婚約破棄の裏側で

豆狸

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第七話 カストロの想い

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 ブルーノ伯爵家次男カストロは、婚約者のスザンナのことが嫌いなわけではなかった。
 花畑で蜂から助けて以降、物語の中の騎士を見るように瞳を輝かせて見つめてくるのが嬉しかった。
 ふたつ年下の彼女が、なにかと自分を案じてくるのをくすぐったく思うことはあっても不快に感じることはなかった。

 それが変わったのは、やはり学園入学時に騎士科へ進むことを反対されてからだろう。
 心配する気持ちはわかるものの、カストロにとって騎士は幼いころからの憧れだった。
 スザンナの家ビアンキ伯爵家へ婿に入るからといって、諦められるようなものではなかったのだ。

 彼女とともに家族にも騎士科へ進むことを反対されて、カストロは婚約自体が嫌になってきた。
 入り婿先の予定がなければ、みんなカストロが騎士を目指すことを歓迎してくれたはずだ。
 なんとか説得して騎士科へ進むと、そこは自分と同じような貴族家の跡取り以外の子息達の集まりだった。

 騎士爵となることを婿入りの条件にされている、なんて人間もいたが、ほとんどの同級生は騎士とならなければ行く当てのないものばかりだった。
 最初に友人となったネメジもそんなひとりで、ビアンキ伯爵家に婿入り予定だと話すととても羨ましがられた。
 カストロは優越感と同時に罪悪感を覚え、ネメジ以外の同級生には婿入り先が決まっていることは話さなかった。

 幸い婚約者のスザンナはふたつ年下で、一緒に学園へ通うのは最終学年の一年間だけだ。
 ビアンキ伯爵家のひとり娘の彼女は跡取りとして経営科へ進む予定なので、同級生達に隠し通すことも出来るだろう、とカストロは考えた。
 ふたりでいるところを目撃されないよう校外での接触も必要最小限に抑えることにした。

 スザンナに騎士科へ進むことを反対された際に出来た心の傷が疼き出したのは、最終学年に進み、同級生や卒業した先輩達と行った下町の酒場でデモネと出会ったときだった。
 カストロは騎士を目指す自分を称賛してくれるデモネに恋をしたのだ。
 ビアンキ伯爵家へ婿入り予定でなければ、婚約者のスザンナさえいなければ、自分は騎士となって自由に人生を選択出来るのに、とカストロは思った。

(……デモネも俺に恋してくれた)

 奥ゆかしい彼女は愛人でかまわないと言うので、カストロはスザンナとの婚約を続行した。
 婚約を破棄して騎士となればデモネを日陰の身にしなくても良いのに、と思う気持ちと、この婚約は家と家の政略的なものなのだから壊してはいけない、と自分自身を諫める心が常に争っていた。
 学園に入学したスザンナが、彼女を守って蜂に刺されたカストロのために薬効が強い解毒剤を用意してくれるようになったことには感謝していたけれど、同時に重荷に感じていた。

 スザンナのほうから婚約を解消してくれないかと思い、密かに呼び出してデモネのことを告げたときは、彼女よりもくっついてきたコスタ侯爵令嬢サーラのほうに罵られた。
 泣きそうな顔はしていたものの、スザンナ自身は身勝手なカストロの言葉を受け入れ、ビアンキ伯爵家にカストロのことを告げたりもしなかったようだ。
 カストロ自身も両親や兄に相談する気にはなれなかった。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「……カストロ、大丈夫か?」

 スザンナのことを知っているネメジに相談しようかと悩んでいたころ、彼のほうから声をかけてきた。

「大丈夫ってなにがだよ、ネメジ」
「君の婚約者、いつも君を見てるよ。……愛が重い女性なんじゃないかな。君を失うくらいなら、殺してでも自分だけのものにするって感じの目だ」
「おいおい、怖いこと言わないでくれよ」
「ああ、ごめん」

 ネメジは苦笑して話を流したが、彼の言葉はカストロの心に深く刻まれた。

(俺があんなことを言っても婚約を解消しないのは、蜂から助けたくらいで過保護なほどに心配して来るのは、ネメジが言う通り愛が重い女だからじゃないのか?)

 スザンナが不気味な存在に思えてきたカストロは、学園で視界の端を彼女が横切るたびに恐怖を感じるようになってきた。
 彼女が用意してくれた解毒剤も使う気にはなれない。
 カストロが何者かに階段から突き落とされたのは、これまで以上に婚約者スザンナから距離を置き、デモネに溺れていたときだった。当然のようにカストロは、犯人はスザンナだと思った。
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