことを愛していることは知っていた。しかし、一歩引いたところで自分を見つめ、王太子の婚約者としての勉強や公務に励む真面目なコンスタンサよりも、全力で自分への愛を表現してくれるデスグラーサのほうが好ましかったのだ。
デスグラーサはいつもバスコの顔を見ると駆け寄ってきて、抱き着いて口付けを求めてくる。バスコのやることなすこと素晴らしいと褒め称えてくれる。
突然の婚約破棄と新しい婚約に父である国王は怒り狂った。
怒り狂ったが、最後には認めてくれた。王家にはバスコ以外子どもがいないからだ。
公務以外は部屋に籠もりきりの王妃である義母は、かつてバスコの母と父王が睦み合っているところを見せつけられた衝撃で自分の子どもを喪って以来、すべてのことに関心を失っている。バスコを自分の養子にすることにも、彼の婚約破棄にもなにも感情を見せなかった。
バスコの母は、バスコを産んだ後に死んでいる。
自然死だったのか、そうでなかったのかはバスコも知らない。
下位貴族出身の愛妾だったということなので、生きていてもバスコの後ろ盾にはなり得なかっただろう。彼女が生きていてもバスコは王妃の養子となり、ロバト侯爵令嬢のコンスタンサと婚約していたに違いない。
当代のロバト侯爵は無能だが、あの家は優秀な分家が支えている。
未開の南の森を開拓して、年々王国の領土を広げてくれている子爵家だ。
侯爵家の正統な血筋を受け継いでいるのは子爵のほうだ、というものも多い。コンスタンサの母親は、その子爵家から嫁いだ人間だった。
「……コンスタンサ……」
心から愛している妻の出産を待つ部屋で、バスコは自分が捨てた元婚約者の名前を呟いた。
デスグラーサの妊娠が公表された半年ほど前に、婚約を破棄されても恨み言ひとつ寄越さなかったコンスタンサから初めて届いた手紙のことが気にかかっているのだ。
まだ中身は読んでいない。その手紙は、バスコが不幸を感じていないのなら読む必要はないという言付けとともに届けられていた。
デスグラーサといる限りバスコが不幸を感じることはない。
彼女の妃教育が進まないのなら文官を増やして補佐すれば良い。不貞を嫌う国民に異母姉から婚約者を奪った女、そんな女に誑かされた情けない王太子と噂されていても、そんな噂は時間が経てば消えてしまうだろう。
バスコの側近達もデスグラーサを慕い、彼女とバスコのために尽くしてくれている。
バスコは不幸ではない。
そのはずなのに、コンスタンサからの手紙が気にかかってしまうのはなぜなのか。
王宮の隅で囁かれているデスグラーサに関する噂に、どこか真実味を感じているからだろうか。
(そんなはずはない。デスグラーサは私を裏切ったりはしない)
彼女はいつも力いっぱいバスコを愛してくれる。
学園でだってデスグラーサは多くの男子生徒に慕われていたが、妙な噂が流れたことはない。激しい勢力闘争がおこなわれている王宮内のほうが意地の悪い人間が多いだけの話だと、バスコは頭からコンスタンサからの手紙のこともデスグラーサの噂のことも振り落とした。
ちょうど妻のいる部屋の扉が開き、産婆が生まれた赤ん坊を連れてきてくれたところだ。
「この子が……」
バスコは絶句した。
生まれたばかりでもはっきりとわかった。
デスグラーサが産んだ子どもは、バスコの子どもではない。王宮で妻と親しいと噂になっている、王太子妃付きの護衛騎士の子どもだと。
デスグラーサとの婚姻には、いろいろな障害があった。
そもそも彼女は最初、バスコの婚約者であるロバト侯爵令嬢コンスタンサの異母妹でしかなかった。
それも庶子で、侯爵家の継承権すら持っていなかった。
バスコがコンスタンサとの婚約を破棄したのを機に、ロバト侯爵が嫡子のコンスタンサを勘当したことで、デスグラーサは初めて侯爵家の継承権を得た。
ほかに継承者がいなくなるからだ。
ロバト侯爵家の分家とされているロバト子爵家からの物言いも入らなかったので、そのままデスグラーサはロバト侯爵令嬢としてバスコに嫁ぐこととなった。
コンスタンサを引き取った子爵家は、勘当の際にロバト侯爵が言ったコンスタンサによるデスグラーサとその母への苛めは冤罪だったと証明したものの、勘当の撤回までは求めなかった。
デスグラーサはバスコにもコンスタンサのおこないについて愚痴を言っていたが、バスコはそれを苛めとは認識していなかった。
義母と異母妹とその配下によって離れに押し込められたコンスタンサにそんなことが出来るわけないし、デスグラーサがコンスタンサに言われたという言葉は嫌味でも悪口でもなく注意だとわかっていた。
わかっていたのにデスグラーサのほうを選んだのは、バスコがデスグラーサを愛しているからだ。
そしてデスグラーサがバスコを愛しているからだ。
バスコは、コンスタンサが自分のことを愛していることは知っていた。しかし、一歩引いたところで自分を見つめ、王太子の婚約者としての勉強や公務に励む真面目なコンスタンサよりも、全力で自分への愛を表現してくれるデスグラーサのほうが好ましかったのだ。
デスグラーサはいつもバスコの顔を見ると駆け寄ってきて、抱き着いて口付けを求めてくる。バスコのやることなすこと素晴らしいと褒め称えてくれる。
突然の婚約破棄と新しい婚約に父である国王は怒り狂った。
怒り狂ったが、最後には認めてくれた。王家にはバスコ以外子どもがいないからだ。
公務以外は部屋に籠もりきりの王妃である義母は、かつてバスコの母と父王が睦み合っているところを見せつけられた衝撃で自分の子どもを喪って以来、すべてのことに関心を失っている。バスコを自分の養子にすることにも、彼の婚約破棄にもなにも感情を見せなかった。
バスコの母は、バスコを産んだ後に死んでいる。
自然死だったのか、そうでなかったのかはバスコも知らない。
下位貴族出身の愛妾だったということなので、生きていてもバスコの後ろ盾にはなり得なかっただろう。彼女が生きていてもバスコは王妃の養子となり、ロバト侯爵令嬢のコンスタンサと婚約していたに違いない。
当代のロバト侯爵は無能だが、あの家は優秀な分家が支えている。
未開の南の森を開拓して、年々王国の領土を広げてくれている子爵家だ。
侯爵家の正統な血筋を受け継いでいるのは子爵のほうだ、というものも多い。コンスタンサの母親は、その子爵家から嫁いだ人間だった。
「……コンスタンサ……」
心から愛している妻の出産を待つ部屋で、バスコは自分が捨てた元婚約者の名前を呟いた。
デスグラーサの妊娠が公表された半年ほど前に、婚約を破棄されても恨み言ひとつ寄越さなかったコンスタンサから初めて届いた手紙のことが気にかかっているのだ。
まだ中身は読んでいない。その手紙は、バスコが不幸を感じていないのなら読む必要はないという言付けとともに届けられていた。
デスグラーサといる限りバスコが不幸を感じることはない。
彼女の妃教育が進まないのなら文官を増やして補佐すれば良い。不貞を嫌う国民に異母姉から婚約者を奪った女、そんな女に誑かされた情けない王太子と噂されていても、そんな噂は時間が経てば消えてしまうだろう。
バスコの側近達もデスグラーサを慕い、彼女とバスコのために尽くしてくれている。
バスコは不幸ではない。
そのはずなのに、コンスタンサからの手紙が気にかかってしまうのはなぜなのか。
王宮の隅で囁かれているデスグラーサに関する噂に、どこか真実味を感じているからだろうか。
(そんなはずはない。デスグラーサは私を裏切ったりはしない)
彼女はいつも力いっぱいバスコを愛してくれる。
学園でだってデスグラーサは多くの男子生徒に慕われていたが、妙な噂が流れたことはない。激しい勢力闘争がおこなわれている王宮内のほうが意地の悪い人間が多いだけの話だと、バスコは頭からコンスタンサからの手紙のこともデスグラーサの噂のことも振り落とした。
ちょうど妻のいる部屋の扉が開き、産婆が生まれた赤ん坊を連れてきてくれたところだ。
「この子が……」
バスコは絶句した。
生まれたばかりでもはっきりとわかった。
デスグラーサが産んだ子どもは、バスコの子どもではない。王宮で妻と親しいと噂になっている、王太子妃付きの護衛騎士の子どもだと。
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