恋の形見は姿を変えて

豆狸

文字の大きさ
3 / 7

第三話 王太子と近衛騎士

しおりを挟む
「なんだ、この証言は! 私が贈った銀色のリボンが毒蛇になってプランダを殺した、だと? 建国王と妃の伝説は作り話だ。守護神がいらっしゃったとしても、銀色のリボンが毒蛇に変わることなどない! 子どもでもわかることだッ」

 ユージーンは近衛騎士隊長に問うた。
 ここは王太子の執務室。
 彼は取り調べをした騎士隊長が提出してくれた、フローレンスの自供書を読み終えたのだ。

「私の元婚約者は狂っているのか? 公衆の面前で婚約を破棄したから狂ってしまったのか?」

 近衛騎士隊長ヘンリーは、フォレスター公爵家よりも前に王家から分かれたガーディナー公爵家の令息だ。ユージーンよりもふたつ年上で、学園では一年だけともに過ごした。
 ガーディナー公爵家は王家の庭園から多くの薬草を受け継いでいて、優れた薬師の家系として知られている。
 ヘンリーはユージーンと同じ銀髪を揺らして答えた。

「その前からでしょう。プランダ嬢を殺した毒、フローレンス嬢のリボンに染み込まされていたのは気鬱になる毒薬です。燃やされたことで変化して死毒に変わりましたが、リボンを介してあんなものを吸い込まされていたのでは、おかしくもなります」

 とても陰鬱な気持ちになる毒薬だとヘンリーは説明する。
 燃やさなくても死毒として使えるのだとも。
 この毒で落ち込んでいるときは肉体も重く感じているので渇望するままに死を選ぶことはない。しかし毒の効果が薄れて前向きになったとき、その前向きさの方向が歪み、自害してしまうことがある。間接的な死毒だ。

「そんなものを、だれが王太子の婚約者だった彼女に……」
「義母のチャーミィ夫人です。フローレンス嬢付きの侍女に命じて、リボンを洗うと称して毒を染み込ませさせていました。毒の入手は宮廷医師からのようです」
「宮廷医師が?」
「プランダ嬢の部屋で、彼女と一緒に裸で死んでいた宮廷医師は、もともとフォレスター公爵の推薦で選ばれたものです。とはいえ公爵自身は彼のことなど少しも知らず、チャーミィ夫人にねだられるままに推薦したのでしょうね」
「……」

 俺は何度も言いましたよね、とヘンリーはユージーンを睨みつける。

「フローレンス嬢は気鬱のやまいの可能性がある。あの宮廷医師以外に診断をさせてください。近衛騎士隊の女性薬師に任せてはどうでしょう、と」
「あの宮廷医師がおこなったフローレンスの健康診断に、おかしなところはなかった」
「それはそうでしょう。健康診断のときに付き添っている侍女達は、医師がフローレンス嬢に不埒な真似をしないかどうかを監視しているだけです。医師が頭の中でどんな診断をくだして、それを正直に告げているかどうかまでは専門家でなくてはわかりません」
「母上もッ! 母上もフローレンスはやまいなどではなく性根が貧しいだけだと言っていたッ」
「……殿下。たとえリボンの毒がなかったとしても、実母の死後、愛人親娘を迎え入れた実父に冷遇され、屋根裏部屋に閉じ込められて交流お茶会に出席出来なくても婚約者に心配もされないような状況では、おかしくなるのが普通です。フローレンス嬢に心が無いとでも思われていたのですか?」
「こ、交流お茶会には……本人が来たがらないのだと聞いていた。私を迎えに来させたくて我儘を言っているのだと……」

 ヘンリーが溜息を漏らす。

「迎えに行けば良かったではないですか。貴方の婚約者だったのですよ? 我儘だとしても可愛いものです。許せなかったのなら国王陛下に報告して、婚約自体を無効にすれば良かったでしょう」
「……ッ」
「ああ、そうですね。彼女が毒のせいで社交能力に欠けている姿を見せつけた後でなければ、愛人の娘に過ぎないプランダ嬢のほうを選ぶことは出来ませんでしたものね」
「わ、私は毒のことなど知らなかったッ」
「でもご存じでしたよね。フローレンス嬢が学園での勉強や王宮での妃教育を必死で頑張ってらしたことを。プランダ嬢は殿下の隣で異母姉を貶めて笑っているだけだったことも。一年間しかご一緒していない俺にさえわかったのですから!」

 言葉を返せず俯いたユージーンに、ヘンリーは語り続ける。

「あの宮廷医師は、相手のいる女性にしかその気にならない特殊性癖だったようです。本人の日記に書いてありました。……プランダ嬢は、自分の母親の情夫だった彼に昔から憧れていて、あの男と結ばれるために殿下を誘惑したのです。婚約者がいなければ構ってももらえないからです」

 そして、と近衛騎士隊長は補足する。

「普通の貴族令息を婚約者にしたのでは、宮廷医師である彼とは気軽に会えないからです。プランダ嬢自身からそう告げられたと医師の日記にありました。……あの日記にはなんでも書いてある。王宮で相手のいる女性達を口説き落としていたということも、彼女達と過ごした夜のことも」

 ユージーンは母親である王妃の顔を思い出していた。

 ヘンリーに何度も言われて、ユージーン自身が宮廷医師以外によるフローレンスの診断を申し出たことがあるのだ。
 もう学園の卒業が近くなってきたころだった。
 婚礼の準備も進んでいた。彼女がやまいだとわかるのが今ならば、婚約を解消してプランダと交代させられるのではないかと思ったからだ。

 そんな必要はない、陰気なのはフローレンスの本質だと吐き捨てるように言った母王妃は、最近美しくなったと評判だった。──まるで恋でもしているようだと。

 プランダと予定外の心中をした宮廷医師は、よく美男だと噂されていた。
 頭が良くて話術が巧みで、人の心に入り込むすべを持っていた。
 母王妃もあの宮廷医師を気に入っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《完結》悪女と噂されたわたくしのざまぁ

ヴァンドール
恋愛
悪女と噂のわたくしとの結婚なら、どれほど軽んじても問題はないと思っていた旦那様。 ところが……。

【完結】わたしは大事な人の側に行きます〜この国が不幸になりますように〜

彩華(あやはな)
恋愛
 一つの密約を交わし聖女になったわたし。  わたしは婚約者である王太子殿下に婚約破棄された。  王太子はわたしの大事な人をー。  わたしは、大事な人の側にいきます。  そして、この国不幸になる事を祈ります。  *わたし、王太子殿下、ある方の視点になっています。敢えて表記しておりません。  *ダークな内容になっておりますので、ご注意ください。 ハピエンではありません。ですが、救済はいれました。

勘違いって恐ろしい

りりん
恋愛
都合のいい勘違いって怖いですねー

婚約破棄が国を亡ぼす~愚かな王太子たちはそれに気づかなかったようで~

みやび
恋愛
冤罪で婚約破棄などする国の先などたかが知れている。 全くの無実で婚約を破棄された公爵令嬢。 それをあざ笑う人々。 そんな国が亡びるまでほとんど時間は要らなかった。

私、悪役令嬢に戻ります!

豆狸
恋愛
ざまぁだけのお話。

不機嫌な彼女

豆狸
恋愛
王女が笑う。 彼女はいつもご機嫌だ。

この罰は永遠に

豆狸
恋愛
「オードリー、そなたはいつも私達を見ているが、一体なにが楽しいんだ?」 「クロード様の黄金色の髪が光を浴びて、キラキラ輝いているのを見るのが好きなのです」 「……ふうん」 その灰色の瞳には、いつもクロードが映っていた。 なろう様でも公開中です。

初恋を奪われたなら

豆狸
恋愛
「帝国との関係を重視する父上と母上でも、さすがに三度目となっては庇うまい。死神令嬢を未来の王妃にするわけにはいかない。私は、君との婚約を破棄するッ!」

処理中です...